テラーノベル
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カルドはロビンと二千の騎兵を率い、カワゴル砦を目指して南下していた。
一行がフーシェの地へ入ったところで、コピットが戻ってきた。
カルドは突然、全軍を止め主だった者を集めた。
「重い鎧は脱げ」
兵たちが顔を上げる。
「盾も置いていけ。荷物もだ。重いものは全部、ここに捨てる」
「陛下?」
「これから我らは三隊に分かれる」
カルドは馬上から二千の兵を見渡した。
「夜通し駆ける」
ざわめきが広がった。
だが、カルドは構わず続けた。
「まず作戦だが――」
兵たちは一斉に耳を傾ける。
「モンゴリア兵を見つけたら」
カルドは腰の剣を抜いた。
「斬れ」
一瞬、間を置く。
「斬って、斬って、斬りまくれ」
誰も口を挟まない。
「剣が折れたら?」
ロビンが尋ねた。
「現地調達だ」
「……現地調達?」
「モンゴリア兵が持ってるだろ」
カルドは剣を鞘へ戻した。
「以上」
二千の兵が沈黙した。
コピットはしばらくカルドの横顔を見ていたが、やがて小さく笑った。
カルドの作戦は――。
相変わらず、デタラメだった。
カワゴル砦を包囲するモンゴリア軍は、どこか明るい空気に包まれていた。
いつから流れ始めたのか。
エスカリオ商王国が、まもなく降伏するらしい――。
そんな噂が、陣中を駆け巡っていた。
誰が言い出したのかは分からない。
だが、一度広まった噂は、いつしか誰もが信じる事実へと変わっていった。
すでに幹部たちの関心は、戦そのものから離れつつあった。
エスカリオが降れば、どれほどの朝貢を差し出すのか。
金か。
銀か。
馬か。
あるいは港の使用権か。
夜になれば酒が振る舞われ、
諸将はまだ手にもしていない富の分配について笑いながら語り合った。
「敵軍の攻撃に警戒せよ」
本来ならば、何度も繰り返されるはずの命令だった。
だが今、その言葉はすっかり形骸化していた。
見張りはいる。
斥候も出している。
だが、誰も本気で敵が来るとは思っていない。
彼らにとって、大カーンから下された帰還命令さえ、もはや処罰ではなかった。
征西最大の功労者として故国へ凱旋するための命令。
いつしか、そう置き換えられていた。
エスカリオ軍を壊滅させた。
王子の首を取った。
そして王自ら膝をついての降伏。
当然帰れば歓呼で迎えられる。
褒賞もある。
地位も上がる。
誰もが、その先のことばかりを考えていた。
その喜びが――。
目の前にある危険を、すべて覆い隠していた。
異変は、北に布陣していたカダンの陣から始まった。
二千の兵を三隊に分けたカルド軍の騎馬隊は、そのまま陣の奥深くへ突き刺さった。
真夜中の戦闘だった。
「敵襲!」
叫び声が上がる。
だが、遅かった。
慌てて陣幕から飛び出した兵が、その場で斬り伏せられる。
何が起きたのかも分からぬまま、剣を探しているうちに討たれる者。
酒に酔い、上半身裸のまま外へ飛び出して、そのまま馬蹄に踏み倒される者。
「火だ!」
どこかで叫び声が上がった。
逃げ惑う兵が篝火を蹴り倒した。
火のついた薪が天幕へ転がる。
乾いた布に火が移り、炎はたちまち隣の陣幕へ燃え広がった。
そこへ、カルドの兵たちがさらに火を放つ。
天幕。
荷車。
兵糧。
柵。
目につくものすべてに火をつけて回った。
さらに繋がれていた馬を次々と放つ。
突然自由になった軍馬が、炎と怒号に怯え、陣内を狂ったように駆け回った。
兵を跳ね飛ばし、
天幕を引き倒し、
逃げ道を塞ぐ。
もはや誰が敵で、誰が味方なのかも分からなかった。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。
その一言で、恐慌は一気に広がった。
兵たちは武器を捨て、我先にと東へ走り始める。
東には、バイダルの本陣がある。
あそこまで逃げれば助かる。
誰もが、そう思った。
そして数百。
やがて千を超える敗兵が、
悲鳴を上げながらバイダルの陣へとなだれ込んでいった。
「始まったな」
北の空が、赤く染まり始めていた。
カダンの陣から上がった炎だった。
ククルースはそれを確認すると、予定通り西へ向かった。
目指すは、オルダの陣。
オルダはジュチ家の長男だった。
今回の帰還命令では、バイダルらを監視する役目も帯びている。
そのため、もともとバイダルの功名心に付き合って、この地へ残ることに積極的だったわけではない。
兵たちにも、その空気は伝わっていた。
士気は高くなかった。
そこへ――。
「敵襲!」
真夜中、突然騎馬隊が突っ込んできた。
北のカダン陣が燃えている。
東では何が起きているのか分からない。
そんな状況で、正面からククルースの騎馬隊が襲いかかった。
オルダ軍は、ほとんど抵抗らしい抵抗もできなかった。
一撃だった。
陣形を整える間もなく崩れ、兵たちは次々と逃げ始める。
「追うな!」
逃げる敵を追いかけようとした兵たちを、ククルースが止めた。
「深追いするな!」
そして、燃え上がる北東の空を見た。
「たぶん陛下は、もうバイダルの陣へ向かってる」
剣についた血を払い落とす。
「俺たちも急ぐぞ」
馬首を東へ向けた。
「今夜の獲物は――」
ククルースは笑った。
「こいつらじゃねえ」
アドラル皇国
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寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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コメント
1件
第35話、読ませていただきました!「重いものは全部、ここに捨てる」「斬って、斬って、斬りまくれ」というカルドのシンプルすぎる命令に笑ってしまいました(笑)。でも、そのデタラメさがモンゴリア軍の油断と驕りに完璧にはまっていく展開が気持ち良くて。夜戦の混乱した情景も目に浮かぶようで、鳥肌が立ちました。ククルースが「深追いするな」と抑えるところも、経験者の冷静さが出ていて好きです。