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それからというもの、タガが外れたように城咲と幾度も肌を重ねた。
大抵、マンションの駐車場で待ち合わせてシティホテルへ行き、身体を重ねてからまたマンションに戻ってくる。
着痩せするたくましい体も、
若く滑らかな肌も、
シャワーのように美せられる情熱的な言葉も、
行為中の熱い吐息も、
漏れるかすれた声も、
城咲が与えてくれるすべてが快感で満たされていた。
「ああ……、晴子さん、愛してるよ……」
城咲が自分に溺れていくのが心地よかったし、
「はあッ……もう……イクッ……!」
自分も城咲に陶酔していくのが肌で分かった。
「ーー着いたよ」
ホテルを出た後の車の中ではいつも眠ってしまう。
晴子は優しく城咲に起こされ、瞼を開けた。
「……大丈夫?」
色疲れでダルいのをわかっていながら聞いてくる。悪い男だ。
「大丈夫だけど?」
晴子は眉毛を上げてみせてからフッと笑った。
城咲が暗い駐車場を軽く見回してから、背中に手を差し入れてくる。
交わされるキス。
ホテルの部屋に入った途端奪われた情熱的な唇ではない。
行為中、激しい抽送の中で塞がれた唇とも違う。
そうそれはまるで、
波の音が聞こえる教会で、
ステンドグラスから差し込む光を受けながら、
神父の前で愛を誓うような、
神聖で優しいキス。
「……大丈夫?」
唇を離し、城咲は晴子をもう一度のぞき込んだ。
「ええ」
晴子は大きく息を吸った。
「今日はもう帰るの?」
「いや、僕は少しブラブラ買い物をしてきますよ」
城咲は軽く前髪をかき上げながら言った。
「そう。運転気を付けてね」
城咲の毛穴の見えない滑らかな頬に軽くキスをしてから、ベンツを降りた。
彼が手を上げて、駐車場を走り去っていく。
「…………」
ふと思いついて、近くに停めてあった自分の車から、先日の特売日に買ったまま置きっぱなしだった醤油の瓶を持ち出した。
怠い身体に醤油の瓶はいつも以上に重く感じたが、休日の真昼間、めかしこんで出かけた自分が手ぶらで買ってくるのは、不自然な気がした。
「……ふふ」
それを抱えながら、乾いた笑いがこみ上げる。
女としてあんなに乱れたくせに、まだ母や妻としての体裁を保とうとする自分がいることに。
◇◇◇◇
駐車場からエントランスに入ろうとしたところで、降りてきたエレベーターの扉が開いた。
反射的に物陰に隠れる。
コツンコツンコツン。
軽やかな靴音を立ててエレベーターの箱から出てきたのは、紫音だった。
「………」
思わず目を見開く。
ワンピースを着て、髪の毛も綺麗に巻いて、慣れない化粧までしている。
(……デート?)
晴子はスキップでも始めそうな彼女の後姿を睨んだ。
若さは武器だ。
健彦に似てあんなにブスに生まれてしまったのに、若いというだけで男は寄ってくる。
たとえその身体だけが目的だとしても。
エレベーターに乗ってボタンを押す。
紫音は物心つくころから軽い潔癖症だった。
今日もエレベーターのボタンはハンカチごしに押したのだろうか。
それとも今から会う男のことを考えていて、それどころではなかったのだろうか。
光る文字盤を見上げる。
どうせ紫音に手を出すほどの男だ。
他の女では相手にされないような不細工に決まっている。
そう思えば悔しくなんかなかった。
自分には城咲がいる。
今は忙しいかもしれないが悠仁だっている。
紫音の相手よりずっと素敵な男たちが。
部屋についてドアノブを触った。
カギは開いている。
凌空がまだ家にいるのだろうか。
ドアを開けると、
「おかえり」
ホールには輝馬が立っていた。
「なんだ、来るなら来るって言ってくれればいいじゃない」
晴子はなぜか自分でも不自然だと思う薄ら笑いをしながら醤油の瓶を置くと、胸元の開いたブラウスの襟元を抑えながらミュールを脱いだ。
「そうしたら夕御飯、すき焼きとかにしたのに」
輝馬の向こう側には凌空が立っていて、じっとこちらを見つめている。
またあの目だ。
こちらの動揺を見透かすような……。
「?」
視線を感じて振り返ると、いつもはどこかよそよそしい輝馬がこちらを見下ろしていた。
(あ……)
晴子は怖気づいた。
どこかに城咲がつけた痕はないだろうか。
城咲の車のホワイトムスクの香りが、それどころか行為中の城咲の匂いが付いていないだろうか。
輝馬には――。
輝馬にだけは――。
バレたくない。
「輝馬、ごめん」
晴子は慌てて醤油瓶を持ち上げた。
「今日、特売日でお醤油の瓶をたくさん買ったの。キッチンの上の棚に入れるの、手伝ってくれる?」
「…………」
輝馬が表情を曇らせる。
「ね、あなた、背が高いから」
輝馬の向こう側にいる、高校に入って急に背が伸び、いまや輝馬より大きい凌空の視線を感じる。
「………」
輝馬がこちらを見下ろしてくる。
今日は城咲に会うので、胸の開いたブラウスを着ていた。
醤油瓶でうまく隠れているといいのだが。
「……もちろんいいよ」
輝馬は晴子の手から醤油の瓶を受け取った。
その視線が一瞬、晴子の胸元を見たような気がした。
◆◆◆◆
夕食を済ませると、凌空は友達のところに遊びに行くと部屋を出て行ってしまった。
晴子はエプロンをとると、ソファで寝転がってテレビを見ているうちに眠ってしまった輝馬を見つめた。
もうすぐ23時。
起こして風呂に入ってもらわなければ。
「…………」
その寝顔を見つめる。
少し上がり目の大きな目。
すっと通った鼻筋に引き締まった口元。
5人、女がいれば5人がカッコいいという顔。
現に同じ通学班の女の子たちは、みんな輝馬をカッコいいと言っていた。
20人、女がいれば、7人は好きになる男。
現に小学校から高校まで、バレンタインデーに貰ってくるチョコは7個が最少だった。
出来ることなら、
彼の通学班のメンバーとして隣を歩いてみたかった。
出来ることなら、
輝馬のことを想いながら作ったチョコレートを、下駄箱で渡してみたかった。
晴子は、自分が生んだはずなのに、世界で一番遠い男を見つめた。
「…………」
ソファの前に座り、輝馬の顔の近くに肘を置き、頬杖をついた。
本当に若い頃の悠仁にそっくりだ。
どこがというのではない。全体的に。
当然だ。
だってこの子の父親は、
市川健彦ではなく、刈谷悠仁なのだから。
出会った頃の悠仁と同じ年まで成長した輝馬を見つめる。
数時間前に自分を抱いた男と一つしか違わない輝馬を。
「…………」
晴子は自分の胸に手を伸ばした。
ブラジャーの上からそれを揉みしだく。
すると、グミのように尖った突起が、キャミソールの中でブラからはみ出してきた。
「……はあッ」
コリコリと当たるその突起を摘まむと、低い息が漏れた。
そこはたちまち硬度を上げ、痛みにも似た快感は、最短距離で自分の体の中心まで突き抜けた。
「……アッ……!」
若い城咲は、熟れた晴子の身体を満足させるどころか、かえって奥底に眠っていた欲望を引きずり出してしまったようだ。
彼の愛撫で腫れた突起を、両手の人差し指と親指で摘まみ、グリグリと虐めていく。
「ンンッ……!」
――今まで寸でのところでこらえていた何かが漏れ出してくるのを感じる。
輝馬の顔を見ながら、こんな……
「……んあ……アンッ……!」
こんなことをするなんて……!
晴子は輝馬の顔先20㎝のところで、胸の突起だけで達した。
「はあ……はあっ……」
輝馬の寝顔を見ながら、大きな虚無感が襲ってくる。
悠仁を自分のものにしたかった。
だから手に入れたはずの息子は、
悠仁以上に手に入らない男になってしまった。
その頬を手で撫でる。
切り替えなきゃ。
私はこの子の母親なのだから。
晴子は浅くため息をついた後、口を開いた。
「輝馬。輝馬ったら」
小さく声をかけたつもりなのに、輝馬はすぐに瞼を開いた。
一瞬状況がわからなかったようでキョロキョロとあたりを見回し、ほっとしたようにソファにまた頭を沈めた。
目だけでサイドボードの上にある壁時計を見上げている。
「ーー凌空は?」
「友達のとこ。最近夜遊びがひどくて」
さして悩んでもいないのだが、晴子は母親らしくため息をついて見せた。
「輝馬の時はそんなことなかったから悩んでいるの。ほら、あの子ってあなたと違って難しいから」
「…………」
弟や妹には甘い輝馬が、珍しく眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしている。まだ眠いのかもしれない。
「お風呂、沸いたわよ。独り暮らしじゃどうせシャワーだけなんでしょ。つかれてるんだからゆっくり熱い湯に浸かりなさい」
なんとか母親らしいことが言えた。
「あ……ああ」
寝起きの掠れた声を出しながら、輝馬がこちらを見上げる。
何だろう。
何かを迷っているような。
いつも強気な彼にしては、なんだか不安げで、まるで子犬のような眼差しを向けてくる。
悩みごとだろうか。
それとも相談でもあるのだろうか。
しかし彼の口から出たのは、
「……母さん、先に入ってよかったのに」
母を気遣う長男の言葉だった。
「あなたに一番風呂を譲りたいのよ」
そう言ってから自分の言葉に愕然とする。
夫はいない。
長女も次男もいない土曜日の23時。
一番風呂に入るのは、もう独立した長男。
なんて変な家族なんだ。
「それとも……」
自分の思想に笑いをこらえながら言う。
「一緒に入る?昔みたいに」
そんなつまらない冗談を吐きながら立ち上がった。
輝馬の下着の準備をしなければ。
パジャマもこの間買った新しいのがあるはずだ。
一度洗って、どこにしまっただろうか。
寝室に行こうとしたところで、
「いいよ」
背後から思いもよらぬ返事が返ってきた。
「ちょっと相談したいこともあるし」
「………」
振り返った。
晴子よりずっと背の高い輝馬が、こちらを見下ろしていた。