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そして約束の日曜日がやってきた。
遊園地は平日とは違い賑わっていてたくさんの家族連れやカップルで溢れている。
待ち合わせ場所にはすでに仁さんの姿があった。
「楓くん、こっちこっち」
仁さんが俺の名前を呼び手を振る。
「遅れてすみません……!」
息を整えながら近づくと
「全然、俺も今来たとこだし」
と笑顔で迎えてくれた。
「じゃあ行こうか」
仁さんに促され入り口へと向かう。
受付を済ませてゲートを抜けると色とりどりのアトラクションが広がっていた。
「うわ…遊園地なんて、10年ぶりかもしれません……!」
思わず感嘆の声が出る。
仁さんは楽しそうな表情で俺を見ていた。
「俺も、30年ぶりぐらいかな」
「30年!?え、えっと、仁さんは今37歳だから……なっ、7歳のころ?」
「あぁ。本当に久しぶりだな」
「はは、じゃあ楽しまないとですね」
「ちなみに楓くんは得意不得意あんの?」
「俺は…高校の頃とかよく友達とジェットコースター制覇してました。絶叫系全般は行けますよ!」
「へえ、意外。じゃあそういう系のところから行くか」
そうして俺たちは絶叫系を中心に様々なアトラクションを回った。
仁さんも楽しそうで何よりだ。
その後もフライングコースターやコーヒーカップ
バイキングなど様々なアトラクションを楽しんでいた。
「仁さん!次あれ乗りましょ…!」
そんな時、仁さんがふと立ち止まった。
「楓くんさ」
「はい?」
「体力ありすぎ」
「へ?」
俺はキョトンとしながら首を傾げる。
「いや……あんなに絶叫系乗り回してなんでそんな元気なんだよって思って」
「あー…確かにちょっと乗りすぎましたよね」
ふと冷静になる
「ほんっとどこからそんな元気出てくるんだか」
「今日は気分転換に遊び尽くしたいなと思ってたので…つい。はは、すみません」
「いいけど、気分転換って、仕事疲れとか?」
「え?ああ、まあそんなとこです」
それから数分して歩いたところにあるフードコートに向かいベンチに腰掛けた。
「ちょっと飲み物買ってくるけど、楓くんなに飲みたい?」
「んーと、アイスコーヒーで」
「了解。じゃあここで待ってて」
仁さんは立ち上がり自動販売機へと向かった。
俺はベンチにもたれかかり空を見上げる。
今日一日の出来事を振り返る。
久しぶりの遊園地に子供のようにはしゃぎすぎてしまった気がするが
相手が仁さんだからか、結構さらけ出してしまえる部分もある。
そんなとき
また、ふと健司のことを思い出して俯いてしまう。
(…健司、俺のことが嫌いなら、真正面から言ってくればいいのにな……なんであんな…)
するとそのとき
仁さんが戻ってきてアイスコーヒーを差し出してくれた。
「あっ、ありがとうございます」
仁さんは自分の横に腰を下ろすと足を組み
「なんかあった?」
と聞いてくる。
「え?」
少しの沈黙の後、仁さんが口を開いた。
「楓くんさ」
「はい?」
「さいきん…本当は何かあったんじゃ無い?」
「な、なんでそんなこと…」
仁さんの真剣な眼差しに心が揺れる。
「なんつーか…この間、遊園地誘ったときからいつもより元気ない気がした。今も浮かない顔してたろ」
「………」
俺は言葉に詰まる。
「…言いたくないことなら無理に聞かないけど」
仁さんの気遣うような言葉に胸が痛む。
でも、隠しておきたくないと思った。
「実は………」
そうして俺は、健司との出来事を少しずつ話し始めた。
最初は言葉に詰まったりしたが仁さんは黙って俺の話を聞いてくれていた。
話し終えると、仁さんは静かに言った。
「それでさっきもちょっと元気なかったんだな」
「はい…すみません、でも正直、俺はまだ混乱していて…」
「そりゃそうだろうね」
仁さんは優しい表情で微笑んだ。
「話してくれてありがとう」
俺は少し俯いた。
「いえ……」
「で…楓くんはどう思ってんの?」
「どう…って」
「理由が聞きたいとか、もう関わりたくないとかあるでしょ」
仁さんの言葉にハッとさせられる。
「……….理由は聞きたいし、突然過ぎて驚いたし、正直1発ぶん殴ってやりたいぐらいです」
「じゃあそうすれば?」
「え?」
「ダチってのは一生モンだ、高校からの仲なら腹割って話せばいいよ」
「仁さん…」
仁さんの言葉に心が軽くなるような気がした。
「……そう、ですよね、うやむやで終わりたくないですし…ちゃんと話してみます…ありがとうございます」
俺は決心したように頷いた。
「まっ、今はそのモヤモヤは遊んで発散するしかないな」
仁さんもそう言って微笑んだ。
その言葉に、俺の心にあった重い澱がふっと軽くなるのを感じた。
俺たちは顔を見合わせ、再び遊園地の喧騒の中へと足を踏み入れた。
先ほどまで感じていた、健司のことで頭を占めていたもやもやとした気持ちは
今はもう遠い場所に置き去りにされたかのようだった。
しばらく歩くと「動物ふれあいコーナー」と書かれた可愛らしい看板が目に入った。
その看板を見た途端、仁さんが楽しそうに足を止め、俺に視線を向けた。
「お、楓くん、これ行ってみる?」
その言葉に、俺は間髪入れずに食いついた。
「餌やり?羊に兎もいますね…楽しそうだし行きますか!」
動物たちとの触れ合いに胸を躍らせ
ほとんど駆け出すように動物ふれあいコーナーへと向かう俺に
「はしゃぎすぎて転ばないでよ」
っと後ろから声をかけてくるので、まるで保護者だなと少し恥ずかしくなった。
柵の向こうでは、真っ白な毛並みのモフモフした羊たちがのっそりと草の上を歩き
小さなウサギたちが丸くなって日向ぼっこをしている。
その愛らしい姿に、自然と笑みがこぼれた。
入口には餌やり体験用のガチャガチャが設置されており、100円のカプセルがずらりと並んでいる。
俺は迷わず財布を取り出し、小銭を投入した。
「羊に餌やるのなんて人生初だな」
ガチャガチャのカプセルを手に、俺は興奮気味に言った。
仁さんは懐かしそうに目を細める。
「俺は昔、親戚の牧場でやったことありますよ。
めっちゃ群がってくるんです」
「へぇ……」
餌のペレットを手のひらに乗せて差し出すと、一頭の羊がどすんと近づいてきて
遠慮なくむしゃむしゃと食べ始めた。
予想以上の勢いに、俺は思わず声を上げる。
「ちょ、意外と勢い強…っ!全然離さない……!」
「楓くんのこと餌だと勘違いしてるのかもな」
「なんか嫌な言い方!?」
仁さんのからかうような言葉に、俺はむっとする。
そう言いながらも、羊の柔らかい毛が手に触れる感触や
ウサギたちがぴょんぴょんと跳ね回る姿を見ていると
さっきまで心に重くのしかかっていたものが、少しずつ
まるで雪が溶けるようにほぐれていくのが分かった。
温かい気持ちが胸いっぱいに広がり、心がふわふわと軽くなる。
餌やりを終えた俺たちは、動物ふれあいコーナーに隣接する建物の中にある
「シューティングライド」へと向かった。
ライドに乗り込み、手元にあるレーザー銃を握る。
スタートの合図とともに、カートはゆっくりと動き出し、色々な的が次々と現れた。
仁さんは、まるで熟練のハンターのように、次々と高得点の的を迷いなく撃ち抜いていく。
俺も負けじと集中し、的を狙うが……
「よっしゃ、赤い的は高得点!」
仁さんの快活な声が響く一方で、俺の銃はなぜか言うことを聞かない。
「待って、反応しない、えっ、俺の銃だけ初期不良!?」
「言い訳早すぎるだろ」
仁さんの呆れた声が聞こえるが、本当に反応しないのだから仕方ない。
途中、本気で高得点を狙い撃ちまくるさんと
なぜか反応しないレーザー銃をぶんぶん振り回す俺の姿が
スタッフの笑いを誘っていたような気がして、少し恥ずかしくなった。
そして、一日の締めくくりは、男のプライドをかけたゴーカート勝負だった。
コースにはカラフルな障害物が設置されている。
俺は自信満々にハンドルを握り、仁さんに向かって不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、ここで俺の“マリオカート無免許運転ドライビングテグ”を仁さんに見せてやりますよ」
「多い、情報多いて」
俺の言葉に、仁さんは呆れたように笑いながらも、どこか楽しそうだ。
スタートの合図とともに、俺は思い切りアクセルを踏み込んだ。
仁さんもすぐに追走してくる。
意外にも(?)仁さんはなかなかの腕前で、あっという間に俺の前を走り始めた。
俺は必死に仁さんの後を追いかけた。
童心に返って遊び尽くした一日。
健司のことでモヤモヤしていた気持ちも
仁さんと共に過ごすうちに少しずつ晴れていくのを確かに感じていた。
最後に俺たちは屋台グルメがずらりと並んだフードコートに足を運んだ。
レトロな雰囲気が漂うフードコートはまるで昔ながらのお祭りのようで
初めて来たのに、どこか懐かしい気持ちになる。
カップルや集団で机を囲み犇めき合う広い空間で、俺たちは向かい合って席に着いた。
「いや~、遊び疲れた!」
そう言って、俺はメニューを手に取る。
食欲は旺盛で、目につくもの全てが美味しそうに見えた。
「俺、これとこれにします!」
俺が指差したのは、見るからに刺激的な激辛たこ焼き(唐辛子マヨかけ)と
ボリューム感満載のチリドッグ
そして、その隣にはまさかの生クリーム山盛り苺クレープ
辛いものも甘いものも、どちらも捨てがたい。
そんな俺のチョイスを見た仁さんは、少し呆れたように笑う。
「楓くんは相変わらずだな」
そう言うさんが選んだのは、がっつり系の肉巻き
おにぎり串
そして、山盛りチーズがけポテトも頼んでいる。
数十分待って、注文した品が全部机に置かれる。
「これ、二人で分ければちょうどいいだろ」
「うわっ……これはまた…食欲をそそられますね」
仁さんとの会話は軽快で心地よい。
運ばれてきた料理を前に、俺は早速激辛たこ焼きをひとつ爪楊枝でぶっ刺し
息をふきかけて冷ますこともせず、口に運ぶ。
瞬間、唐辛子マヨの刺激がガツンと来て、思わず
「…っ、辛!んん、おいひぃ……」と声を上げた。
それでも止まらないのが激辛たこ焼き。
俺は次々と口に放り込む。
仁さんは、そんな俺の様子を面白そうに眺めながら肉巻きおにぎり串を美味しそうに頬張っていた。
そして、ふと、俺の頼んだ苺クレープに目を向けた。
「ん~…おいしい……!」
「そんなに美味いんだ?」
「そりゃもちろん……!仁さんも一口食べますか?」
俺がクレープを差し出すと「いや、俺は……」
と、仁さんは少し躊躇したように見えたが
結局一口パクリ。
意外そうな顔をして
「……死ぬほど甘いな」と呟いた。
俺も仁さんの頼んだポテトを少しもらう。
とろーりチーズが絡んだポテトは
塩気とコクが絶妙で、俺の激辛になった口の中を優しく中和してくれた。
それは仁さんも同じようで
甘さを掻き消すようにポテトをバクバクと口の中に入れ、口を動かしている。
(甘いもの苦手なのに、俺に気遣って食べてくれたのかな…?…仁さんって本当に優しいな)
と思ったが、それを口に出すことはしなかった。
そうして目の前の料理を平らげながら、俺はふと疑問に思ったことを仁さんに尋ねた。
「仁さんって、辛いものはイケるんですか?」
激辛たこ焼きを食べた後だったから、なんとなく気になったのだ。
仁さんは肉巻きおにぎり串を一口食べ、顎に手を当てて考える仕草をする。
「まあ、食えるには食えるけど」
その言葉に、俺の好奇心に火がついた。
「じゃあ、ハバネロソース付きロシアン唐揚げ、頼みません?」
俺の提案に、仁さんは目を丸くしたあと
楽しそうに「くく……」と喉を鳴らして笑った。
「もろロシアンルーレットじゃん。なんだ、また俺と勝負する?」
仁さんの言葉に、俺は悪戯っぽく笑い返そうとした、その時だった。
「あれ、楓?」
不意に、横から男の声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声に、俺は思わず
「え?」と驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、見慣れた、けれど久しぶりに見る顔だった。
その顔を見た瞬間
俺の脳裏に過去の記憶が鮮やかに蘇る。
色川朔久
高校生のときに付き合っていた、俺の元カレだ。
高校2年生の時に彼がスペインに留学して行ったのを機に、俺たちの関係は自然消滅してしまった。
まさかこんな場所で再会するとは夢にも思っていなかった。
「えっ?!さっ、朔?!な、なんでここに…?」
俺は驚きのあまり目を見開き、口を半開きにしたまま固まってしまった。
「……やっぱり楓だ。久しぶりだね」
朔久の言葉に我に返った俺は、慌てて笑顔を作る。
「……うん、久しぶり」
するとそのとき、仁さんが朔久に向かって口を開いた。
「楓くんの、知り合いですか?」
その声にはほんの少しの警戒心が滲んでいるようにも見えた。
「はい、俺は色川です。あなたは?」
「あぁ、犬飼です。楓くんとは呑み友達みたいなもんで」
仁さんの言葉に、朔久はニコリと微笑む。
「ふふ、遊園地まで来るなんて、良いお友達なんですね」
朔久が微笑んだのを見て、仁さんの眉間にほんの少し皺が寄ったような気がした。
「それで…お二人は?」
仁さんの問いかけに、俺は少し緊張しながら
「えっと…」と言い淀む。
すると、俺の言葉を遮るように朔久が笑顔で続けた。
「楓とは昔付き合ってたんですよ。まあ俺が遠くに引っ越しって行ったのが原因で自然消滅しちゃったんですけどね、ははっ」
「…元カレ?」
仁さんが低い声で呟く。
朔久は楽しそうに笑ったまま話し続ける。
「俺最近日本に帰ってきて、あっそうだ!もしよかったらご一緒してもいいですか?」
朔久がそう提案した瞬間、仁さんの瞳が一瞬鋭くなった気がした。
けれど、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。
「仁さん、いいですか?」
俺の問いかけに、仁さんは涼しい顔で頷いた。
「別にいいよ、二人で積もる話もあるだろうし」
そうして仁さんの隣に朔久が腰掛け、結局そのまま三人で食事をすることになった。
席に座ると同時に、朔久は俺に近況を聞いてきた。
「そういえば楓って今は何してるの?」
「今?いまは花屋経営してるよ。朔久こそスペイン留学してからなにしてたの?」
「俺はそのままスペインで就職してたんだよ。でも今年の初めに日本に戻ってきて、今は東京で働いてる」
「えっ、すごいじゃん!ていうか日本に帰ってきてたなら連絡くらいくれれば良かったのに」
「はは、ごめんごめん。今の仕事が落ち着いたらと思ってたからさ」
朔久は軽く謝り、再び俺に視線を向けた。
「てか、花屋って東京で?」
「うん。俺、いま杉並区に住んでるんだけど、その近くでやってるんだよ」
「楓が、働いてるとこ見てみたいし、今度俺も寄ってもいい?」
朔久の言葉に、俺は少し照れくさそうに笑う。
「なんか朔久が来るって緊張しそうだなー。まぁいいよ、いつでも来てよ」
数時間後───…
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。
帰り際、朔久は名残惜しそうに俺を見つめていたが
「また近いうちに連絡する」
と言って帰っていった。
朔久と別れ、仁さんと二人で歩いているとき
ふと、思い出したように仁さんが口を開いた。
「まさか楓くんに元カレがいたなんてな」
その声はどこか淡々としていて、感情を読み取るのが難しかった。
「俺だって、元カレの一人や二人はいますよ」
冗談めかして笑いながら答えると
仁さんは少し間を置いてから、ゆっくりと言葉を続けた。
「…今日の元カレ、別れたってのに随分仲良さそうだったな」
「え?まぁ……よく俺のこと守ってくれるような人でしたから。心もだいぶ開いてたので…今はもう完全に友達ですけどね。ははっ」
軽く笑ってみせると、仁さんはふと視線を外しながら、唐突に問いかけてきた。
「まだ好きだったりすんの?」
その言葉に、思わず肩がすくんだ。
視線を泳がせながら、少しだけ間を置いて答える。
「それはないです。もう昔のことですし…それに、別れてから一度も連絡取ってなかったんですから」
その返事は妙にあっさりしていて
そこに乗った声からは、どんな感情も読み取れなかった。
気まずい空気をなんとか振り払おうと、無理やり話題を切り替える。
「あの……仁さん、今日は色々ありがとうございました。ほんと、楽しかったです!」
「俺こそ。楓くんと出掛けていいリフレッシュになった」
そう言って、仁さんはいつもの優しい笑顔を浮かべた。
その笑顔に釣られるように、俺も自然と頬が緩む。
そうして、ふたり並んで歩いたままアパートの前まで戻ってきた。
隣り合う部屋の前で立ち止まり、お互いの扉を背にして向かい合う。
「それじゃあ、また連絡しますね」
軽く手を振って笑うと、仁さんも穏やかにうなずいた。
「おやすみ、楓くん」
その言葉に少し照れくさくなりながらも
「おやすみなさい」と返す。
鍵を取り出してドアを開けると
「あ、そうだ。楓くん」
後ろから仁さんが呼び止めた。
振り返ると、少し躊躇したような表情で
「いや、やっぱなんでもない。おやすみ」
と呟いて自分の部屋へと消えていった。
その態度に違和感を覚えつつも
それ以上尋ねるのも躊躇われて、俺も自室へと入り、ドアを閉めた。
荷物を置くとすぐに服を脱いで風呂に入り
30分ほどで上がると、寝巻きに着替えてアイスバー片手にスマホをいじっていた。
そんなとき
ふと通知の音が鳴り響いた。
画面を見ると、LINEの通知が一件入っている。
『楓、もう帰った?』
差出人は、朔久
先程別れたばかりの朔久からだった。
『今風呂はいってアイス食ってたとこー』
軽く返信すると、すぐに既読がついた。
『アイス良いじゃん笑』
『うまいよ、イチゴのやつ』
『てか、さっきの犬飼さんってイケメンだね、最初
楓と付き合ってるのかと思っちゃったよ』
そのメッセージに思わず噴き出してしまった。
『もうなに言ってんの笑、どっちもフリーだって』
『そっか。ならさ、今度、俺ともどっか行かない?』
『どっかって?』
『映画とかどう?さいきん上映した「ビオラ」っていうホラー映画とか』
『それ広告で見て見たかったやつ!いついく?』
と返信した。
数回のやり取りを繰り返し
最終的に来週末、土曜日の午後に会うことになった。
スマホを閉じると、冷房の効いた部屋の中
溶けかけのアイスを急いで口に含むと、冷たいアイスの甘さが口いっぱいに広がった。
◆◇◆◇
翌朝───…
意識が浮上するにつれて、まず全身を伸ばしたい衝動に駆られた。
ベッドの上で大きく背伸びをすると、凝り固まった体がゆっくりとほぐれていくのを感じる。
天井を見上げ、白い壁に目をやり、ゆっくりと瞼を開いた。
ベッドから抜け出し、冷たいフローリングに素足が触れる。
ひんやりとした感覚が心地よい。
枕元に置いて寝たスマホをズボンのポケットに入れ、廊下に出た。
リビングへと向かう短い廊下を歩く間、徐々に意識が覚醒していく。
窓から差し込む朝の光が、まだ薄暗い部屋に柔らかく広がり始めていた。
キッチンに立つと、まず豆乳コーヒーを淹れるためにケトルに水をセットする。
その間に、全粒粉パンをトースターに入れ、アボカドとトマト
そして豆腐ハムを冷蔵庫から取り出した。
トースターが軽快な音を立ててパンを焼き上げている間にアボカドをスライスし、トマトを薄切りにする。
焼き上がったパンに、それらを丁寧に挟み込んでいく。
次に、グラノーラとヨーグルトの準備だ。
大きめのボウルにヨーグルトを入れ、たっぷりのグラノーラを加える。
冷凍保存しておいたミックスベリーを乗せれば、見た目も華やかな一品の完成だ。
ケトルが沸騰を知らせる音を立て
カップに注いだコーヒーに温かい豆乳を加えてカフェオレ色に変わるのを眺める。
すべての朝食が食卓に並んだところで温かい豆乳コーヒーを一口。
その優しい苦味が、まだ眠気が残る頭をすっきりとさせてくれる。
全粒粉サンドにかぶりつき、シャキシャキとした野菜の食感と豆腐ハムの旨味を味わった。
続いて、グラノーラとベリーが入ったヨーグルトを口に運ぶ。
甘酸っぱいベリーとグラノーラの香ばしさ
そしてヨーグルトのなめらかさが絶妙にマッチしている。
ゆっくりと、それぞれの味と食感を楽しみながら一日の始まりのエネルギーをチャージしていった。
そんなとき、ふと、昨日仁さんに言われた
『ダチってのは一生モンだ、高校からの仲なら腹割って話せばいいよ』
という言葉を思い出した。
思い立ったが吉日というわけで
俺はすぐにポケットに入れていたスマホを取りだして、出るかは分からないが
ダメ元で健司に電話を掛けた。数回のコールの後に
『もしもし……』と眠そうな声が応答した。
「健司!やっと出たな」
『な…っ、なんだよ』
「この間の落書きのことだよ、俺、まだ健司があんなことやった理由聞いてないし!」
「は、はあ?だからあれはムシャクシャして…それに俺はお前のこと嫌いなん』
「健司、嘘つくときワントーン上がるの俺知ってるし!バレバレだから」
「それに健司は理由もなく、突然こんなことする風に思えない…頼むからさ、理由だけでも教えてよ」
『……』
健司がしばらく黙り込んだ後
『明日の夜、お前の家で全部話すわ』
そう言い放ち、健司は通話を切った。
俺は切れた電話をじっと見つめながら
明日になれば全てが明らかになるという期待と、不安が入り混じった感情が胸に渦巻いていた。
◆◇◆◇
翌日の夜──…
いつも通り花々に水をあげ、笑顔の接客を心掛け
閉店準備をしていると不意にスマホが鳴った。
それは1件のLINE通知で、見てみると
『お前の家の前で待ってるから』と、健司から来ていた。
俺はすぐに花屋を閉め、鍵をかけて駆け足で自分の住むアパートへと向かった。
息を切らしながら外に飛び出すと、アパートの前に立つ健司の姿が見えた。
「健司!」
声をかけると、健司はゆっくりとこちらを振り向いた。
「楓⋯⋯」
「……ほ、ほんとに来てくれると思わなかった」
俺が驚いていると
健司はため息をつき、静かに口を開いた。
「俺も、正直、お前に謝りたい気持ちもあったけど、どう伝えればいいか分からなかったんだ」
健司の言葉に胸が痛んだ。
やっぱり俺を傷つけたことに罪悪感があったのだろう。
「とりあえず、鍵開けるから入ってよ」
そうして俺は、健司を部屋へと招き入れた。