テラーノベル
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チャイムが鳴る少し前。教室の空気は、あいかわらずぬるく、退屈だった。
机に突っ伏したやつ、スマホいじってるやつ、
──そして、なんでもない顔で座ってる“日下部”と“遥”。
(……ふうん。まだ一緒にいるんだ)
目線を投げるだけで、教室の数人がそちらを見る。
でも、誰も何も言わない。
“口火”が誰から切られるのかを、皆が待っている。
その沈黙が、ちょっと笑えた。
蓮司はゆるく伸びをしてから、
何気ないふうを装い、近くの女子グループに歩み寄った。
机の端に腰かけるようにして、ぼそっとつぶやく。
「ねえ、なんか、あの二人……どっちが壊れてると思う?」
女子たちの眉が一瞬、動く。
冗談なのか、皮肉なのか、本気なのか。判断に迷う空気。
「なにそれ、こわ。……ってか、どっちも?」
「そうそう。どっちも、だよなあ」
にや、と笑って、蓮司は首をかしげる。
そして、少し声を落とす。
「でも、巻き込まれるのって、だいたい“かばったほう”じゃん?」
女子たちは曖昧に笑い、目をそらす。
でも、ちゃんと伝わってる。
蓮司は、それを知っていた。
「俺、ちょっと前に言ったんだよ。遥に。“やめとけ”って」
「……何を?」
「日下部のこと、あんまり巻き込むなって。さすがにあいつ潰れんじゃね?って」
それは、まるで“心配してたふり”の口ぶり。
その奥にある悪意は、湿った毒のように、ゆっくりと空気を侵食する。
「でも、聞かなかった。まあ、そっち選んだのは、本人だからさ」
「……遥が?」
「うん。俺は止めたんだけどね」
そう言って、机の上のプリントを軽く撫でるようにして、立ち上がる。
言葉の余韻だけが、そこに残された。
女子たちは何も言わなかった。
けれど──数分後には、それが「遥が巻き込んでる」という形に変わって、
別の誰かの口から、もっと汚れたかたちで広がっていった。
「ぶっちゃけ、あの二人って……どっちかがいなきゃ壊れないのに、くっついてるから余計ヤバいよね」
「てか、日下部ってさ、ほんとは優しいんでしょ?なのに、なんか巻き込まれてる感ない?」
「で、遥はそれに甘えてんじゃん。……気持ち悪くね?」
そういう声が、無意識に漏れていく。
「主語のない悪意」──蓮司が一番得意とする、静かな炎上の構造。
遠くから見ていた遥の背中に、ゆっくりとそれが染みていく。
日下部もまた、何かに気づきかける。
──その視線すらも、蓮司には“作品の一部”だった。
「ねえ、どうする? 次、またなんか仕掛ける?」
「別に殴らなくても、さ……見せるだけで、いいんじゃね?」
蓮司は笑う。
何も言わずに、ただ、
無邪気な顔で、ひとつだけ言葉をこぼした。
「見ててよ。──今度は、遥から壊れるから」
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