テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
彼の言葉に、瑠衣はおずおずと頷く事しかできない。
「キミが監禁されていた時、監視役の俺に気付いてない瑠衣ちゃんが『先生……会いたい』って呟いた時、俺の恋は終わったって思ったんだ。それに、好きな女が自分の目の前で、あんな事されているのは……正直きつかった……」
「中崎さん……ごめんなさい……」
瑠衣は彼と向かい合い、ペコリと頭を下げた。
「いいんだ。俺が想いを打ち明けるのは今だと思って伝えたまでだから。瑠衣ちゃんは、好きな人には一途な女性だと思う。だから俺は…………キミの恋を応援するから」
「…………ありがとうございます」
「さて、今日は祝祭日だけど、通勤の時間帯になってきたし、戻ろうか。東新宿まで送るから」
女風のオーナーらしくない爽やかな笑みを拓人は映し出し、二人は車に乗り込み、東新宿へと走らせた。
「すみません、ここで大丈夫です。本当に何から何まで…………ありがとうございました」
大通り沿いにある食品会社の本社前に車を停車させると、拓人はゆっくりと瑠衣に顔を向ける。
「瑠衣ちゃんを無事にここまで送る事ができて……本当に……良かった」
彼が緩やかに笑みを零した後、何を言っていいのか分からず、二人は黙ったまま。
ハザードランプのカチッカチッと規則正しい音が、やけに大きく刻まれているように感じた。
「瑠衣ちゃん」
彼がそっと腕を伸ばし、ベージュブラウンの頭を優しく撫でた。
「彼と…………幸せになるんだよ?」
感慨深そうな、憂いを帯びたような眼差しを瑠衣に送る拓人。
どことなく哀愁を漂わせている彼の表情に、瑠衣は、拓人に会うのはこれで最後なのかもしれない、と漠然と考えていた。
「はい。中崎さん、本当に……本当に…………ありがとうございました」
会釈をした後、シートベルトを外して車を降りると、拓人が助手席のパワーウィンドウを開ける。
「…………瑠衣ちゃん、絶対に彼と…………幸せになれよ」
瑠衣は、かつての娼婦時代だった頃のように、腹の前で両手を添え、背筋を伸ばして深々と一礼すると、黒いセダンが滑らかに走り出した。
ルームミラーから瑠衣をチラリと見やると、彼女はまだお辞儀をしたまま。
拓人は、瞳の奥が熱くなりそうになるのを堪えながら、ステアリングをギュッと握りしめ、アクセルを踏み込んだ。
瑠衣は、侑の自宅へ向かい、おぼつかない様子で歩き出すが、大きなホール前に差し掛かった時。
「あ…………」
もうすぐ侑に会える安堵感からなのか、突然目の前が暗転し、そのまま崩落するように倒れ込んでしまった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!