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カイルの執務室へ着くなり、セナの案内でレイナードが応接用のソファーに腰掛ける。カイルが対面に座ると、事前に用意してあった紅茶を二人に出してセナは早々に退出して行った。
「まずはお疲れ様。とても大変な旅になってしまったらしいね、サビィル達から聞いたよ」
「こうして無事に帰れたのですから、問題無いです」
風呂に入り、人間らしい食を得る事が出来たレイナードは今とても気分が良く、穏やかな表情でカイルに頷いてみせた。
「……今からとても大事な話をしないといけないんだけど……その前に、どうしてもこれだけは言わせて欲しいんだ」
レイナードは少し嫌な予感がした。また謝罪の嵐が始まるのかと身構える。
「今回の件の経緯は何もかもが全て僕の責任だ、本当にすまないと思っている。……申し訳ない」
膝に手をつきカイルが深々と頭を下げる。
「……いいんですよ、強力な味方も得ましたし」
下げていた頭を勢いよく上げ、突然あげたカイルの叫びにレイナードが驚いた。
「あ、すまない。まさか鱗を取って来てもらうだけのつもりが、黒竜と契約までしちゃったもんだから色々と問題が加算されてしまって、かなり困っているんだ」
「アルシェナとの契約で何か問題が?もしかしてカイルとするべきだったからですか?」
アルは元々カイルに契約を迫っていた。その場でははぐらかされてしまい、結果的にアルはカイルを待つために引き篭もりになった流れがある。それなのにレイナードと契約をしてしまった事がまずかったのではと、彼は困惑した。今更契約の取り消しなど出来るのだろうか?
「僕とあの子が契約?嫌だよ、可愛くない。サビィルやシュウみたいなフワフワで毛のある子が僕は好きなんだ。巨大な爬虫類と契約するなんてゴメンだね。あの子の食事の度に森へ行くとかも面倒だし、無理っ」
カイルが顔をしかめて本心を垂れ流す。それを聞き、『絶対にアルの前では言わないでくれ』とレイナードは思った。
「しかも本気で僕を殺そうとしてきた相手に、別れ際に契約を迫られて、『うんいいよ』って言える程僕は『体育会系』ってやつじゃないし、理解出来ない。殴り合いから始まる友情物語なんかゴメンだね」
それを聞いてレイナードは少しだけカイルの言い分がわかる気がした。この世界の人間達のように悪意を持たぬ相手とならまだしも、竜と化した事で『理』の適用外にある存在からそう言われても、信じた瞬間に寝首を掻かれる事だってあるかもしれないのだから。直前まで真剣に戦っていたのならば尚更だろう。
「なるほど。気持ちはまぁわかりましたが、アルにはもっとお手柔らかに頼みます。彼は、本当にカイル様の事を気に入っていますので」
「んー……わかった。君の頼みなら、優しく接すると誓うよ」
「ありがとうございます」
レイナードは心から感謝し、頭を軽く下げた。帰りの道中ですっかり意気投合していたので、アルを悲しませる事は避けたかったのだ。
「——で、だ……」と言い、カイルが言葉を区切る。続きをどう言おうかと迷い、言葉を探す。
その様子を見て、レイナードは何かもっと大きな問題なのだなと察した。
「アルシェナと君が契約したよね、今回の件で」
「はい」
「それにより、その……君の魂はこの世界に、アルシェナによって拘束された状態になったんだ」
カイルの言葉を聞き、レイナードは「つまり——」と言ったが続く言葉が消えた。答えは、聞かなくてもわかった気がした。
「レイナード。君はもう、元の世界には帰れない」
カイルの言葉を聞き、『そうか。やっぱり……』とレイナードは思った。だが不思議な程絶望感が無い。ただ事実としてそれを受け止め、『そうなんだな』と考えただけだった。
「帰るための材料を取りに行ってもらって、結果的に帰れなくなるとか……もう、どう受け止めていいのかわからないよ」
カイルは深い溜め息を吐くと、そのまま項垂れてしまった。
「わかりました。では、今後の身の振り方を決めなければいけませんね」
冷静に答えるレイナードを見て、カイルが驚く。何故彼はこうも切り替えが早いのかと。
「……元の世界へ帰れなくなった事を、君は怒ってはいないの?」
「アルと契約する事を選んだのは自分ですから。元の世界に思い残した事もありませんし、此処で生きていかねばならないのなら、そうするまでです」
戦火に巻き込まれて、家族はもう居ない。
戦争は終了している今、絶対に戻ってやらなければならない何かがある訳でも無い。
そうなると残った望みは一つだけだ。
でもそれは、元の世界でなければというものでもないので、悲壮感や絶望を感じなかったのかもしれない。
達観するレイナードを見て、カイルが複雑な気分になる。だが彼は「——わかったよ、レイナード。君がそう言うなら僕がこれ以上何か言ってもしょうがないよね」と言いつつ息を吐き、言葉を続けた。
「僕としては、レイナードにはこのまま此処に滞在して欲しいと思っている。気に入ってるからとかそんな理由だけじゃなく、君程の力量なら頼める事が多いからね。でも、それは僕だけの希望だから今後は自由にしてくれて構わない。騎士として城勤を希望するなら斡旋するし、旅を希望するなら手助けしよう」
「そこまでして頂く訳には——」と、 謙虚に一歩引こうとするレイナードの言葉をカイルが遮った。
「待って、レイナード。君のこの状況を招いたのは全て僕だ。元の世界へ帰してあげる事が出来なくなってしまった以上、全面的に支えるのは僕の義務であり責任だ。甘えてくれないなら、代わりに様々な手法でこれでもかと永遠に詫び続ける事になるけど、どっちがいい?」
本当に通じるかわからなかったが、セナから密かに受けていたアドバイスをカイルは実行してみた。
「お言葉に甘えさせて頂きます」
「よし、決まりだね」
希望通りの言葉を引っ張り出す事ができ、カイルが満足気に微笑む。だけど まさかこの手が通じるとは。『案外単純なのか?彼は』と思ったが、そんな一面が可愛く思えた。
「さて。今後先、君がどうしたいのか決まったらいつでも教えて欲しい。それまでは客室を使ってもらう事になるけど、此処で正式に暮らす事を選んだのなら別の部屋を用意しよう。旅の疲れを癒しつつ、ゆっくり考えて。くれぐれも焦って決めてはダメだよ?」
カイルの言葉を聞き、レイナードは深く頷いた。焦っても碌な事にならないのは最もだと。
「わかりました。感謝します、カイル様」
「今更だけど呼び捨てで頼むよ。君とは対等でいたい」
一瞬の躊躇をみせたが、レイナードは「わかりました、ではその様に」と頷く。
「決まりだね」
カイルはそう言うと、安堵した表情をしてソファーの背もたれに体を預けた。
「あ、そういえば。君に会いたいって来てる奴がいるんだけど心当たりはある?」
首を軽く傾げてカイルが問うが、レイナードには一切の心当たりが無かったため、きょとん顔になった。 旅先で知り合った者もいないし、道中で話した相手なんて馬車屋の主人だけだが、会話……と言うにはあまりにお粗末なものだ。バルドニスの王族や神官達などが個人に会うためだけに此処まで来る事は尚更あり得ないだろう。
「いえ、サッパリ」
「んー……そうか、わかった。じゃあ帰ってもらうとしようかな」
「ですが、わざわざ此処まで来ているのですよね?会わずに追い返しても問題無いのですか?」
会いに来ている者を追い返すのも悪いと思いレイナードはそう言ったが、カイルは少し渋い顔をした。
「何が目的かわからないんだよね。神子の一人なだけあって、突飛な行動する奴だし。——あー、ゴメン……一つそれっぽい理由があったな。森での騒動に対して、説明を求めに来たって可能性が」
「それでしたら、会わない訳にはいきませんね」
カイルの神殿へ戻る前に立ち寄ったバルドニスの神殿では神子に会えなかった。きっとその神子が此処まで来ているのだろうと察し、レイナードは会う事を決めた。
「わかった、では明日にでもそのように整えよう。今日はもう休むといいよ」
「そうですね、この時間から会うのは流石に」
やっとベッドで、しかも久し振りに一人で休めるのだ。今夜は早く休みたかった。
「じゃあ、朝食が終わったら応接間に集合しよう」
「了解です」
レイナードが頷き答えると、セナが淹れてくれていた紅茶を飲み干し、カップをソーサーへと戻す。
「では、今日はこれで失礼いたします」
「うん、おやすみレイナード。……本当にごめんね」
シュンと項垂れながら、カイルがソファーから立ち上がるレイナードへ向けて再度詫びる。
「いいんですよ。済んだことですから」
レイナードが少し困ったような笑顔をみせると、一礼し、カイルの執務室を後にした。