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オレは男達に連れられ、裏市の裏手にある寂れた奴隷家屋へ放り込まれた。
あのクズ、オレを殴りやがって。
生意気だと? このオレが? 絶対に許さん。
オレが一人で憤っていると、ふと人目が気になった。
20人ほどの奴隷たちがオレを見ていた。
種族は主にヒュームばかりで、家族連れが多い。
質の悪い麻の服か、おそらくは行軍中の兵が適当な村を襲って奴隷にし、奴隷商人の手に流れてきたのだろう。
奴隷小屋の中はロクに掃除も行き届いておらず、吹き込んだ隙間風が砂を運ぶせいで、埃まみれだ。
家具すらなく、ただ板の間に横になるだけの空間にプライバシーはないし、当然のように毛布もない。今は夏だからいいが、冬場はどうするつもりなんだ? 寒さで奴隷が死んだらどうするんだ。
だんだん腹が立ってきた。
それもこれも、需要と供給を無視して大量に奴隷を売るからだ。
奴隷の価値が暴落すれば、誰もが奴隷を雑に扱うようになり、さらに奴隷の価値が下がる。
雑に扱われた奴隷の消耗率は高まり、すぐに死ぬ。
そしてまた新しい奴隷を安く売ることになる。
こうなるともう、高値で奴隷を売ってもなかなか売れないだろう。
アホなのか?
自分たちが売る商品の価値を下げてどうする。
目先の金に釣られて市場を破壊する馬鹿商人どもめ!
そんなことをすれば、自分たちの実入りが減ることすら想像できないのか。
商会だ。
奴隷商会を作るべきだ。
この世界のアホどもに秩序を教え込んでやる!!
怒りに震える6歳児に、ダルゴが駆け寄る。
心配しているのだろう。
このクソみたいな環境で人の心配をするやつがあるか!
もっと自分の為に人生を使え!!
喉まで出かかった言葉をどうにか飲み込んで、思考を整理する。
落ち着け、幼稚さに飲まれるな。
「ダルゴ……。顔を」
オレの不安を取り除こうと思ったのか、ダルゴがしゃがみ込み、顔を見せる。
額に奴隷刻印を持つダルゴの顔を両手で優しく包み込むと、呪文を唱えた。
「【第三奴隷魔法……起動】」
オレの言葉に呼応して、奴隷刻印が鈍く光る。
「な、何を」
ダルゴと周囲の奴隷達がどよめくが、どうでもいい。
「【対象、ダルゴ】」
「【接触断定……成功。契約文、破棄要求。物として、上書きを開始する】」
当然のことだが、奴隷は売買されるものだ。
それ故に、奴隷契約は変更可能で第三魔法を使えば、奴隷を奪うこともできる。
「【聖痕よ来たれ《スティグマ》!】」
茨の奴隷刻印が更に広がり、右頬を縦断する。
本来なら無駄になった魔力が強い光を発するのだが、奴隷魔法の適性が高いオレならば、微かに燐光が輝く程度で済む。
幻想的な光景に奴隷たちが息を飲んでいた。
「ダルゴ、これであんたはオレの奴隷だ」
「よかったな、もう理不尽な命令を聞かずに済むぞ」
証拠を見せるようにオレが第二奴隷魔法【動け。《アクシル》】を唱えると、ダルゴが跪いた。
奴隷たちは奇跡でも見るような目でオレを見ている。
奴隷契約を変更できる。
無理矢理奴隷にされた者達からすれば垂涎だろう。
「お前ら。オレにつけ。温かい衣服と部屋、腹を満たす食料を約束する」
「主にダルゴが」
オレに向いた羨望の眼差しが、ダルゴへと向けられる。
ダルゴは「えっ、俺?」と驚いた様子だ。
当然だ、何も教えていないからな。
「ダルゴと共に自由を得たいと思うなら、オレに奴隷契約を変更させろ」
「お前ら、このままだと酷い目にあうぞ」
奴隷小屋の奴隷たちは家族連ればかりだ。
皆、今にも千切れそうな。糸キレのごとき絆に縋り付いている。
その境遇を利用するのだ。
オレは跪いたダルゴを抱きしめて、こんな言葉を言う。
「ダルゴ、今度はオレが助ける番だ」
ただそれだけの事で、奴隷達は誤解した。
この状況なら、身を挺してダルゴを助けに来た少年のように見えるだろう。
突然古い知人が現れて、奴隷となった自分たちを助けてくれる。
そんな幻想を思い描かぬわけがない。
「……どうせ捕まるのがオチだ」
勝手に盛り上がる奴隷達の中にも冷静な者はいる。
だが、もう遅い。
「バカ。反乱に加担しなかったと、どう証明する。まとめて処刑されるに決まってるだろ。もう、やるしかねえんだよ」
当時の帝都では奴隷が反逆した場合、それを止めなかった奴隷も同罪として処刑されていた。
これは反逆の抑止に繋がる反面、集団での反乱が発生した時には逆効果となる。
どうせ死ぬなら暴れた方がマシ、という訳だ。
そうした奴隷達の感情を汲み取りつつ。
静かに告げる。
「覚悟できた者からオレの前に来い。新しい人生の幕を開けてやる」
ぽつりぽつりと、オレの前に奴隷が並ぶ。
一人一人契約を変更していけば、夜明け前には全員オレの奴隷になる。
ククク、これだ。
勘が戻ってきたぞ。
そうだ、オレは魔法ではなく奴隷を扱うべきだったのだ。
おそらく、オレの真価はそこにある。
奴隷どもは何も知らずに契約しているが、実は第三魔法が使えるからといって、無条件に契約を変更できるわけではない。
刻印そのものを削り取るか、膨大な魔力で強引に契約を変更するか、時間をかけて奴隷刻印の残存魔力を食い尽くし、機能停止に陥らせる必要がある。
だが、オレは例外だ。
この茨の奴隷刻印はオレが広めた契約のコピーに過ぎない。
そして、オレが広めた奴隷刻印には契約上の穴があるのだ。
奴隷刻印は生命か物かで契約基盤が異なる。
その為、生命として契約された奴隷を物として再契約すると、自動的に元の契約が破棄される。
逆に一度、物として契約された奴隷は生命として契約できない。
今回オレが契約の穴を突いたことはいずれ世に広まり、対策されるだろう。
対策は簡単だ。
最初から奴隷を物として契約すればいい。
そうなれば世の奴隷達は物として扱われ、人生に深い影を落とすきっかけになるだろうが、どうでもいい。
オレが生き残ることが先決だ。
そんなことを考えながら、オレは奴隷契約を変更する。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
人ではなく、物とされた奴隷が感謝を述べていた。
まったく、何も知らないというのは恐ろしいな。
ほの暗い奴隷部屋の中で、オレの前髪で隠れた目が静かに笑っていた。