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「大おじ様。彼女は、あれ、ではありません。西条月子さんという名前で、私の結婚相手です」
岩崎は、どこか挑むように言った。
たちまち大おじの顔つきが変わった。
先ほどからの岩崎家側の粗相が、癪にさわっているのだろう。
「ワシは何も聞いておらんぞ!」
誰に対してという訳でもなく、大おじは怒鳴り付けた。
「京一!西条といえば、ひょっとして、火事にあった材木屋かっ?!商人の娘を岩崎家へ入れるのかっ?!」
「ええ、まあ、その……」
男爵は、隣の席で剣幕をまともに受ける。
「そのも、何も。兄上が話を持ち込んで来たのでしょう?まあ、家同士が決めた見合い話です。断ることはできません。幸い、お互い気に入りましたし、特に問題はないと思いますが?」
なあ、と、岩崎は月子に同意を求める。
月子は、どう答えれはというよりも、岩崎が何かを企んでいるような気がしてならなかった。
月子のことを庇ってくれているようなのだが、どうも、口ぶりというか受ける感じがいつもと違うのだ。
不審に思っている側から、肝心の御前様の存在を無視するかのように、岩崎は清子を呼んだ。
ちょうど男爵夫妻が落としたナイフとフォークを拾い集め立ち上がった所の清子も、岩崎の言いたい事が掴めない様でぽかんとしている。
「清子。また二人分配置するのは、時間がかかる。箸を持って来てくれ。今日は、皆、箸で食事すればよいだろう?どうですか?兄上。もちろん、大おじ様は、そのままで……」
そうだ!と、岩崎は、すかさず吉田へ声をかけた。
「早く、ワインをお注ぎしろ!それと、前菜《サラダ》をお運びしなさい!私達は、必要ないぞ。何が何でも、生で葉物野菜を食べる必要などない。四十雀《しじゅうから》じゃあるまいし」
前菜である、生野菜《サラダ》など、カツレツが流行り始め添え物に、やっとキャベツの千切りが出されるぐらいで、一般の家庭で生の葉物野菜を食べるなど考えられない事だった。
月子は、まさか生で食べる習慣があるなど当然思ってもおらず、サラダという変わった食べ物を口にしなければならないのかと、岩崎の口ぶりから初めて知った状態だった。
しかし、ここまで、話もなんだか途中で終わっておりで、箸だ、生の野菜だと、混乱するばかりの月子をよそに、清子が、あっと、ごくごく小さな驚き声をあげると、したり顔で岩崎に頷いている。
吉田も、左様ですね、などと言いつつ、大おじに、御前様どうぞなどと、ワインを勧め、サラダの用意の為かさっと部屋を出る。
「あぁ、清子!私達は、ワインは必要ない。せっかくだから、大おじ様に譲って差し上げろ。変わりに、茶をいれてくれ!」
「いや!清子!サイダーがあっただろう?シャンパンの変わりにサイダーで洒落こむのはどうだ?京介?」
男爵が、どうやら岩崎の意図を掴んだようで嬉しげに言った。
「あらまっ!シュワシュワっとしてて、丁度いいじゃない?」
「芳子!ラムネの方がよいかな?あのポンとビー玉が落ちる瞬間、シュワシュワになるだろう?!シャンパンらしくないかい?」
そうだわねっ、と芳子は、はしゃいでいる。
「いい加減にせんかっ!」
大おじの雷が落ちた。
「寄ってたかって、なんだ!何が、箸を使うだ!何が、サイダーだ!」
そんな事は、あり得ないと大おじは、ぶるぶる震えながら皆へ怒りをぶちまける。
「京一!お前まで一緒になって!そんな、商家の娘の機嫌など取りおってから!西洋式の仕来たりも知らぬ者など、追い出してしまえっ!!」
「御前様。口をお慎みくださいませんか?月子さんを食事に招待したのは、私ども。そして、月子さんを岩崎家に迎え入れると決めたのは、本家当主の私です。あなた様は、分家のお立場ではございませんか?」
男爵の、やんわりとだが棘のある物言いに、場は静まりかえった。
バンとテーブルを叩く音が響き、大おじは勢い良く立ち上がる。
「もういいっ!!ワシは、帰る!!」
ドスドスと足音が響き渡る勢いで、大おじはドアへ向かって行った。
清子が慌ててドアを開けると、なんたること!などと、悔し紛れの一言を吐き捨て出て行った。
当然ながら、月子は青ざめている。
自分のせいだ。岩崎は、何も知らない、できない、月子を庇った。そして、身内を怒らせてしまったのだ。
「あー、面倒なのが帰ってくれた!兄上!茶漬けでも食べますか?!」
岩崎は、大笑いしている。
「ああ、そうだなぁ!」
男爵も一緒になって笑っている。
「あのぉ、今日は、ビフテキを御用意しておりますが?」
清子の一言に、
「肉か!それもいい!細かく切って、出してくれ!箸で食べられるようになっ!」
岩崎は上機嫌で清子へ命じた。