私の住んでいた祖父母のいる本家にはがっつりと太い霊道が通っていて、私以外の家族は誰一人見える人がいなかったので入れ替わり立ち代わり色んな霊体が本家に流れ込んできても、家庭内での共感者がゼロでした。
今回はそんな本家でのお話です。その頃はまだ自力で祓うなど出来ず、ただ見える 聞こえるだけでした。
私の本家の人達は私を除き、とある宗派で凄く熱心な信者なので茶の間に大きな仏壇があり、母や叔母の各部屋にも小さな仏壇がありました。
宗派は伏せますが、その仏教の教えでは『○○○○』と呼ばれた目には見えない共通の守護体が、信心して唱題すると願いを叶えてくれるというものでしたが、見える私からすると凄く複雑でした。
祖父母達は熱心に教えを聞かせてくるんですが、そもそも各部屋にある仏壇の奥にいる霊体はどう見ても仏壇の持ち主の守護霊なんです。
『○○○○』なんて名前の守護体は全く存在しません。詳しく言ってしまえば母の仏壇には若い男の霊体が、叔母の仏壇にも別の更に若い男の霊体が。
そして祖父母が共有している仏壇、これがまたちょっと特殊で、老いた守護霊的なものは三人いるんですが、その奥に焼け焦げたような皮膚で首や手足の折れ曲がった坊主頭の人間と呼べるのかも怪しいヒトガタの『何か』が沢山折り重なってひとつの球体のように凝縮しているのです。
後にホラーゲームのSIRENに出てくる『蜘蛛屍人』が近い容姿だと気付きました。
老いた三人の守護霊達は、その奥にいる『何か』が出てこないように必死に抑えていた様子でしたが、年々耐え切れなくなっているようでいつ限界が来るのかわからない、そんな状態でした。
そんな得体の知れないモノに「家族が今日も事故や怪我なく元気に過ごせますように」などとお願いするんだよと教え込まれても生理的に無理で、私だけちゃんと信心しない反抗期のような扱いを長年受けていました。
そしてその蜘蛛屍人のような『何か』ですが、蠢いている球体の真ん中に、どうも小さな4歳児程度の男の子が見えるんです。茶色いTシャツに青っぽい短パンの男の子。
各部屋の仏壇にいる守護霊達と違って、折り重なる『何か』の隙間から少しだけ見えるだけで意思疎通もした事はありませんし、ハッキリと顔が見えることもありません。ずっと気になってはいたんですが、まともに心霊体験を取り合わない家族には聞けずじまいでした。
ーーーさて、今回は本家絡みの『何か』の話です。話を戻しますと私が中学生の頃、当時もまた心霊体験が多めなんですが怖いという認識が全然なくて『心霊体験=面白いネタ』という感じで、体験する度にラッキー!と思っていました。
中学生にもなると部活や朝学習の為 早起きして身支度を整える習慣がありました。
その日も友人とテスト前の勉強をする為 早くに集合する約束があり、朝の5時過ぎには起床して歯磨きを終え、顔を洗っていました。
本家の人間は6時以降にならないと起きてきませんので、洗面台がかち合わない5時頃はちょうど良かったのです。
洗面所だけ電気をつけて、顔を洗ってふと鏡を見た時でした。背後の開けっ放しのドアを、黒っぽい大きな《何か》が素早く通り抜けました。
物凄く低い位置だったので、本家で飼っていた黒い小型犬かと思いました。
ただ犬よりはかなり大きく見えたので なんだろうなぁと思っていると、続け様にもう一度、今度は反対側に向かって大きな黒い《何か》が通り抜けました。
もちろん二度目は鏡越しではなく、肉眼です。犬だと思っていたそれが何か、ハッキリ見えてしまいました。犬なんかではありません。
ーーー関節を逆に折ってブリッジの姿勢で動き回る、幾度も仏壇の中で目にした人型の『何か』でした。
しかし目の前の『何か』は、仏壇奥の塊と違って髪もあり、『女性』だとわかる顔立ちです。
仏壇から出てきたのはこの時初めて見たので、かなり驚いていた私を尻目に、『何か』はドアの前を行ったり来たりしていました。
何かリアクションをしてはいけないようなただならぬ雰囲気に、私は必死に何も見なかった事にして身支度を整えました。
そして洗面所から出る時、よせばいいのにちょこっとだけ振り向いてしまいました。凄く後悔したのを覚えています。
だって真後ろの床に這いつくばって、逆さの状態でこちらを睨んでいる顔が、超至近距離であったんですから。あまり心霊体験で動じない私でも、流石に飛び上がりました。
ラッキーとは程遠い感情のまま登校して、いつものように仲のいい親友と合流して、約束通りテスト勉強をしていました。
親友はその時期たまたま私と通路を挟んで隣で、私達はちょうど教室のド真ん中辺りに席がありました。前方には教卓があります。
その親友も時々見える程度なのですが何かを感じ取っていたらしく「何か連れてきてない?さっきから鳥肌凄いんだけど」と呟いていました。
怖がらせたらいけない気がしてあえて黙っていたのですが、HRが始まった時、担任が話し終えた辺りでふと、教卓の真下に黒い物が蠢いているのが見えました。
私が認知したのと、黒い物が顔を上げたのは同時でした。
紛れもなく朝見た『何か』がそこに居ました。逆さの顔と目が合った瞬間、隣で親友と、同じ列の生徒何人かが悲鳴を上げました。
どうやら見えているのは私だけではなかったようです。
何人かが悲鳴を上げた瞬間、その『何か』がブリッジの姿勢のまま這い出て来て、大きく口を開けて苦悶の表情で私と親友の席の間の通路を後ろに向かって通り抜けて行きました。
『何か』はそのまま教室の後ろにある掃除用具のロッカーに向かって消えていきました。
一体何を伝えたくて着いて来たのか全く分かりませんが、その日『何か』を学校で見かけることはなく、一部の見てしまった生徒は興奮気味だったのを覚えています。親友は終始青ざめていました。
そしてその日の深夜。
トイレに行きたくて目が覚めて洗面所を通りかかった時、仏間の方からバリバリともブチブチとも なんとも表現しにくい変な音がして、本家の犬が誰もいないのをいいことに悪戯でもしているのかと思いそっと洗面所から面しているリビングから仏間を覗きました。
ーーー見なきゃよかったと心底思いました。
仏壇の中の蜘蛛屍人のような『何か』が数体、仏壇前に落ちている黒い塊に覆い被さるようにして、そこから何かを引きちぎっていました。
よく見れば、落ちている黒い塊は朝見たブリッジ状態の女性らしき『何か』で、仏壇から這い出た『何か』達に髪の毛や皮膚を毟り取られていました。毟り取った皮膚や髪の毛は、『何か』が喰らっていました。
その光景に思わず、もしかしたら女性らしき『何か』が朝学校にまで着いてきたのは、こいつらから逃げたかったのではないか……と思ってしまうほどでした。
真偽はわかりませんが、女性は身体中の皮膚を剥がされた後、仏壇から出てきた一回り大きな『何か』に引きずられ、仏壇の中の球体に貼り付けられていきました。
無数の『何か』と同じ状態になった女性を更に覆うように、這い出ていた『何か』達も戻って行きます。
全部が戻ると、何事も無かったように蠢く球体の完成系がそこにありました。
こんな物を見てしまえば、正直もう信仰心なんてマイナスです。二度と本家の仏壇には近寄らないようになりました。
本家での私はますます「信仰心が足りない!」と嫌味を言われるようになってストレスが溜まり溜まって、高校生の時に彼氏が出来た事を理由に、ほぼ本家には帰らない生活を送るようになりました。むしろそれで良かったと今になって思います。
その『何か』についてはもっと大事になった後日談があり、それは10年経って娘が生まれてからの話で長くなるので別の機会に……。
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怖い