テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

第18話:虫巫と封じられた音

都市樹の影に浮かぶ、音響遮層(おんきょうしゃそう)。

ここでは音が吸い込まれ、反響すら起こらない。

命令歌も共鳴の光も届かない場所――それは、かつて「禁歌」が封じられた領域だった。


そこに住むのが、“虫巫(むしなぎ)”と呼ばれる存在である。





虫巫とは、命令も歌も持たず、

虫たちの反応だけを読み取り、意思を伝える役職。

歌えない者たちの中でも、さらに言葉を持たない者たちに向けて、

虫と都市のあいだを“感じて繋ぐ”個体である。





その日、シエナは音響遮層の入り口に立っていた。

ミント色の羽は、この空気の中で青みを帯び、

尾羽はいつもの透明な光を吸い込むように沈んでいた。


肩に乗るウタコクシが、微かに羽を震わせる。


奥から現れたのは、羽全体が灰緑色の、年老いたハネラだった。

尾羽はほとんど色素を持たず、

代わりに背のあたりに、小さな記憶虫を数匹、常にまとっている。


「……“虫巫”?」


隣に立つルフォが目を細めて呟く。

彼の金色濃い緑の羽も、この場所では霞んで見える。





虫巫は声を出さない。

命令歌を使わず、光も出さない。

ただ、虫の振動と、枝の微かな動きを読む。


シエナは、尾脂腺から**「尊重」と「受容」の香りを放つ。

それに応え、虫巫の背の虫たちが翅を鳴らす。

――それは、「こちらも、聞いている」**という合図。





シエナが尾羽でそっと枝を叩くと、

地面の下に封じられていた“音”が、かすかに漏れ出した。


それは歌ではない。

命令でも共鳴でもない。

けれど、**確かに“記録された誰かの声”**だった。


虫巫が、背中の虫を通して“語る”。

ウタコクシが、その振動を通訳するように、

ルフォとシエナのあいだで共鳴の翻訳が起きる。





「……これは、“歌にならなかった音”……?」


ルフォが息を呑む。

それは、かつて命令に使えないとして捨てられた旋律。

“都市を動かす価値のない音”として封じられた失われた声。


しかし虫巫は、それをずっと記憶し、

虫たちと共に、誰にも届かない音の層を守っていたのだった。





音は、命令のためだけにあるのではない。

歌は、動かすためだけにあるのではない。


そう告げるように、虫たちは、

再びその音を、ゆっくりと根に染み込ませていった。





その音を聞いた都市の根が、

わずかに温度を変え、湿度を上げた。


反応ではない。

“受け入れ”だった。

奏樹―命を歌うものたち―

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

20

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚