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──また、日下部が殴られていた。
誰も止めなかった。自分も、止めなかった。
目の前で、背中を蹴られて、尻もちをついて、顔をしかめたあいつの表情。
それを、俺は、ただ、見ていた。
(……また、俺だ)
全部、自分のせいだっていう感覚が、もう身体に染みついてる。
どこまでが現実で、どこまでが思い込みかなんて、とうにわからない。
ただ、「俺が関わったせいで、誰かが壊れていく」という感覚だけが、ずっとそこにある。
それは呪いのようで、でも、救いでもあった。
──そう思ってれば、誰も許さなくてすむ。
──自分が罰を受けてれば、誰も責めなくてすむ。
(あのとき、離れなければよかったのか)
(それとも、最初から、近づかなければよかったのか)
考えても、もう何も変わらない。
でも、頭の中はずっと、あの目に焼かれている。
日下部の目。
泣く寸前でもなく、怒るでもなく、ただ、何かを押し込んだような、
──“裏切られた”とも、“諦めた”ともつかない、曖昧な光。
俺があいつに向けてきたのと、きっと同じだった。
だから、余計に、見てられなかった。
「……ああ、またやった」
唇の裏側を噛みながら、そう呟いた。
喉の奥がきつく詰まり、息が苦しい。
俺は──俺は、いつだって加害者だ。
自分が傷つくことには、もう慣れていた。
殴られるのも、笑われるのも、服をはがされるのも、
全部、耐え方だけは覚えていた。
でも。
誰かが、自分のせいで傷つくのは、
……それは、どうやっても、慣れない。
(やめてくれよ)
心の中で叫ぶ声は、誰にも届かない。
きっと俺が喋ったって、誰も信じない。
それくらい、俺の言葉は“嘘”になってる。
蓮司が笑う。
「おまえが信じさせなかっただけだろ」って、
そんな顔して、俺の弱さごと見透かしてる。
──そして、俺はまた壊してしまう。
日下部が俺を見ていた。
俺は目を逸らした。
それが、何よりの答えだった。
(ごめん)
何に対しての「ごめん」かなんて、もうわからない。
あのときもそうだった。
誰かを裏切って、誰かを守って、
それが、何かを変えた気がして、
でも結局、どこにも救いなんてなかった。
(俺は、救われてはいけない)
(俺が生きてるせいで、誰かが壊れる)
(だからせめて──)
(ちゃんと、最後まで、俺が壊れればいい)
そんなふうに考える自分が、
いちばん汚れていて、
いちばん弱いと、知っている。
でも、やめられなかった。
やめる理由が、もうどこにもなかった。