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思わず上擦った声が出てしまい、それがまた恥ずかしくて
同時に嬉しくて、顔がカッと熱くなるのを感じた。
俺は両手で頬を抑え、熱を冷まそうとする。
尊さんはそんな俺の様子を、じっと観察するように見つめていたかと思うと
ふ、と小さく笑みをこぼした。
「どうした?顔が赤いぞ」
その笑顔にすら、俺の心臓はドキッと音を立てる。
「いえ……!な、なんでもないです」
なんとか言葉を返したけれど、心臓のドキドキはまだ収まらなかった。
そして、徐に店の壁にかけられたテレビに目を向けると、ちょうど人気の映画の告知が映っていた。
「今話題の『焦がれるカカオ』、絶賛上映中!」
なんて文字が目に飛び込んできて
尊さんも音に反応したのか、壁の方に振り向いて呟いた。
「ボーイズラブの映画か」
映画というワードから、そうだ、と閃く。
尊さんに今週の土曜日に映画に行かないかと昨日誘われていたことを思い出したのだ。
「あっそうだ……!たけっ……じゃなくて、質問なんですけど……主任って普段どんな映画観るんですか?」
慌てて話題を逸らすように、俺は尋ねた。
「映画か?……まあ、テルマエ・ロマエとか、ジブリも結構見るぞ。雪白は?」
尊さんの意外な映画の趣味に、俺は少し驚きながら答える。
「俺は結構なんでも観ますよ。あっ、でも俺昔からSFとかボーイズラブ好きで……お恥ずかしいんですけど」
「別に恥ずかしいことないだろ。俺だってBLなら気になったやつは見る」
尊さんはそう言って、また焼き魚に箸を伸ばした。
「そうなんですか?主任がBL……なんか意外ですね」
「つってもグルメBLとかだ。お前が見るようなSM系は見たことないけどな」
「なっ…なんでそれを…」
「なんだ忘れたのか?大阪出張のときに俺が風呂入ってる間に1人でヤ──」
「ちょっ、ちょちょちょ待ってください主任っ!それ以上言っちゃダメですほんとにダメですっ!!」
「あんときのタイトルなんだったかね?」
「もっもう…!こんなときまで意地悪しないでください…っ」
「ははっ、お前が面白い反応するのが悪い」
「り、理不尽……!?」
「…ま、お前となら何見てもいいけどな」
尊さんの言葉に、俺は一瞬の迷いもなく、思い切って提案した。
「じ。じゃあ今週の土曜の映画デート、今の見に行きませんか?」
すると、尊さんは何の躊躇もなく
「おう」とあっさりOKしてくれたのだ。
その返事に、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
ついに初めて、恋人らしい
デートっぽいことができるんだと思ったら、自然と口元に笑みが溢れてきてしまう。
そんな俺を見て、尊さんもまた微笑んでくれるから俺はますます浮かれてしまうのだ。
やっぱり俺たちは付き合っているんだな、と
この瞬間、改めて深く実感した。
それから3日後の金曜日
定時を過ぎたオフィスは、ほとんどの社員が帰り閑散としていた。
尊さんは来週の社内会議用の資料を仕上げるために残るようで
「悪い、先に帰っててくれ」と声をかけられた。
尊さんが残業なんて珍しいな、と思いながら
一人きりで帰りのエレベーターに乗り込む。
ふと、尊さんのことが少し気になってしまう自分がいた。
いつもは一緒に帰るのに、今日は一人。
その小さな変化が、胸にじんわりと寂しさを広げる。
◆◇◆◇
退勤後…
最寄り駅までカバン片手に歩き、電車に乗り込むと
俺はすぐにスマホを操作した。
明日、尊さんと見に行く予定の映画
「焦がれるカカオ」の公式サイトを、なんとなくチェックする。
映画情報、出演者の情報がずらりと載せられていた。
主人公はチョコレートとBLに目が無い腐男子で、おまけにゲイというダブルコンボの平凡な大学生。
そして相手は、幼馴染でショコラティエの年上のチャラ男だという。
純粋な恋人関係の他に、SMプレイ要素が多く含まれているという設定は、ドS男に目が無い俺にとってはたまらないものだった。
(尊さんはラブコメに抵抗は無いらしいけど、SMに興味があるようには見えないし……本当にこれに決めてよかったのかな……)
少し不安がよぎる。
もし、俺に合わせてくれてるだけだったら、申し訳ない。
(まあでも、そういうシーンがあるのは原作だけで、映画自体は気軽に楽しめる内容だから大丈夫かな)
そう自分に言い聞かせながら
俺は電車に揺られ、無事我が家に帰宅した。
◇◆◇◆
その翌朝
目覚まし時計が鳴るよりもずっと早く、自然と目が覚めた。
まだ薄暗い部屋の窓からは、夜明け前の柔らかな光がほんのりと差し込んでいる。
時計に目をやると、集合時間の3時間前
午前7時を指していた。
いつもの休日ならもう少し寝ていたい時間なのに
今日は心臓が期待に弾むように高鳴っていて
とても眠り続けることなどできなかった。
今日は待ちに待った尊さんとの映画デートだ。
初めての二人きりの外出に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような
甘酸っぱい期待と、ほんの少しの不安が入り混じっていた。
こんな気持ち、高校生以来かもしれない
ちゃんと格好よく決めなきゃ。
最高の自分を魅せたい
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
だが、まずは腹拵えだ。
戦は食から、と自分に言い聞かせ
ゆっくりとベットから腰を下ろした。
ひんやりとしたフローリングの感触が、まだぼんやりとした意識を少しだけ覚醒させる。
軽く伸びをして凝り固まった体をほぐし、静かに寝室を出てキッチンへと向かった。
キッチンはまだ静寂に包まれていて
朝の光がシンクのステンレスに反射して、鈍い輝きを放っていた。
冷蔵庫の扉に手をかけると、カタンと静かに音を立てて開いた。
ひんやりとした空気が顔を撫で、眠気が少しだけ遠のく。
庫内の照明が、まだ眠っている食材たちをぼんやりと優しく照らし出す。
まずは、昨晩の残り香が微かにする味噌汁の鍋に手を伸ばす。
ずっしりとした重みが
昨日の夕食の温かい記憶を呼び覚ますみたいに、手のひらに伝わってくる。
小松菜と油揚げの組み合わせだったか。
その優しい香りが、まだ冷たい空気の中にふわりと漂った。
続いて、冷奴用の豆腐。
パックから透けて見える真っ白な四角が、今日の朝食のさっぱりとしたアクセントになるだろう。
その純粋な白さが、まるで真っ新なキャンバスのようで
どんな味付けをしようかと想像を掻き立てる。
冷凍庫の扉を引くと、キンと冷たい空気が一層強く吹き付け
鼻の奥がツンとする。
思わず身震いしながら、霜のついた引き出しの奥から、昨日両親から送られてきたばかりの焼き鮭を取り出した。
まだカチカチに凍っているけれど、その表面にはうっすらと焼き色がついていて
解凍後の香ばしさが目に浮かぶようだ。
早く熱々のご飯と一緒に食べたい、そんな衝動に駆られる。
野菜室を開ければ、色鮮やかなプチトマトと
房がぎゅっと詰まったブロッコリーが目に飛び込んでくる。
赤と緑の鮮やかなコントラストが、まだ薄暗いキッチンに彩りを添えていた。
まずは、炊飯器の保温ランプが点滅しているのを確認して、しゃもじを手に取る。
蓋を開けると、ふわりと湯気が立ち上り、炊き立てのご飯の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ふっくらと炊き上がったご飯を、湯気が立ち上る茶碗に小盛りによそう。
一粒一粒が輝くような白さで、それだけで食欲がそそられた。
そして冷凍の焼き鮭を耐熱皿に乗せ、電子レンジへと滑り込ませる。
ジジジ、という微かな解凍音が聞こえてくる。
まるで、眠っていた鮭がゆっくりと目覚めていくかのような音だ。
味噌汁は、鍋ごとコンロに乗せて、弱火でゆっくりと温め始める。
小松菜と油揚げの香りが、ふわりと立ち上り
昨晩の残りとは思えないほど新鮮な香りを放つ。
この香りが、一日の始まりを告げる合図のようにも感じた。
そして、卵。
つるりとした殻の感触が、これから始まる調理への期待を高める。
フライパンをコンロにかけ、中火でじっくりと温める。
ジュワッという音と共に、卵焼きの準備に取り掛かる。
ボウルに卵を割り入れ、箸で勢いよく溶きほぐす。
そこに、ほんの少しのだしを加えてさらに混ぜ合わせる。
だしの香りが、卵の優しい香りと混ざり合い
食欲を刺激する。
温まったフライパンに薄く油をひき、溶き卵を流し込む。
ジューッっという心地よい音と共に、卵がふつふつと泡立ち始める。
菜箸を器用に使い、くるくると巻きながら焼いていくが
少し火が強すぎたのか、端がほんの少し焦げてしまった。
茶色く変色した部分を見て、肩を落とすが
(まあ、味良ければ全てよしっていうし……!)
自分にそう言い聞かせ、完璧ではないけれど
これもまた手作りの味だと納得する。
冷奴は、最も手軽で、それでいて奥深い一品だ。
パックから取り出した豆腐を、そっと皿に乗せる。
そのひんやりとした感触が、朝の眠気を吹き飛ばしてくれる。
冷蔵庫から取り出した鰹節を、惜しみなくたっぷりと豆腐の上に散らす。
ふわふわとした鰹節が、風に揺れるように舞い落ちる。
最後に、冷蔵庫の奥に常備しているポン酢をゆっくりと回しかける。
ツンとくる柑橘系の香りが、食欲をさらに刺激する。
手軽なのに、さっぱりとしてて美味い。
忙しい朝に、これほど嬉しい一品はない。
最後に、彩り豊かな野菜たちに取り掛かる。
プチトマトをザルに入れ、流水で丁寧に洗い流す。
真っ赤な小さな実が、水滴を弾いてキラキラと輝く。
ブロッコリーは、食べやすい大きさに小房に分け、耐熱皿に入れる。
少量の水を加えて、電子レンジでチン。
ピーっという電子レンジの終了音が、調理の終わりを告げる。
緑と赤のコントラストが食卓を華やかに彩っている。
栄養バランスも考えて、丁寧に盛り付けていく。
全ての準備が整い、温かい朝食をテーブルに並べる。
湯気が立ち上るご飯と、小松菜の緑が鮮やかな味噌汁。
香ばしい匂いを放つ焼き鮭
そして、ちょっと焦げたけれど、それもまた愛おしい卵焼き。
真っ白な豆腐の上には、たっぷりの鰹節とポン酢。
そして、彩り豊かなプチトマトとブロッコリー。
完璧な献立だ。
椅子に腰を下ろし、まずは温かい味噌汁を一口。
だしの優しい風味が口いっぱいに広がり、じんわりと体が温まる。
この瞬間が、一日の始まりを最高のものにしてくれる。