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「外出すんの、こんな面倒なのかよ」
「まあまあ、無事外出許可降りたんだしいいじゃん。お疲れミオミオ」
「それは、お前もだろ」
ガタン、ゴトンと揺れる電車に乗りながら、股をガッと開けて座っている高嶺は未だに外出届を出す際に味わった苦労というか愚痴を吐いていた。
外出が許可されるようになるといっても、外出届を出し許可が下りるには何人ものサインが必要になり、まるでスタンプラリーのように慌ただしく手続きをとまわらなければならない。そうまでして、外出がしたいのか。答えはYESだ。俺たちの他にも慌ただしく外出許可を取りに行っている同期達がいた。
スマホも一応使用できるようになり(といってもこの土日だが)、久しぶりに起動したが、俺はそこまでメールが届いている感じではなかった。よく、一ヶ月後に開いたら大量のメールが……何てこと言われるが、友達も少ない俺にはそういうメッセージが届いていることも電話がかかっていたという履歴もなかった。あるとするなら、迷惑メールの類いか。
母親は、警察学校がどんなところか知っている為、メッセージはよこさなかった。
こっちから連絡した方がいいだろうと、入校後初めて連絡を入れれば、スマホ越しでも分かるぐらいに心配した声が聞えてきた。ちゃんと食べてるかとか、筋肉痛は大丈夫だとか、仲良くしているだとか。心配していないように見えて、滅茶苦茶に心配してくれていた母親に申し訳なさを感じた。
親孝行できなかった分、せめて、俺が警察官として立派に勤め上げればきっと喜んでくれるだろう。そう思い、近況報告をし、頑張ると伝えて通話を終えた。
その後も、俺は一通り連絡やメールが来ていないか確認する。
(やっぱ、きてねえ……)
「いつまで、ハルハル、スマホ構ってるの?」
「うわっ、驚かせるなよ」
「えーだって、反応ないし。ねー、ミオミオ」
「そうだぞ。後、終点だから降りる準備しろよー」
と、横からスマホを覗かれたのと声をかけられた弾みで、思わず距離を取って小さくなってしまった俺を二人は不思議そうに見てくる。
高嶺の言葉で我に返った俺は急いで上に上げておいた荷物を下ろし、背負う。
「もしかして、恋人からの連絡待ってたりして」
「……そうだな」
「明智が素直なんて珍しいな」
颯佐と高嶺は好き勝手言っていたが、俺はそれが気にならないぐらい、連絡一つない神津の事を気にしていた。今に始まったわけじゃないし、俺が日本で何をしているか彼奴は知らないだろうと。俺も神津が何をしているのか知らないから、お互い様である。
そもそも、音信不通で、着信拒否にされているのだから、どうしようもないのだが。
「つか、結局何処に行くんだよ。結構な田舎まできて」
そういえば、目的地は何処なのだろうかと、俺は二人の後ろについて行き、駅を出る。警察学校がある双馬市から離れ、出身である捌剣市まできたが、未だに颯佐も高嶺も目的地について教えてくれない。ただ、「楽しいこと」とだけ言って、二人してニヤニヤとしていた。今日の目的地は、プランを立てたのは颯佐であるが、高嶺はよく颯佐に付合っているらしいので、当たり前のように知っているし、察しているらしい。
カラオケや、バッティングセンターかと思ったが、どうやら全然違うようだ。
それから、あーでもない、こーでもないと喋りながらバスを乗り継ぎ、とある施設の前に来た。泥や砂の跳ねた工場のような施設の前にはずらりと見慣れない車が並んでおり、中からは賑やかな声が聞こえる。どうやら、キャンプ場も近くにあるようで、アウトドアに適した場所……というのだけは分かった。だが、この車は何だろうと眺めていたら、高嶺がいきなり後ろから肩を組んできたため、舌をかみそうになった。
「危ねえな」
「わりぃ、わりぃ」
「キャンプでもしにきたのか?」
そう聞けば、高嶺は首を横に振った。
なら、この車が鍵になるのだろうかと、推理する。辺りを見渡せば、いつの間にか颯佐は消えており、何処に行ったのだろうと探していれば、ひょっこりと彼は現れた。
「ミオミオ、まだハルハルに正解いってない?」
「おうよ!今日は、空の独壇場だからな」
と、二人だけが分かるような会話を繰り広げられ、俺は置いてけぼりを喰らっていた。
颯佐の独壇場とは? と見ていれば、彼の青い瞳と目が合った。一段とキラキラと輝いている目を見たら、何となく、今日は彼の趣味に付合わされるんだろうなと察する。
(車……山奥、アウトドア……もしかして)
答えを言おうか迷っていれば、颯佐はじゃーん。と車の鍵のようなものを取りだしてニッと白い歯を見せて笑った。
何でも、車をレンタルしてきたらしい。
「今日は、オフロードに付合ってもらいたいと思います!オレの趣味!」
そう颯佐は宣言した。
予想はばっちり合っていたようだった。
(つか、まだ一九なのに、趣味がオフロードって……)
車の運転免許も数年前に取ったばかりだろうし、まだ運転慣れしていないんじゃないかと、普通の運転よりも過酷で過激なことをしようとしている颯佐に少し恐れを抱いた。
そんな俺とは裏腹に、高嶺はワクワクとした表情を浮かべている。
普通ではないことは分かっているが、まさかこんなにもアクティブな奴だとは思わなかった。いや、初めから何処か変わっているなあ、度胸あるなあなどと感じていたが、こういう所からもそれがきているのではないかと、俺は思い始めた。まあ、今更といった感じなのだが。
「勿論、免許は持ってんだよな」
「あったり前じゃん。持ってなきゃ運転できないし」
と、颯佐は嬉しそうに語る。
本気で好き何だなあと、何処か遠い存在だと感じつつも適度に相槌を打った。
花にも車にも興味がなくて、自分でも一体何に興味があるんだと言うぐらい様々なことに無関心だった。
颯佐には興味関心、そして趣味があっていいと羨ましくも思う。
「空が凄いのはそれだけじゃないぜ」
そう、口を挟んだのは高嶺だった。
凄いのはそれだけではないと、他に何があるのだというのかと聞けば、高嶺はまるで自分事のように胸をはって口を開いた。
「バイク免許、普通免許は勿論だが、それに加えてヘリコプターの免許も持ってんだよ。空は」
「は? ヘリコプター!?」
聞き間違えではないかと、高嶺をみ、それから颯佐を見れば颯佐は照れるなあと言ったように頬をかいていた。まんざらでもなさそうに。
確かに一七歳から取れるがそんなほいほい取れるものなのだろうか。一五歳から一六歳の間にバイク免許を、そして一七歳から一八歳の間に普通免許を取ったとして、ヘリコプターの免許まで取れるものなのだろうか。
そう疑問ばかりが頭を埋めようとしていたとき、颯佐は言った。
「ほら、前いったじゃん。やりたいことがあるからミオミオとは違う高校に行ったって。その高校って言うのが、パイロットを目指す人が行く高校で……まあそこで色々」
「いや、それでも凄えよ」
よっぽどそういうことに関しては優秀なんだと、俺は颯佐の評価を改めた。英語もかなり出来るだろうし、専門知識が高いのはそのせいかと納得する。
だが、何故警察になったのだろうか。パイロットを目指していたというのなら。
「なあ、何で颯佐は――」
「まあまあ、その細かいことはその内話すから、まずは乗ろう!久しぶりの運転で今、凄くうずうずしているから。早く乗りたいの!」
と、颯佐は何かを隠すように俺の手を引いて走り出した。
「嫌々無理だろ、水没する」
「大丈夫だって、死なないから」
車を無事借りることができ、乗り込んだが、いつもと違う景色と、高さに不安感しかなかった。それに、思った以上に颯佐の運転が荒い。
「ジムニーでよかった?ハマー H二の方がよかったかな?」
と、颯佐尋ねてきたが、車には疎いため、颯佐に全てお任せした。車内はそこまで広いようには感じなかったが、何というか俺の知っている車とは違って若干車体が高いような気がした。
オフロードに行くために山奥へと向かいながら、車は走る。
舗装されていない道を強くアクセルを踏み込み、加速させていく。出っ張った岩場や、深そうな沼、タイヤが持っていかれそうな砂場など兎に角、普通なら走らないような道なき道を走っていく。車内はひっきりなしに揺れていて、何度か舌をかんでしまった。
颯佐は運転が楽しいらしく、ハンドルを握りしめ、アクセルをガンガンに踏みながら鼻歌を歌っていた。助手席に座っている高嶺も慣れたものらしく、俺が舌をかんで痛がっている様子を見て爆笑していた。
そして、目の前の深い水たまりに沈んでいく様子を見て俺は命の危険を感じていた。大丈夫だと、颯佐は言うが、だんだん水に沈むスピードが上がっているように感じる。
死ぬんじゃないかと思っていると、颯佐はブレーキを思い切り踏んだ。車が急停止して、勢いよく後ろへ引っ張られる感覚に襲われる。何とか座席にしがみついて耐えれば、フロントガラスからは水が引いていた。それからもう一度突っ込んで、ゆっくりと前に進んでいく。すると、ようやく水たまりを抜けることが出来た。
どうやら、ぎりぎりのところで助かったようだ。
(まじで、危なかった)
ヒヤヒヤと汗をかいている俺とは対照的に、颯佐は上機嫌だった。
もう、顔がプロのそれに見えた。慣れたもので、颯佐は楽しそうに笑みを浮かべそして、再び車を発進させる。確かに、楽しい……とはまだ思えないが、スリルはあってそこら辺のレジャー施設よりかもよっぽど面白いだろう。男のロマンみたいなのがつまっている。
「……、酔った」
「おい、吐くなよ? 明智」
うぷっと、吐き気がこみ上げてきて、思わず手で口を覆った。
ようやく楽しいと思い始めたところで、そもそも乗り物酔いしやすい体質だったと、今更ながらに自分の弱点を思い出す。
そんな様子を横目で見ていた高嶺が声をかけてきた。
だが、心配は無用だ。これぐらい我慢できる。それに、ダサいところ見られたくねえ。
けれど、我慢しているのが分かったのか颯佐にまで「吐かないでよ?ジムニー汚れる」と、俺じゃなくて車の心配をされた。
誰も俺の味方してくれねえのかよと、口元を抑えながらも、窓の外を眺める。
暫く走っていると、少し開けた場所に出た。
「ああ、そうだ。ハルハル。最後の難所の前に、ハルハルの気分を紛らわすためにさっきの質問に答えてあげるよ」
と、颯佐はどこからどう会話が繋がったのか分からない事を言い出したので、俺は首を傾げる。
颯佐は「さっきのことだよ~」と言いつつ、ハンドルを切りゆっくり前進しながら話し始めた。
「何でパイロットにならなかったかって話。ほら、大学か大学院まで行って新卒で航空会社にってことも考えられるじゃん見たいな事ハルハル思ってたみたいじゃん。何か、免許持ってるのに勿体ない、見たいな顔してて」
「あ、ああ……」
その事かと、俺は納得しつつ颯佐の話しに耳を傾けた。
そうだ、颯佐ほどの人間が運転やらまだヘリコプターを操縦しているところは見たこと無いが、乗り物が好きだろうにどうしてその道を進まなかったのか気になった。高卒じゃまだパイロットになれないだろうから、大学、大学院を出るかまたは航空大学校なんてものもあるから、高校でもそういう系の所をいっていたのであれば、勧められたはずだ。けれど、高卒で警察官になろうとしている。そこに何があったのか、気になっていたのだ。
「確かに、パイロットになりたかったし、飛行機だって運転してみたかったよ? でもね、親に止められちゃったんだ」
「金が出せないからか?」
そう聞けば、颯佐は首を横に振った。
そもそも、ヘリコプターの免許なんて先ほど調べたがかなり金がかかる。それはもう車の何十倍も。それに加えて、私立の金のかかりそうな高校に通ってたとなれば、颯佐の家はお金持ちだと推測できる。
「違うよ。あのね、こういう話、するのはどうかと思ったんだけど……そもそも、オレがパイロットになりたいって思ったのは、父さんがパイロットだったからなんだ。でも、その父さんは飛行中の事故で死んじゃって。それがあるから、母さんはパイロットになって欲しくないって止めたんだ。大学の進学を考えていた三年生の時にね。ほんと、タイミングが悪かった」
と、颯佐は淡々と話し始めた。
それから、ハンドルを握りしめながら、どこか遠くを見つめていた。
それからすぐに颯佐はまた笑顔に戻り、明るく振る舞うように言葉を続けた。
まるで、過去を忘れようとしているようにも見えた。きっと、触れられたくない部分なのかもしれない。それでも、何処か希望に満ちた彼の顔を見ていると、何だか微笑ましく思った。
(俺も、親父みたいな警察官になりたいから警察を志したしな……)
通ずるところがあり、俺は颯佐の話を自分と重ねて聞いていた。
「でも、何で警察官に?」
「そりゃあ、勿論パイロットになる為。といっても、もう飛行機を運転するって言う夢は叶わないけどね。今、オレが目指してるのは警察航空隊のパイロット」
「パイロットになって欲しくないって言う母親の願いは?」
「そんなの無視、無視。母さん、多分警察航空隊のパイロットのこと詳しく知らないから。オレが警察官になりたいーっていったら、公務員だしいいよ。ってこっちはオッケーしてくれたんだ。まあ、オレの目指してるもの知ったらきっと全力で止めただろうけど。それでも、諦められなかったんだ」
颯佐はそう言ってニカッと笑った。
車内から見える青空と颯佐の笑顔がマッチしていて、絵になっている。
そんな風に笑える颯佐はとても眩しかった。
「父さんの運転に魅せられた。でももっと、オレを虜にしたのは青い空だった。あの空を自由に飛びたい。オレは空を愛してるんだ」
颯佐は断言し、強くアクセルを踏み込んだ。
まるで、そうなるように付けられた名前だなあと、颯佐の名前を思い浮かべる。
(確かに、颯佐と青空って似合うな)
いつか、颯佐が操縦するヘリコプターに乗せてもらう妄想をしながら、一人浸っていると、颯佐が俺に声をかけた。
「それじゃあ、最後の難所。ハルハル、舌かまないでね」
と、やや忠告の遅れた颯佐の言葉を受けた頃には、ガンッと大きな音を立てて車体が弾み俺は盛大に舌をかんだ。