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二人でテーブルを挟み向かい合うと、健司は重い口を開いた。
「俺、お前が羨ましかった」
「え?」
健司は目を伏せたまま続けた。
「楓はいつも明るくて、人気者で……俺はそんなお前が羨ましくてたまらなかった」
「………」
「お前は番でも無いのに守ってくれるαが近くにいたりさ、商売だって上手くいってて、充実してて、それが妬ましかった」
「健司…」
健司は顔を上げ、真っ直ぐに俺の目を見た。
「お前はいいよな、無条件で守ってくれる奴がいるから涼しい顔できてよ、はっ、恋がわかんねぇとか言いつつ利用してるだけなんじゃねえの?」
その言葉を聞いた瞬間、心の中の何かがプツリと切れてしまった。
「…そ、そんなの俺がまるで仁さんのこと利用してるみたいじゃんか……っ!」
怒りで声が震える。
俺は感情を抑えきれず、健司を睨み付けた。
「だからそう言ってんだろ」
「恋がわかんないって言ったのは、本にわかんないから…っ、それに仁さんはただ、仲が良い飲み友達ってだけで…」
「お前が、お前が仁さんとよく出掛けるようになって俺との週2のzoom飲み会も減ったしな」
「そ、それは……いや、健司、もしかしてそれ気にしてた…?」
そう言うと、健司は小さく舌打ちをした。
「俺、昔からお前のそういう無神経なとこ気に食わなかったんだよ」
「む、昔からって……俺のことずっと、そんなふうに思ってたの……?」
「相変わらず鈍感なんだな」
「そ、それでも健司は、俺のこと大切な友達だと思ってるんじゃないの?だからこうして話してくれてるんじゃ…それなのにさっきからどうしてそんな酷いこと……っ!」
「お前のこと友達と思ってたのなんてお前と色川が付き合ってたときぐらいだっつーの、鈍すぎにもほどがあんだろ」
「はっはあ?さっきからなにわけのわからないこと言って……!」
俺の声が震えながらも大きくなっていくと同時に
「ああ…っ、たく、なんで分かんねぇの?他の男優先してるお前に嫉妬したんだよ、だからあんな落書きしたんだよ!」
健司も声を荒らげた。
「い、意味わかんない…嫉妬って、そんな、なんで俺に嫉妬なんて」
「お前のこと好きだから以外になにがあんだよ、そろそろ気付けよ」
「は?え?す、好き?!……え?俺の、こと?」
「楓は俺のこと友達として接してきたんだろうけど、俺はもうそれじゃ満足できないんだよ」
その瞬間、今まで知らなかった健司の想いが胸に押し寄せた。
じられない気持ちと混乱が入り交じりながらも、俺は口を動かした
「で、でも俺は友達以上として健司のこと見れな
い、し…」
瞬間、健司は表情を歪ませた。
「……わかってるっつーの」
健司はそこで言葉を詰まらせると舌打ちしてから
「お前の環境に嫉妬して、完全な八つ当たりだった。悪かった」
と謝罪を述べた。
「……すごい、ショックだったよ」
「…………」
健司は申し訳なさそうに俯いている。
その空気を壊すように俺は発した。
「俺、健司の気持ちには答えられないと思う、でも俺、ゲームしたり宅飲みしたりして」
「健司とカラオケ行って、高校のときみたいにバカ騒ぎするの、好きなんだ」
「……何が、言いたいんだ?」
「俺、健司が一番の親友だと思ってきた。今だって、思ってる」
「…..俺のしたこと分かってんのか?」
「分かってる、その上で、健司が俺のこと、嫌いじゃないなら……なんていうか、これからも友達でいて欲しい…っていうのは、ダメ…かな」
健司の性格上
“無理に決まってんだろ、とか、言われるかもしれない
聞きたくない言葉が飛んでくることを覚悟して、健司の言葉を待っていると
少しの沈黙の後、渋るように言った。
「…少し、考えさせてくれ。今日は、もう帰るわ」
健司は苦しそうな顔をしながら言い放ち、席を立った。
「…わ、わかった」
俺はその姿を見送ることしかできず、一人残された部屋で俺は途方に暮れた。
玄関を閉め、鍵をかける。
そしてソファに座り込み、深くため息をついた。
胸の中に複雑な感情が渦巻いている。
健司の気持ちに応えられないことへの申し訳なさ
友情を壊してしまうかもしれない不安から俺は思わずソファに顔を埋めた。
心臓の音が耳の奥で響いている。
「はぁ……っ」
頭を抱えながら考える。
俺にとって健司はかけがえのない友人だ。
高校時代も放課後は決まってゲーセンに集まってメダルゲームや音ゲーをして
授業中は早弁したり練り消し作ったりして遊んでる健司に『先生来るよ』って慌てて注意したり
家に集まってジュース飲みながらスマブラで対戦したり
好奇心から買った玩具を隠す場所が無いからという理由で押し付けてきたり
映画もよく一緒に見に行って
修学旅行で、別の班になってもマリオカートのコーナーに同じタイミングで着き
得点を競い合ったりしたこともあった。
周りからも『お前らいつも一緒にいるよな〜』とかからかわれることもよくあった仲だ。
でも、恋愛対象にはできないし
考えたことすらなかった。
健司との友情を大切に思う気持ちは確かにあるけれど
健司が求める関係に応えられないことに胸が締め付けられる。
「……俺は…」
俺は頭を横に振りながら立ち上がった。
「…いや、少し落ち着こう……」
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで一気に飲み干した。
水が喉を通る感覚が心地よく、少しだけ落ち着きを取り戻した。
そしてそのままソファに沈み込み、健司との日々を思い返していた。
俺と健司の思い出はたくさんありすぎて、記憶を掘り起こすたびに新しい発見があった。
「……そういえば……」
ふと気づいたのは
俺と健司はお互いに、恋愛面に関して語ることも本音を話すこともあまりなかったということだ。
健司が自分の気持ちを打ち明けてくれたことで
改めてそのことに気づかされた。
それと同時に
健司が俺に対してどれほどの想いを秘めていたのかを知り、戸惑いと共に胸が痛んだ。
「……きっと、健司にとっては俺と友達関係を続けるのは簡単に決めれることじゃないんだ…」
ぽつりと呟きながら目を閉じた。
◆◇◆◇
翌朝──…
目が覚めると、大きく伸びをしてベッドから立ち上がった。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく包み込んでいる。
身支度を整えながら、昨日の出来事を思い返す。
(健司が、俺のことを好き……だったなんて)
心の中で呟いたその言葉が、重く響いていた。
健司がどうするか決めたとして
互いに、本当に友達として接し続けることができるだろうか
心のどこかに残る罪悪感が消えず、頭の中でぐるぐると回り続ける。
「…こういうとき、仁さんなら…どうするんだろ
う」
ふとそんな考えが頭をよぎった。
彼なら、どんな状況でも冷静に対処できるだろうし
この間、遊園地に出掛けたときも的確にアドバイスをくれた。
そして何よりもその包容力にいつも救われてきた。
「やっぱり仁さんだな」
その結論に達した瞬間
スマホを取り出し電話を掛けていた。
数回のコール音が鳴った後、馴染みのある声が応答した。
《もしもし》
《仁さん…!》
《おー、おはよ楓くん。朝からどうした?》
《あの、少し相談したいことがあって……!今日の夜とか空いてますか?》
《あー…ごめん、今日残業になりそうなんだ》
《あ、そうなんですね。忙しいのに朝からすみません……!》
《いいけど…まだ出勤まで時間あるし、結構急ぎの相談なら今のうちに聞くよ》
《えっ、本当ですか?あっでも俺そろそろ行かないとなので…やっぱり他の人に相談してみますね……!わざわざありがとうございます!》
俺は慌ててそう返した。
《そっか、じゃ、がんばって》
《はい、仁さんも》
そうして会話を終え、俺はスマホの画面を落とした。
仁さんに相談できなかったのは残念だが仕方ない
代わりに、朔久ならどうだろう
この前再会したばっかだけど、相談しやすいし
話聞いてもらうぐらいならいいかもしれない。
(よし、朔久に相談に乗ってもらおう)
そう決意し、スマホを手に取り電話を掛ける。
数回のコール音が鳴り響いたあと
数日ぶりに朔久の穏やかな声が耳に入ってきた。
《もしもし?楓?》
《あっ、朔久。朝から悪いんだけど、今日の夜とか空いてたりする?》
《今日?大丈夫だけど、なにかあった?》
《実はちょっと折り入って相談したいことがあっ
て…》
《いいよ、楓って店いつも何時に閉めてるの?》
《えっと、8時ぐらいかな》
《じゃあさ、今夜は楓の家で鍋しよう。その時ゆっくり話聞くよ》
《鍋いいね!!ありがと、朔久…》
《楓が困ってるなら助けるのが普通だよ》
俺は頼りになる友人の存在に感謝しながら
《じゃあまた夜にね、今が旬のカボチャとか美味しい肉買ってくから》
《それいい!おけ、頼んだ!俺もきのことか白菜と
か買っとくよ》
その夜、朔久が鍋の材料を買って俺の家に来てくれることになり
俺は鍋を出すため、台所に向かい
戸棚から鼠色の鍋を取り出し
それを柔らかいスポンジで洗うと、キッチンペーパーで綺麗に拭く。
「よし……!これで完璧かな」
テーブルに新聞紙を引いて、鍋の下準備を終え
時計を見るともう夕方になっていた。
リビングで朔久を待つ間、色々と考え事をしていた。
一朔久は俺の話を聞いて、どう感じるだろうか。
健司に対する罪悪感は、俺の中で薄れたわけではない。
むしろ誰かに話すことで、さらに罪悪感が深まるかもしれない。
不意に玄関からインターホンを鳴らす音が聞こえた。
慌てて立ち上がり玄関に向かい
扉を開けると手提げ袋を二つ持った朔久がそこに立っていた。
「来た来たおかず〜」
「初手で俺のことおかず呼ばわりすんのひど!」
「うそだって、ははっ…朔久が来てくれて助かったよ」
「んーん、こちらこそ呼んでくれてありがと」
「じゃ、入って入って!」
「お邪魔しまーす」
朔久は靴を脱いでリビングまで来ると
手提げ袋を机の上に置いた。
「あっそうだこれ、楓が食べたいかなぁと思って色々買ってきちゃった」
そう言って机の上に置かれたのは
こくうまキムチ、生鮭、豆腐、ニラ、長ネギだった。
「……えっ、この材料まさかキムチ鍋!?」
キムチなんて、俺の大好物だ。
「昔から辛いもの好きだったよね、楓」
「覚えててくれたんだ…さすが朔久!」
朔久の持ってきた材料を受け取った俺は
朔久と二人で鮭キムチ鍋を作る準備を始める。
「よし、じゃあ早速始めよっか」
朔久の声に、俺は頷く。
まずは鍋にごま油を引くところからだ。
油が温まってきたところで、久がザルからキムチを投入する。
「ここに、キムチを先に入れて軽く炒めるんだ」
チリチリと小気味良い音がして
一気にキッチンに広がるキムチの香りが俺の食欲を刺激した。
「キムチから炒めるんだ?初めて知ったかも」
思わず声に出すと、朔久はにこりと笑った。
負けじと俺もフライパンに軽く油を引いて、白菜の白い部分と長ネギを炒めていく。
「そうそう、しんなりするまでで大丈夫だよ」
朔久の声が優しくて、思わず顔が綻ぶ。
隣で手際よく動く朔久の姿を見ていると、なんだか心まで温かくなる気がした。
次に、スープ作りだ。
朔久が計量カップで水を測りながら、鍋に注ぐ。
「このくらいかな」
その隣で、俺はコチュジャンや味噌、醤油
鶏ガラスープの素を混ぜ合わせた調味料を溶かし入れていく。
「しっかり混ぜてね、ダマにならないように」
朔久が囁くようにアドバイスをくれた。
「りょーかい」
少し得意げに答えると
なにやら朔久が真剣な眼差しで、俺の動きを見守っている。