テラーノベル
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夜風が抜ける。人影の消えた路地に、遥はひとり立ち尽くしていた。
足が震えているのに、動けなかった。
日下部の背中が角を曲がって消えていった光景が、まだ目に焼きついている。
息が浅い。胸の奥がひゅっと締まる。
思考が回らない。
ただ一つ、はっきりとした感覚だけが残っていた。
「見放された」――その事実が骨の髄まで沁み込んでいく。
遥は笑みとも嗚咽ともつかない声を喉の奥から絞り出した。
「……結局、誰も最後まではいない」
言葉にしてしまえば、少しは楽になると思った。
けれど逆に、胃の底から込み上げてくる吐き気に耐えきれなくなる。
ふらつく足で大通りへ出る。ネオンが眩しい。
人々の笑い声や音楽が、遥の存在をかき消していく。
その無関心さが心地よくて、同時に惨めだった。
知らない顔の群れに近づき、ぶつかる。
「悪ぃ」
わざと肩を強く当ててみる。
振り返った男が眉を吊り上げる。
「なんだテメェ」
殴られるかと思った。期待した。
だが男は舌打ちをして仲間に呼ばれ、振り返らずに行ってしまう。
遥はその場に取り残され、唇を噛んだ。
「……そうだよな。価値なんかねぇ」
殴られることすら許されない。
痛みをもらうことでしか、自分を確かめられないのに。
電柱の影に腰を下ろす。
膝を抱え、額を押し付ける。
自分の体温が、無駄に生々しい。
日下部の手の温もりと同じ高さにあったはずの記憶を、無理やり頭から引き剥がそうとした。
――触れられなきゃよかった。
――名前なんか呼ばれなきゃよかった。
そんな言葉ばかりが、内側で反響する。
目を閉じれば、過去の影が甦る。
晃司の嘲笑、颯馬の冷たい眼差し、押し潰すような声。
「おまえは要らない」
「代わりはいくらでもいる」
その言葉が何度も刻まれ、消えずに残っている。
遥は小さく呟いた。
「……俺を選ぶなんて、嘘だ」
声は夜に吸い込まれた。
その瞬間、ようやく足が動いた。
帰る場所などなかったが、動いていないと崩れてしまいそうだった。
路地を抜けると、背後から若い連中の笑い声が追いかけてくる。
遥は立ち止まらなかった。
その笑いに混ざることもなく、ただ一人、街の奥へと沈んでいった。
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