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買ってきた食材で、いつもよりちゃんと料理をした。
といっても、るかが手伝ったわけじゃない。
キッチンの端でスマホをいじりながら、
こっちの様子をちらちら見てるだけ。
でもそれでも、なんとなく“ふたりで作った気分”になれるのが不思議だった。
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出来上がったのは、鶏の照り焼き、
キャベツの千切り、味噌汁、そして……スライスした冷やしトマト。
テーブルに並べて、るかの前にもちゃんと置いたけど、
その赤い一皿にだけ、彼女の目が止まった。
一言も文句は言わなかった。
黙って箸を持って、照り焼きに手を伸ばす。
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その後も、味噌汁、キャベツ、順番に食べていって、
トマトの皿だけ、綺麗にスルーされる。
「……食べないの?」
俺がそう聞くと、箸を止めて、少しだけ眉が寄る。
「……だから、嫌いって言ったでしょ」
冷たい声でもなく、怒ってるわけでもない。
ただ、ちょっと面倒くさそうに。
「いや、まあ。なんか、せっかく切ったし」
「なら、自分で食べれば?」
ピシャッと切られた感じがして、俺は「あ、うん」と小さく返す。
そのあと、彼女が何も言わずにまた食べ始めたことで、
会話は打ち切られたと理解する。
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けれどそのあと。
ふと見ると、るかがスプーンでトマトを端っこに寄せていた。
皿の端っこに、丁寧に並べて、一切れも触れていない状態に。
あまりに綺麗に“避けられている”それが妙におかしくて、
俺は少し笑ってしまった。
「なに笑ってんの」
「いや、なんか……几帳面だなって」
「べつに」
るかは不機嫌そうに目をそらして、
残りの照り焼きをもくもくと口に運んだ。
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無言で避けられるトマト。
けどそれを“避けた”という事実は、ちゃんと俺の記憶に残った。
こうやって、知らなくていいことと、
本当はちゃんと知っておきたいことが、毎日の食卓に並んでいく。