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#異世界
金山ジョージ
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もな
71
羽海汐遠
13,760
第3話 Linkcity仕様
土曜日。
午前十時。
宮原結衣は、Linkcityの不動産街の中央で腕を組んでいた。
目の前には三軒の家が浮かんでいる。
一軒目。
広さ、六十二平方メートル。
二軒目。
広さ、四十八平方メートル。
三軒目。
広さ、三十九平方メートル。
数字だけを見れば、一軒目が一番いい。
少なくとも、結衣はそう思っていた。
「これじゃない?」
一軒目を指差す。
隣に立っていた立花湊は、何も言わなかった。
結衣が振り返る。
「何、その顔」
「いや」
「絶対なんか思ってる」
「広さだけ見てない?」
「家を探してるんだから広さ見るでしょ」
「Linkcity仕様は?」
「あとで見る」
湊は一軒目の住宅情報を開いた。
項目が縦に並ぶ。
通信安定度。
防音性能。
停電対策。
室温管理。
操作環境。
机配置自由度。
長時間利用適性。
総合Linkcity仕様。
評価。
三・一。
湊が無言で結衣を見る。
「三・一」
「住めるでしょ」
「住める」
「じゃあいいじゃん」
「でも三・一」
「さっきから三・一しか言ってないよ」
二人の前に、一人の女性が歩いてきた。
耳の下で切り揃えた茶色の髪。
ベージュのジャケット。
紫色のシャツ。
グレーのパンツ。
胸元には、小さな案内パネルが浮かんでいる。
「宮原さんですね」
結衣が振り返る。
「はい」
「本日担当いたします、高瀬です」
高瀬千景は軽く頭を下げた。
湊も会釈する。
「こちらは?」
「友達です。家探し詳しそうなので連れてきました」
「詳しくないよ」
「Linkcity仕様四・八に住んでるじゃん」
「それは部屋が四・八なだけ」
高瀬が少し笑った。
「四・八でしたら、かなり良い物件ですね」
「ほら」
「俺が作ったわけじゃないから」
結衣は一軒目を指差した。
「これ見たいです」
「六十二平方メートルの物件ですね」
「広いので」
「分かりました。では確認してみましょう」
高瀬が住宅模型へ触れた。
周囲の景色が変わった。
三人はリビングに立っていた。
もちろん、まだ現実の住宅ではない。
現実の物件を3Dスキャンして作られた内見用ワールドだった。
結衣が周囲を見回す。
「広い」
最初に出た言葉がそれだった。
リビング。
隣の部屋。
寝室。
収納。
キッチン。
結衣は歩き回った。
「ここにソファ置ける」
「うん」
「机も置ける」
「うん」
「棚も置ける」
「うん」
「反応薄くない?」
「見てる」
湊は壁へ近づいた。
壁に手を触れる。
住宅情報を表示。
防音。
評価、二・八。
「低い」
「そんなに音出さないよ」
「マイク使うでしょ」
「使うけど」
「毎日」
「使うけど」
高瀬が横から説明を加える。
「Linkcity利用時の音声会話が多い方ですと、防音性能は比較的重要ですね」
「そんなに違います?」
「集合住宅ですので、夜間の会話が問題になる場合があります」
「でも普通に話すだけですよ?」
「現実では一人で部屋にいる状態になりますから」
結衣が止まった。
「あ」
Linkcityでは友人が目の前にいる。
何人もいることもある。
会話している本人には普通の雑談だ。
しかし現実の部屋では、一人で何時間も話し続けているように聞こえる。
「なるほど……」
結衣が壁を見る。
少しだけ一軒目への勢いが落ちた。
「通信は?」
「確認しますね」
高瀬が案内パネルを開いた。
通信安定度。
三・四。
「悪くはありません」
「よかった」
「ただし、この地域では午後七時から十一時にかけて低下する傾向があります」
「一番使う時間じゃん」
湊が言った。
結衣が黙る。
「ゲームする?」
「する」
「旅行は?」
「する」
「友達と話す?」
「する」
「全部その時間じゃん」
「……するね」
高瀬が次の項目を開く。
停電対策。
二・五。
予備電力設備なし。
「停電したら?」
「通常の住宅と同じです」
「Linkcity切れる?」
「当然ですが、電源が失われれば接続機器も停止します」
「仕事中だったら?」
「携帯端末側の電力で一定時間は対応できます。ただ、長時間になる場合は難しいですね」
結衣はリビングを見回した。
広い。
確かに広い。
でも、さっきまでとは少し違って見える。
「次、見てもいいですか?」
「もちろんです」
三人は内見ワールドから出た。
不動産街。
次に表示されたのは四十八平方メートル。
Linkcity仕様。
四・二。
結衣が数字を見る。
「さっきより狭い」
「でも四・二」
「湊、その数字好きだね」
「家探しで大事なんだって」
「広さも大事」
「それはそう」
高瀬が二軒目を開いた。
転送。
今度の部屋は、確かに少し小さい。
結衣がリビングへ入る。
「あれ」
壁際に細長い場所がある。
机を置くことを前提に作られていた。
電源。
通信端子。
機器収納。
机の高さに合わせた配置。
「ここがLinkcityスペースです」
高瀬が壁を操作した。
机の配置例が表示される。
大型キーボード。
マウス。
コントローラー。
Linkcity端末。
充電設備。
「最初からここで使う想定なんだ」
「はい。最近の住宅では増えています」
結衣が椅子の模型へ座った。
「椅子まで?」
「これは配置例です。ただ、入居時に推奨機器セットを購入することもできます」
「家と一緒に?」
「はい」
商品一覧が表示された。
長時間利用向け椅子。
疲労軽減マウス。
低負荷キーボード。
長時間用コントローラー。
手首支持台。
足置き。
姿勢検出センサー。
結衣が一覧を眺める。
「家電付きみたいな感じ?」
「近いですね。ただ、機器自体は購入する形になります」
「全部必要なんですか?」
「必要ではありません。ただ、一日数時間以上Linkcityを利用するなら、身体への負担はかなり変わります」
湊がマウスの模型を持ち上げた。
「俺、これに近いの使ってる」
「高かった?」
「普通のよりは」
「違う?」
「違う」
結衣が疑うような顔をする。
「本当に?」
「毎日仕事で使ってみれば分かる」
「毎日使ってるよ」
「だから今のマウスで手痛いって言ってたじゃん」
「……言った」
「先週」
「言ったね」
「先々週も」
「そんな覚えてなくていいよ」
高瀬が別の機器を表示する。
コントローラー。
「こちらは長時間利用向けです」
「ゲーム用?」
「ゲームだけではありません。Linkcity内の移動に使う方も多いので」
「私も移動これです」
「でしたら、握ったときに手へ負担が集中しにくい形を選ぶといいですね」
結衣が自分の手を見た。
Linkcityのアバターの手。
現実ではコントローラーを握っている。
普段は意識していない。
歩く。
飛ぶ。
ワールドを探す。
旅行する。
全部、親指と数本の指で操作している。
「一日何時間くらい使っていますか?」
高瀬に聞かれた。
結衣は考えた。
「仕事で七時間くらい」
「はい」
「昼休みもLinkcityにいることあるから……」
「はい」
「仕事終わって友達と遊ぶと……」
「はい」
「十時間くらい?」
自分で言ってから止まる。
湊を見る。
「そんな使ってる?」
「俺に聞かれても」
「でも湊も同じくらいじゃない?」
「日による」
「絶対使ってる」
「使ってるとは思う」
高瀬は特に驚かなかった。
「珍しくありませんよ」
「ですよね」
「そのため、住宅設備と同じくらい操作環境を重視する方が増えています」
結衣が部屋を歩く。
寝室。
キッチン。
収納。
さっきより狭い。
でも机周辺は使いやすそうだった。
防音。
四・三。
通信。
四・五。
停電対策。
四・〇。
室温管理。
四・四。
「悪くない」
「でしょう?」
「なんで湊が得意そうなの」
「俺が見つけた物件じゃないけど」
結衣は笑った。
しかし、まだ決めなかった。
「三軒目も見ます」
「分かりました」
不動産街へ戻る。
三軒目。
三十九平方メートル。
一番狭い。
結衣は数字だけ見て、最初は候補から外していた。
Linkcity仕様。
四・九。
結衣の動きが止まった。
「四・九?」
「高いね」
「湊の家より高い」
「俺と競うなよ」
高瀬が物件情報を開いた。
「こちらは二年前に改装され、Linkcity長時間利用向け住宅として設計されています」
「でも三十九ですよね?」
「はい」
「狭くない?」
「現実の生活に必要な部分を小さくまとめ、その代わりLinkcity利用環境へ設備を集中させています」
「見るだけ見ます」
転送。
三軒目。
結衣は入った瞬間に止まった。
「……小さい」
湊が笑う。
「正直だな」
「だって小さい」
リビング。
キッチン。
寝室。
確かに一軒目と比べれば小さい。
大きな家具をいくつも置くのは難しそうだった。
しかし。
「この壁、何?」
結衣が近づく。
一面が厚く作られている。
高瀬が操作する。
壁が開いた。
中から机が出てきた。
「収納式Linkcityデスクです」
「おお」
机を使わないときは壁へ収納できる。
使うときだけ出す。
キーボード用の場所。
マウス用の広い面。
コントローラー置き場。
充電設備。
端末固定台。
すべて最初から用意されている。
「これいい」
「食いついたな」
「だって机が消える」
「そこ?」
結衣は机を出す。
戻す。
また出す。
「楽しい」
「家具で遊ぶなよ」
高瀬が笑いながら次の設備を表示した。
「床にも特徴があります」
「床?」
「Linkcity利用時の椅子移動を想定しています」
椅子を動かす。
静かだった。
振動もほとんどない。
「下の部屋に響きにくい構造です」
「そこまで?」
「夜に利用する方も多いので」
防音。
四・九。
結衣が壁を軽く叩く。
「そんな違う?」
「試しますか?」
「どうやって?」
「隣室再現があります」
高瀬が操作する。
湊だけが隣の仮想室へ移動した。
結衣はマイクへ向かう。
「聞こえる?」
数秒。
湊から通信。
ほとんど聞こえない。
「本当に?」
「ちょっとだけ」
「じゃあこれは?」
結衣が少し大きな声を出す。
湊から。
少し聞こえる。
「すご」
湊が戻ってくる。
「夜ゲームしてても大丈夫そう」
「私そんな叫ばないよ」
「この前叫んでた」
「いつ?」
「落下するゲーム」
「あれはゲームが悪い」
「ゲームは何も悪くないだろ」
次は通信。
五・〇。
「五ってあるんだ」
「この建物はLinkcity向け通信設備を建物単位で導入しています」
「混雑時間は?」
「自動で経路を調整します。過去一年の最低値が四・七です」
「さっきの家と全然違う」
停電対策。
四・八。
建物共有の予備電源。
各部屋にも小型電源。
停電時、Linkcity接続環境を優先して一定時間維持。
室温管理。
四・八。
端末や機器から出る熱まで考慮。
結衣はいつの間にか、部屋の広さを見なくなっていた。
次々と項目を開く。
通信。
防音。
電源。
机。
椅子。
操作機器。
「これ、椅子は付いてないんですよね?」
「はい。ただし入居者向け割引があります」
「見たいです」
「こちらです」
何十種類もの椅子が並ぶ。
仕事用。
ゲーム兼用。
小柄な人向け。
姿勢補助。
自動調整。
結衣は一つを選んだ。
現実側の身体情報から、推奨サイズが表示される。
「これ?」
「座ってみてください」
仮想体験。
同時に、現実の椅子との違いを数値で比較する。
腰。
肩。
首。
負担予測。
結衣が表示を見て眉を上げた。
「今の椅子、評価二・二なんだけど」
「買い替えた方がいいんじゃない?」
「去年買ったのに」
「何で選んだの?」
「見た目」
「それだ」
結衣は次にマウスを見る。
手の大きさを測定。
握り方。
指の長さ。
仕事での利用時間。
おすすめが三種類出る。
「マウスにこんな選び方あるんだ」
「毎日何時間も触る道具ですからね」
高瀬の言葉に、結衣は自分の現実の机を思い出した。
安い机。
気に入って買った椅子。
適当に選んだマウス。
昔から使っているキーボード。
コントローラーはゲーム機に付属していたもの。
それで毎日。
仕事。
買い物。
友人との会話。
旅行。
ゲーム。
一日の大半を操作している。
家そのものより、そこに置いてある機器に触れている時間の方が長い日すらある。
「キーボードも見る?」
湊が言った。
「見る」
「即答」
「ここまで来たら全部見る」
キーボード。
軽い入力。
手首負担軽減。
生成AI専用キー。
翻訳切り替え。
マイク操作。
ワールド切り替え。
用途によって種類が違う。
結衣がキーを押す。
軽い。
「これ好き」
「仕事向けですね」
「音も小さい」
「夜間利用を考慮しています」
「これも買おうかな」
「家探しだったよね?」
「家探してるよ」
「機器選びになってる」
「家とセットで考えるんでしょ?」
「もう俺より詳しくなってるじゃん」
結衣は笑った。
もう一度、部屋全体を見る。
三十九平方メートル。
一軒目よりずっと狭い。
それなのに。
さっきより暮らしている自分を想像しやすかった。
朝。
ここで仕事。
昼。
Linkcityで友人と食事。
午後。
仕事。
夜。
ゲーム。
旅行。
探索。
疲れたら接続を切る。
机を壁へ戻す。
小さな現実の部屋。
その向こうには、いくらでも広いLinkcityがある。
「自宅ワールドはどのくらい?」
高瀬が聞いた。
「え?」
「宮原さんのLinkcity側の自宅です」
「かなり広いです」
「何部屋あります?」
「数えたことない」
「庭は?」
「あります」
「家具は?」
「いっぱい」
「現実の家に同じものを全部置きたいですか?」
結衣は考えた。
大きなソファ。
巨大な本棚。
旅行トロフィーを飾った部屋。
植物だらけの部屋。
ゲーム専用室。
全部。
現実に置く必要はない。
「別に……いいかも」
「そういう考え方の方が増えています」
高瀬が部屋の情報を閉じた。
「もちろん現実の広さを重視する方もいます。家族が多い方、現実で趣味を楽しむ方、大きな家具を置きたい方には広さが必要です」
「はい」
「ただ、宮原さんのように一日の多くをLinkcityで過ごす場合、単純な広さだけで選ぶと、かえって使いにくくなることがあります」
結衣は頷いた。
「Linkcity仕様って、タイパとかコスパみたいな感じで言うじゃないですか」
「そうですね」
「正直、今まで広告の言葉だと思ってました」
「そういう方もいます」
「湊も引っ越すまで知らなかった?」
「俺?」
突然聞かれて、湊が少し考える。
「知ってたけど、四・八だから選んだわけじゃない」
「じゃあ何で?」
「会社の人に言われた」
「人任せじゃん」
「住んでみたら良かったんだからいいだろ」
「説得力なくなった」
三人で笑った。
現実内見も予約できる。
結衣は三軒目を第一候補に登録した。
まだ契約はしない。
実際の部屋を見る。
周辺環境も見る。
現実の買い物のしやすさ。
災害時の避難経路。
病院。
交通。
Linkcityだけで家を決めるわけではない。
それでも。
最初に六十二という数字だけを見ていたときとは、完全に選び方が変わっていた。
内見ワールドを出る。
不動産街へ戻る。
三軒の住宅が再び並ぶ。
六十二。
四十八。
三十九。
結衣は一軒目を見た。
最初は一番魅力的だった。
今は違う。
「不思議」
「何が?」
「三十九が一番よく見える」
「数字じゃ分からないからね」
結衣は三軒目をお気に入りへ入れた。
その直後。
おすすめ商品。
Linkcity長時間利用者向け機器。
椅子。
マウス。
キーボード。
コントローラー。
ずらりと表示された。
「早い」
「家見ただけなのに」
「もうおすすめされてる」
「生成AIに見られてたな」
「怖いこと言わないでよ」
結衣は表示を閉じた。
しかし数秒後。
また開いた。
「見るの?」
「見るだけ」
「買う人の言い方だ」
「見るだけだから」
マウスを開く。
比較。
コントローラーを開く。
比較。
椅子。
比較。
キーボード。
比較。
湊は隣で待った。
五分。
十分。
十五分。
「結衣」
「なに?」
「家探し終わったよね?」
「まだ」
「何してるの?」
「Linkcity仕様を上げてる」
「まだ住んでもないのに?」
「準備大事じゃん」
結衣は楽しそうに商品を並べている。
湊は諦めて近くのベンチへ座った。
不動産街には、次々と利用者がやって来る。
夫婦。
一人暮らし。
家族。
学生。
会社員。
みんな住宅情報を見ている。
広さ。
家賃。
駅。
周辺環境。
そして。
Linkcity仕様。
ある家族は防音を見ていた。
学生は通信速度。
会社員は机の配置。
別の利用者は停電対策。
誰も同じ項目だけを見ていない。
家は現実にある。
でも、その家からどこへ行くかは人によって違う。
会社。
学校。
世界中の街。
ゲーム。
旅行。
友人の家。
Linkcityなら、全部が机の向こう側にある。
結衣がようやく戻ってきた。
「決めた」
「家?」
「椅子」
「そっち?」
湊は思わず笑った。
「家は?」
「三十九のところ、現実内見する」
「椅子は?」
「買う」
「マウスは?」
「候補二つ」
「コントローラー」
「三つ」
「キーボード」
「これ」
もう商品情報が保存されている。
「全部買う気じゃん」
「毎日使うし」
「急に意識変わったな」
「だってさ」
結衣は自分の手を見た。
紫色の髪が肩の横で揺れる。
「現実のソファより、マウス触ってる時間の方が長いかもしれない」
「それはちょっと悲しい言い方だな」
「でも本当じゃない?」
「まあね」
二人は不動産街を歩き出した。
結衣が突然止まる。
「そういえば」
「何?」
「湊の家、四・八なんだよね」
「そうだけど」
「勝ちたい」
「何に?」
「Linkcity仕様」
「家で競うなよ」
「四・九なら勝ってる」
「まだ住んでないだろ」
「住んだら勝ち」
「何の勝負なんだよ」
結衣が笑う。
二人はそのまま中央広場へ向かった。
現実の結衣は、まだ古い部屋にいる。
少し狭い机。
適当に選んだ椅子。
使い込んだマウス。
昔からのキーボード。
その部屋から、今、新しい家を探している。
昔なら。
広い家。
大きな部屋。
収納。
そんな条件が最初に来たのかもしれない。
今は違う。
通信は安定しているか。
長時間座っても疲れないか。
マウスは手に合うか。
コントローラーは握りやすいか。
キーボードは軽いか。
夜に友人と話しても周囲へ響きにくいか。
停電しても仕事を続けられるか。
家の価値を測るものが増えた。
現実の部屋は小さくてもいい。
だからといって、現実を捨てるわけではない。
眠る。
料理する。
身体を休める。
窓を開ける。
外へ出る。
それも生活。
ただ、その部屋から接続する場所が、以前とは比べものにならないほど広くなった。
結衣が歩きながら、自分の新しい自宅ワールドを開く。
広大な庭。
大きな家。
何部屋も続く廊下。
壁には旅行のトロフィー。
「現実でこれと同じ家に住もうとしたら、いくらするんだろ」
「考えない方がいい」
「だよね」
結衣は自宅ワールドを閉じた。
「じゃあ現実は三十九でもいいか」
「現実内見してから言いなよ」
「分かってる」
少し歩く。
「でも机は収納式がいい」
「そこ気に入ったんだ」
「椅子も買う」
「はいはい」
「マウスも」
「うん」
「コントローラーも」
「うん」
「キーボードも」
「全部じゃん」
結衣が楽しそうに笑った。
中央広場へ出る。
そこから見える住宅街には、巨大な家がいくつも浮かんでいる。
現実では三十九平方メートル。
Linkcityでは何千平方メートルでも構わない。
二つの家。
どちらも生活する場所。
ただ、役割が違う。
結衣は三軒目の物件情報をもう一度開いた。
三十九平方メートル。
その数字の下。
Linkcity仕様。
四・九。
今度は広さより先に、そちらへ目が行った。
「四・九か」
少し嬉しそうに呟く。
湊が横から見る。
「だから俺と競うなよ」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に出てる」
「勝った」
「言ってるじゃん」
二人の笑い声が、Linkcityの住宅街へ溶けていった。
コメント
1件
いや~、めっちゃ良かった!結衣が最初「広い方がいい!」って単純に思ってたのに、Linkcity仕様の数字を見てどんどん視点変わっていくのがリアルで刺さったわ。特に「現実のソファよりマウス触ってる時間の方が長い」って気づくシーン、グッときた。湊との掛け合いもほっこりするし、家探しでありながら「自分にとっての快適さって何か」を考えさせられるエピソードだった🔥