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──その日、最初に口を開いたのは、女子だった。
「なんか……あいつら、最近一緒にいること多くない?」
“あいつら”という主語の輪郭が曖昧なまま、言葉だけが空気に溶ける。
「……もしかして、“そういう関係”だったりして」
「いや、それならそれでいいけど……でも、なんかね。見てて不快っていうか」
「同情って、罪悪感の自己処理でしかないじゃん。きれいごとで人の傷に触るの、いちばん残酷」
そこに、誰かの笑い声が混じった。
誰も名前を出してはいない。
けれど、教室の空気は確かに「ふたり」を刺していた。
──昼休み。
遥の机の上には、食べかけのパンがひとつ置かれていた。
開封済み。口がついている。
その横に、マジックで殴り書きされた文字。
「いらないなら捨てろ。犬に食わせてもいいけど」
遥は、何も言わずにそのパンをゴミ袋に押し込んだ。
でも、袋の口を縛ろうとしたとき──
「なに勝手に捨ててんの? せっかく“あげた”のに」
背後から、男子が笑っていた。
しかも、日下部が見ている前で。
「ほんとに嫌なら食べないし、でも“ありがたい”とも言わないし。どっちなんだよ、こいつ」
「感謝くらいすれば?」
「それとも、“日下部専用”だから? ああ、ごめん、邪魔しちゃった」
冗談のように聞こえる声色。
でも、そのひとつひとつが、遥の心の内側で小さく爆ぜていく。
──午後の授業。
日下部の席の下には、誰かがこっそり滑り込ませたプリントがあった。
折りたたまれたルーズリーフ。
広げると、中央にひとつの言葉だけ。
「共犯者」
日下部は唇をかすかに噛んだ。
教師の声は遠い。
ノートを開いたはずなのに、ページが歪んで見える。
(……全部、俺のせいなのか?)
遥を見たかった。守りたかった。
けれど、それは傍から見れば──「介入」だったのかもしれない。
その数列の中に、自分の影があるような気がして。
──放課後。
掃除道具入れの前で、遥は押し込まれるように立っていた。
教室にはもう、何人かしか残っていない。
「ちょっと協力してくれる?」
そう言ったのは女子。
蓮司とつるんでいるグループのひとりだった。
「これ、落としたんだけど……拾ってくれる?」
足元。床に落ちたリップ。
だが、その位置が問題だった。
──女子のスカートの真下。
屈めば、覗き込むような構図になる。
しかも、日下部が見ている。
遥は何も言わず、膝を折った。
「……見てないから、大丈夫だよ」
女子はそう囁いて、リップを拾い上げる遥の頭に手を置いた。
「“そういうの”、得意でしょ?」
指が髪を撫でる。
その冷たい爪が、頭皮に触れた瞬間──遥は、咳を噛み殺すようにして立ち上がった。
何も言えない。何も、できない。
そして、その視線の先で、日下部は唇を噛んでいた。
(俺が……止められなかった)
(俺が、“また”加害者になってる)
──放課後、校舎の外階段。
遥と日下部は、言葉を交わさず並んで座っていた。
遥はうつむいたまま、ひとこと呟く。
「……もう、慣れてるから」
それが本心ではないことを、日下部は知っていた。
けれど、それ以上の言葉が出なかった。
言葉を選んでいるうちに、遥の表情が硬く閉じていくのがわかる。
沈黙は、やがて距離になる。
そして──その沈黙を、誰より楽しそうに見ていたのは、蓮司だった。