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格納庫の奥には、明らかに他と違う場所があった。
石床の中央に刻まれた巨大な円形紋様。
幾何学模様が幾重にも重なり、細い線が複雑に絡み合っている。まるで、巨大な魔法陣のようだった。
そしてその線は、青く光っている。よく見るとその光量は微かに変化を繰り返している。
まるで呼吸でもしているかのような変化だ。
ヘロンが近づくにつれて、その光量は増していく。
「なんだ、これ」
ユウマは思わず呟いた。
ヘロンの視界から見下ろす格納庫は、先ほどまでとは違って見えた。
広い。想像以上に広い。
長い歴史を刻んできた場所であることは一目でわかるが、古さの中に新しい技術が混在しているようにも見える。
ゆっくりと視界を巡らせた。
巨大な格納庫の両壁にはヘロンと同じか似たタイプ、そしてまったく異彩を放つタイプの何体もの魔導鎧が並んでいる。
だが、皆が静かに立ち尽くしていた。
装甲はくすみ、腕が外れ、胸部の心核が沈黙している機体がほとんどだ。
まるで長い眠りについている巨人たちの墓場のようだった。
「・・・他にもいるのか」
ユウマはその迫力に圧されていた。
「昔はね」
フィズは肩をすくめた。
「昔?」
「古代文明の遺産。いま動くのはヘロンくらい」
ベルナールが下から声を張り上げた。
「王国に現存するものの中で、稼働する魔導鎧は数体のみだ。ただ、同調できる者がいない」
ロイクが肩のユウマを揺らした。
「新人、貴重な機体に乗ってるらしいぞ」
「新人じゃない!」
「じゃあ”クマ毛布”」
「それで呼ぶな!」
「貴重な機体に貴重な人材がきたということだ」
ベルナールが一人ウンウンと頷いた。
格納庫の奥では整備兵たちが作業を止めてヘロンを見上げている。
整備兵とは言いながらも、起動を始めたヘロンの扱いに戸惑っているようだ。
「どうなるんだ・・・」
ユウマは不安に包まれていた。
このままあの紋様に接していいのか?
それでどうなる?
予測がつかないが、やってみるしかない。
白い巨体が紋様に近づいていく。
一歩。
また一歩。
「いくぞ」
ユウマはそっとその魔法陣のような紋様に足を伸ばした。
そして、ヘロンの足が紋様の外縁に入った瞬間、床の光が一段階強くなった。
紋様の青い線が光を放ちながら床を走る。
まるで回路が起動を始めたように。
「うわ」
ユウマは思わず声をあげた。
光は紋様の外側から中心へ流れ込む。
ヘロンの足元を囲み、装甲の継ぎ目にまで青い輝きが走っていく。
心核が共鳴するように光った。まともに見ると目が眩んでしまうほどの光量。
ベルナールが言う。
「反応が増している」
「これ、やばいやつじゃないのか!」
ユウマが言う。
「おれに聞くな」
ロイクが答える。
フィズは楽しそうだった。
「大丈夫だって」
「その言い方が信用できない!」
ヘロンはさらに前へ進む。
紋様の中心へ。
そして、青い光が一気に強くなった。
床の紋様のすべての線が完全に輝く。
次にヘロンの装甲の継ぎ目のようなラインにも青い光が走る。
ヘロン全体が青い光に包まれた。
そして・・・。
ユウマの視界がぐらりと揺れた。
「・・・え?」
遠ざかる。
格納庫が遠ざかる。
視界が暗くなる。
落ちる感覚。
「ちょっと待て、これ・・・」
完全に暗転した。
「・・・っ!」
ユウマは勢いよく上半身を起こした。
長椅子の上だった。
格納庫の天井が見える。
鉄梁、吊り鎖、ランプの灯り。
埃と油の匂い。
そして、視界を遮るように現れたロイクの顔。
「お」
ロイクが言った。
「起きた」
ユウマは瞬きをした。
自分の手を見る。
ちゃんとある。
指も動く。
呼吸もしている。
胸が上下している。
「・・・戻った?」
ベルナールが頷いた。
「理論上、同調が解除された」
ユウマはゆっくり起き上がった。いや、起き上がろうとした。
「いてててて・・・!」
全身に激痛が走り、ユウマはまた長椅子に倒れこんでしまった。
「そりゃそうだよー」
かけらも心配していない様子のフィズが、半ば呆れ気味に腕を組んだ。
「しばらく肉体から離れてたんだもん。急には動けないよ」
あったりまえじゃんと言いたげだ。
「災難だよ・・・」
ユウマはまだ苦痛に喘いでいた。
「同調して解除するたびにこうなるのかよ」
そこで初めてフィズが同情するような表情になった。
「そうだね・・・。さらに言うと、同調時間が長ければ長いほど解除された時の苦痛はひどくなる。
もっと言うと・・・」
「なんだ」
苦痛で声が出ないユウマに代わってロイクが尋ねた。
「同調時間が極端に長くなると、元に戻れなくなるかも・・・」
「冗談じゃ・・・」
ユウマの声は最後まで届けられなかった。
「理論上の時間の目安は?」
ベルナールは、ユウマが心配なのか興味本位なのかわからない。
「そんなのわかんないよ。わたしだってヘロンが起動したの初めて見たし、個人差もあるだろうし」
そんなやり取りを頭の上で聞いているうち、ユウマの身体の痛みが和らいできた。
ゆっくり目線を天井から格納庫の奥へ移した。
ヘロンが帰還紋様の中央に立っている。
もう光は弱まっていた。
ベルナールが言う。
「つまり、ヘロンがあの位置へ戻ることで、同調が解除される。そして新人は苦痛に悶える」
「カンベンしろっ!」
そう叫んでから、ユウマは少し考えた。
そして、言った。
「まるで、お掃除を終えたロボット掃除機が充電台に戻るような・・・」
三遊隊全員が首を傾げた。
「ろぼっとそうじき・・・?」
「そうじきとは清掃ゴーレムの一種か」
ベルナールが言う。
「便利そうだな」
ガルドが腕を組んだ。
「そこに食いつくのか・・・」
フィズが笑った。
「でも確かに似てるよ」
ユウマは格納庫の奥を見た。
「つまり、戦闘が終わったらあそこに戻ればいい」
ベルナールが言う。
「おそらくな」
ロイクが言う。
「戻れたらの話」
「やなこと言うなよ」
ユウマは不快を露わにした。
「そんときゃ、また新人をヘロンに投げるというのは?」
ロイクがこれは名案!と言いたげに人差し指を立てた。
「理論上、試してみる価値はある」
「やめいっ!」
「任せろ」
ロイクがユウマの肩をポンポンと叩いた。
「任せたくないっ!」
そのときだった。
格納庫の奥で鐘が鳴った。
整備兵が走ってくる。
「隊長!」
ガルドが振り向く。
「なんだ」
「王都北区画で消失です!」
ユウマは目を見開いた。
「また?」
フィズが空を見る。
「透過者、調査を急いでる」
ベルナールが言う。
「王都全体を解析するつもりか」
ロイクが言う。
「新人」
「新人じゃない!」
「また投げるぞ」
「だから投げるな!」
ユウマは叫んだ。
しかし、それ以外にヘロンと同調する方法がいまのところない。
ガルドはヘロンを見上げた。
青い心核が発光を始めている。
「透過現象、大規模発生!」
衛兵が叫ぶ。
ベルナールが眉をひそめる。
「規模は?」
「建物が次々と消失しています!市民が逃げ惑って・・・」
言葉の途中で格納庫の外から悲鳴があがった。
遠いが、はっきりとした人々の叫び声。
ユウマの背筋に冷たいものが走った。
「三遊隊」
短い言葉だった。
「出るぞ」
ロイクが拳を鳴らす。
「やっと仕事か」
ベルナールは持っていた書版を閉じた。
「北区画には魔力導管がある」
「透過者の狙いはそこか」
ガルドは振り返る。
ヘロンを見上げた。
巨大な白い魔導鎧。
心核が静かに青く光っている。
「ヘロン、起動」
フィズがユウマの前に浮かぶ。
「ユウマ」
ユウマは固まっていた。
透過者。
あの声。
あの歪み。
あの、世界が削られる感覚。
・・・個体識別開始
頭の奥にその声が蘇る。
「・・・いやだ」
フィズが首を傾げた。
「え?」
ユウマは後ずさった。
「無理だ」
そして次の瞬間・・・。
走った。
「ちょっと!」
フィズが慌てて追いかける。
「逃げた!」
ロイクが叫ぶ。
「新人逃走!」
「新人じゃない!」
ユウマは息も絶え絶えに振り返りもせず格納庫の出口に向かった。
「無理無理無理!」
「巨大ロボとか!」
「見えない敵とか!」
「怖すぎるだろ!」
フィズが追いつく。
「待ちなって!」
ロイクも追う。
「脱走は軍法会議ものだぞ!」
遅ればせながら、ベルナールも走っている。
「新人待て!」
ユウマは格納庫の外へ飛び出した。
王都の夜空が広がる。
そして、北区画の空。
そこに・・・
歪みがあった。
建物の屋根が、静かに消える。
塔の一部が削られる。
街の灯りが一つ、また一つと消えていく。
そして、人々の叫び声。
逃げる影。
ユウマは立ち止まった。
胸が苦しい。
怖い。
怖いに決まっている。
さっきまで巨大ロボの中にいた。
見えない敵に観測されていた。
普通の人間なら逃げる。
それが普通だ。
ユウマは拳を握った。
「・・・くそ」
後ろからロイクが追いついてきた。
「新人」
ユウマは振り向いた。
「新人じゃない」
ガルドもゆっくり歩いてくる。
「なら何だ」
ユウマは言った。
「高城ユウマだ」
そして、深呼吸した。
北区画を見た。
消え続ける街。
逃げ惑う人々。
そして、言った。
「・・・戦う」
フィズがニヤッと笑った。
「やっと言った」
ユウマは三遊隊の面々に指を突き付けた。
「ただし!」
三遊隊が揃って首を傾げる。
ようやく追いついてきたベルナールも、状況がよくわからないながらも皆にならって首を傾げた。
「もう新人って呼ぶな!」
一瞬の沈黙。
そして。
フィズと三遊隊が一斉に手を上げて声を揃えた。
「はーい!」
紫 白茶