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「緊急の呼び出しってなんだろうね」
「まぁ仕事を探すつもりだったし、丁度良かったのよ」
翌日、パフィとミューゼは、シーカーの緊急招集の手紙を見た。
『本日5刻、重要な発表がある為、組合に集合されたし』という簡単な内容である。
『5刻』というのは時間の単位で、1日20刻で成り立っている。だいたい夜明け前が0刻で、正午にあたる時間が5刻、夕方が10刻、深夜になる頃が15刻といった具合になっている。ファナリアでは季節による変化があまり無い為、時刻は生活面よりも仕事や約束事などで主に使われていた。
「それにしても、アリエッタも連れて来て良かったのかなぁ」
「いざとなったらリリに預けるのよ」
(あ、これ昨日の建物だ)
3人が組合の中に入ると、沢山の人達の中から、リリが笑顔で向かってきた。
「アリエッタちゃ~ん! こんにちは! 今日は一段と可愛いねぇ」
「りり!」
昨日と違って髪を整え、可愛い服を着たアリエッタを見て、最初からメロメロである。
「それで、私達はどうすればいいのよ?」
「まだ少し時間がありますので、このホールでお待ちください。発表の後に、お二人には2日前のグラウレスタの状況をお聴きする事になります」
「グラウレスタで何かあったんですか?」
「ええ、ちょっと事件がありまして、一応アリエッタちゃんの事は隠しておいた方がいいと思います」
だらしない顔のまま、深刻な声で言うリリ。全然重要な案件に思えないから困る。
リリはアリエッタをホールの隅に座らせ、板と紙と炭筆を持って来た。
「かみ! たんぴつ!」
それを見たアリエッタは嬉しそうに反応する。
「あら、言葉を覚えたんですね。ふふ、これが欲しいのね。えーと……」
とりあえずリリは持って来た道具を渡し、紙を指差した後に、自分を指差してみる。そして正面の椅子におしとやかに座り、微笑んだ。
(もしかして、りりの似顔絵が欲しいのかな?)
「なんかもう、描いてもらおうと必死ですね」
「気持ちは分かるけど、今やる事なのよ?」
少なくとも受付の仕事中にやる事ではない。同僚に怒鳴られて、しぶしぶ戻って行った。
モデルがいなくなったアリエッタは、どうしようかと辺りを見渡す。そしてある一点を見つめ、手を動かし始めた。
「何か描き始めたのよ。邪魔が入らないように見守ってあげるのよ」
「うん、しつこく見ようとすると、いじけちゃうからね」
実は昨晩、パフィが似顔絵を描いてもらったのだが、途中で覗こうとすると困った顔で見つめられるという事があった。
途中の絵を隠す事はしなかったものの、繰り返す程に、不機嫌になっていくアリエッタ。最後には炭筆を置いて、小さく丸まってしまった。
「可愛かったけど、描き上げてもらうまで大変だったね」
「危うく私の絵が無くなるところだったのよ。完成するまでは出来るだけ見ないようにするのよ」
必死のジェスチャーとお菓子でなんとか謝罪を伝えた事を思い出し、苦笑しながら近くで見守っていると、組合長の声がホールに響いた。
「よし! 大体集まったようだな。今日は緊急連絡があってお前らを呼び出した。昨日グラウレスタで正体不明の巨大な獣に、森付近の塔が襲われ、壊されるという事態が起こった。現在警戒と調査の準備を進めている」
組合長の発表に、集まったシーカー達がざわめく。
特にミューゼとパフィは驚いて、コソコソと話し始めた。
「塔が襲われた? 2日前に帰ってきたばかりよ?」
「あと1日のんびりしてたら、帰れなかったってことなのよ?」
「転送の祭壇は無事なようだが、向こうがどうなっているか分からねぇ。よって、本部や他支部を含め、ある程度以上の実力者を数名、グラウレスタの調査に送りたい。最低限不意打ちを回避出来て、無理をせずに逃げ帰って来れるのが重要だ。その調査次第では、グラウレスタの立ち入りは禁止になるかもしれん。」
思った以上の深刻な事態に、2人は息を呑む。
「なるほど、それで後で話があるって……」
今回は注意喚起と今後の対応の方向を伝えた事で、解散となった。
シーカー達が仕事依頼を見たり、帰ったりするのを眺めながら、ミューゼ達は森の事を考える。
「森に塔を壊す程の生き物っていたっけ?」
「私達の知る限りでは、そんなのはいないのよ。塔を壊せるくらいなら、森の木もいっぱい倒れている筈なのよ」
「だよねぇ、それにグラウレスタなんて今までにも沢山の人が行ってるし」
「何にせよ情報が無さすぎるのよ。たった1日で状況が変わり過ぎなのよ」
「パフィさーん、ミューゼさーん、今よろしいですか?」
小声で話す2人に声をかけてきたのは、受付をマンドレイクに交代してきたリリ。先程言っていた聴取をするつもりである。
「アリエッタちゃんは終わりました?」
「どうでしょう、アリエッターいくよー」
(ん? 移動かな? 仕方ない、ここだけやって終わりにしよう)
名前を呼ばれたアリエッタは立ち上がって、最後に軽く手を加えた後、トテトテとミューゼの元へとやってきた。
「りり!」
「あ、くれるの? ありがとう! どれどれ、美人に描けてるかなー…………」
お礼を言ってワクワクしながら絵を見たリリは……そのまま笑顔で固まった。
「完成したのね……!?」
「私も見るのよ……ぶふっ!?」
どんな絵が描かれているか気になった2人は、リリの持つ絵を覗き込み、噴き出した。
紙にはなんと、かっこいいポーズをとるマンドレイクが描かれていた。
「あははははは! アリエッタ凄いのよ! 面白い絵なのよ!」
「ふっふふふ……もう何描いてるのよアリエッタったらぁ!」
(やった! ウケた!)
アリエッタは笑う2人を見て、内心ガッツポーズ。
一方、絵を貰ったリリはというと……
「アハハ……マンドレイクちゃんに先越された……ハハ……」
本気で自分を描いてほしかったのと、アリエッタは悪くないし文句を言うのも大人げないし、なにより通じないせいで、泣き笑いで頑張って喜んで見せていた。
(よかったー、りりにも喜んでもらえた。描いてて面白かったなー)
「ありがとうね、アリエッタちゃん。た、大切にするからね……」
言葉を理解しない子供の笑顔は、時には大人にとって非常に残酷である。
「っていうか、昨日言ってたマンドレイクのマスコットに使えるんじゃないのよ?」
「……はっ! なるほど! 思っていたのと違いましたが、これはこれでアリですね」
「なんだか可哀想なんで、休みの日にでもウチに来てください。美味しい物でもあげたら描いてくれるかもしれませんよ」
「可哀想って言わないでくださいっ! でもそれは真面目に考えておきます」
リリはマンドレイクの絵を他の受付嬢に渡し、大切に保管するよう言いつけると、再び3人の元へと戻ってきた。
「それでは、別室に行きましょう」
ちゃっかりアリエッタ用に新しい紙を持ってきて、部屋へと案内した。
今回は部屋の隅に座らせて自由にさせるのではなく、テーブルを挟んでリリと3人が対面になるようにセッティングした。その上でアリエッタに紙を渡す。
アリエッタの正面が自分1人で、仕事をしている姿を見せれば、きっと凛々しく描いてくれるだろうという、涙ぐましい作戦である。
「……必死なのよ」
「何の事ですかね? さて、お二人からは2日前のグラウレスタの様子を伺いたいと思います」
アリエッタが炭筆を持った途端にキリッとした顔になり、真面目に業務を進め始めた。その姿には、ミューゼとパフィも苦笑いするしかない。
2人は、2日前には特に何も思う事は無かったという事、いつもと違ったのはアリエッタの存在だけという事を細かく説明していった。
「なるほど……確かに見張りをしていた兵士も、昨日突然だったと言っていたようですし、前兆らしきものは確認出来そうにないですね」
「そういえば塔が壊されたって言ってましたけど、無事だったんですか?」
「無事だったのは情報を本部に伝えた1人だけです。他の方はおそらく……」
塔を壊し、兵士を倒すような獣となると、ミューゼとパフィの2人では敵わないかもしれない。
しかも今は守るべき少女もいる。2人は、しばらくグラウレスタには行かない方が良いという考えに至っていた。
「それと心配なのは、アリエッタちゃんの事ですね」
「え?」
「アリエッタちゃんが森から出た次の日に、こんな事が起こったんです。心無い人達が、この子が原因と見る可能性もあるでしょう」
「……なるほどなのよ」
「理不尽ね」
リリが心配しているのは、子供に対する責任の追及という、大人の悪意である。もちろんその日に帰ってきていたミューゼ達も、その対象になるかもしれない。というのも……
「じつはもう本部に、3人の事が報告されているんですよ。それで今回、事情聴取という事で、話を聴かせてもらっているんです」
「面倒な事になってきたのよ」
「あたし達、依頼で魔力の泉持って来ただけなのにね」
いつも通りの仕事をこなしていただけの2人には、話せる事はほとんど無い。
「ええ、その時に得た物は、魔力が微妙に増えた魔力の水とアリエッタちゃんですね」
「この子は捨てられた可能性が高いのよ。それにいなくなった途端に獣が暴れたなら、今までその獣はこの子に抑えられてたって事になるのよ……」
チラッとアリエッタを見るが、無邪気に絵を描いている。どう見ても巨大な獣を抑えられるようには見えない。
「ですよね……では魔力の水の変化の線が濃厚でしょうか。泉も含めて要調査ですね」
その後も森の家での事、泉での出来事などを、再度細かく説明し、最終的に水の変化が関わっているのではないかという事になった。
「不審な点どころか、可哀想な点しかないですよ。これでアリエッタちゃんを疑うなら、その人の人間性を疑います」
3人から見てアリエッタは、不明な点は多いものの、幼過ぎる時に捨てられた不憫な子でしかない。話をすればするほど、庇護欲ばかりが膨らんでいった。
(よし、出来た!)
それなりに長い間話し込んでいたお陰で、アリエッタの絵も完成した。
「りり!」
「あ、もしかして完成したの!?」
話をしながらも、アリエッタの視線を気にし続けていたリリは、緊張した面持ちで紙を受け取った。
「こ……これはぁっ!!」
「どんな絵になったのよ?」
「みせてくださーい」
紙には今度こそ、素敵なリリの絵が描かれていた。
優しく微笑む目、陰影で艶が表現されている口、揺れているように見える髪、そして炭筆を持ち真面目に仕事をしているように見える構図。
誰がどう見ても麗しの受付嬢だった。
「~~~~~~~~!!」
「すっごい美人に描かれたね……」
「リリってば歓喜で声も出てないのよ」
(ふぅ満足。綺麗に描けたなー。りり綺麗だからなぁ)
やり切ったアリエッタは、背もたれに寄りかかり、思いっきり背伸び。
「アリエッタちゃん、ありがとう!」
リリのお礼の言葉に、アリエッタが目をぱちくりさせる。
「あり…あと?」(なんだろ、嬉しいって事なのかな?)
目の前で1人騒ぐリリを落ち着かせる事に集中していたミューゼとパフィは、そのアリエッタの行動を見逃してしまい、確認をする事が出来なかった。
アリエッタは『ありがとう』を覚え…られなかった。