今朝はいつもにぎやかな教室が、いつにもましてにぎやかだ。
時間はまだ朝のホームルーム前、予鈴が鳴り終わったばかり。
田舎の中の都会程度の街にあるこの中学校の2年A組の教室には見知ったクラスメイトがみんな席に着いてはいるものの、ざわついた雰囲気はやみそうにない。
その原因は、教室の隅っこにある空席である。
噂だけはどこからともなく広がり、昨日の放課後に担任がその机といすを運び込んだことで確定情報となり、今朝に広まった。
──転校生がくる。
窓際のいちばん後ろの席。
それが転校生を迎えるのに適した場所かと言われれば疑問ではある。もし大人しい引っ込み思案な子どもならそのまま存在感ごと消えるかもしれないし、主張のはげしい子ならやかましくて困るかもしれない。
そして、この空席が隣になってしまった彼は他の子たちと違ってむじゃきに楽しみだなんて言えない。
(ヤンキーとかだったらどうしよう……)
教室の隅っこに近い席でいつも気配をころして過ごしているアツシはそんな不安に押しつぶされそうになっている。
「なー、アツシは転校生どんなやつだと思う?」
「え……え……と、普通のひとだと……いいな、とか」
「なんだそりゃー」
普段はアツシのようなノリの悪い奴には話しかけてもこないクラスメイトも、隣になる奴の心境を聞きたかったらしい。
(こわ、こわかったあ……)
アツシは何気ないそんな会話だけで心臓が張り裂けそうになる。
(よく考えたらクラスの半分以上は陽キャなんだよなあ……)
アツシ基準では運動部に所属してたら陽キャで、さらには文化部でも吹奏楽部や演劇部も陽キャである。
(はあ……オタクならいいのに)
普通の人である以上にそうであって欲しい。アツシの本音はそれで、けれどもそんなこと口に出来るわけもなく黙りこくった。
「みなさん、席についてくださいねぇ」
ガラガラと扉を開けて入ってきたのはアツシたちの担任であるおばあちゃん先生。
朝も担当教科のときも、教室に入るときはいつもそう言って入ってくる。
そのおばあちゃん先生がひとりである。教室は一瞬静かになってからざわつき、誰かが「あとから呼ぶんだろ」と言ってみんな納得した。
「ふう……じゃあ今日は転校生が来てますので紹介しますね」
生徒たちがすでに知っていることを分かった上での展開。
おばあちゃん先生は再び扉を開けて、ひとりの女子生徒を呼び寄せる。
「自己紹介お願いね」
教卓に戻ったおばあちゃん先生がそう言って女子生徒に挨拶させる。
「××中学から来ました……与那国、トモコ……です」
あらかじめ打ち合わせていたらしく、女子生徒──与那国トモコは黒板に名前を書いてからかんたんすぎる自己紹介をした。
その声は最後のほうになるにつれて、小さくなり、教室のうしろのアツシには聞こえなかったほどだが、アツシは心の中でガッツポーズをした。
(よし、陰キャだ!)
黒板に書かれた名前さえもがななめになってトモコの字などはまともに書けてない。
注目されて緊張し、声も出ないし文字もゆがむ。女子であればわざわざ関わることもないだろう。アツシにとってこれほどに理想的なことはない。
けれどもそう上手くはいかなかった。