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「にゃあ、 にゃ、にゃ、にゃ。(ここだよ、今日はとびきり綺麗にしてね)」
私はヘルカの足に顔を擦り付けた。 今日は私がキルステンの妻として公の場に出席する最後の日だ。 最後の足掻きもしれないが、美しく着飾って少しでも彼にドキッとしてもらいたい。
淡いライラック色のドレスに、私の十七歳の誕生日に彼がプレゼントしてくれたアメジストのジュエリーを身に付けて行こうと思っている。
アメジストは『真実の愛』という石言葉を持ち『愛の守護石』とも呼ばれている。私はキルステンの瞳にも似たこのジュエリーを貰った時に、彼との関係が少しは進展するの ではないかと期待した。
しかし、そのような奇跡は起こらず、私たちの関係は平行線のままだった。
「猫ちゃん、今日は忙しいの。ちょっと、あちらに行ってってくれる? ビルゲッタ様ったらどうしたのかしら?」
ヘルカが私を抱き上げ、扉の向こうの部屋の外に出す。
私は思わず自分の手を見た。
(猫の手! ぷにぷにのピンク色の肉球もある!)
部屋の中にある姿見にはシルバーのふわふわな毛に琥珀色の瞳をした子猫が映っていた。
「にゃ? にゃにゃん?」
(どういうこと? もしかして、猫の姿ならキルステンの側にいられる?)
神様は本当にいたようだ。
私の願いを聞き入れ、猫にしてくれた。このまま皇城に行き、キルステンの飼い猫を目指せば良い。人間の知恵を持っているのだから、聡明な猫だと思って貰えるはずだ。私は柳の木ではなく猫にしてくれた神に感謝した。
「ヘルカ! さっきから騒いで何事だ? ビルゲッタはどうした? キルステン皇太子殿下の誕生祭だぞ」
兄のケネトが銀髪を振り乱し部屋に入って来た。
「にゃ、にゃあーん。(お兄様、気がついて!)」
私はケネトの足に寄り添ってみた。 ケネトは私をそっと抱き上げると、ヘルカに指示を出す。
「ビルゲッタの様子は昨日からおかしかった。大好きなキルステン皇太子殿下の誕生日前日に家出してきたんだ。そっとしておくのが最善だと思ったのは間違えだったな。もっと良く話を聞いてやれば良かった⋯⋯」
ケネトは人間ビルゲッタがいない責任を感じているようだ。
「にゃ、にゃーん! にゃ、にゃ(私はここだよ! 寧ろ猫に慣れて喜んでるよ)」
「そんな。ビルゲッタ様は一体どこに」
ヘルカの双眸の眦から涙が零れ落ちる。 彼女は私が今日という日をどれだけ特別に感じていたかを知っている。
「皇室には彼女は今日は欠席する旨を伝えておく」
ケネトは唇を噛みながら顔を歪める。
「にゃにゃん! (私は私で上手くやるから心配しないで!)」
必死に兄の腕の中から伝えるが、言葉になっていないので伝わっていない。人間と猫が分かりあうのは難しい。
私は結局兄に連れられて、そのまま皇宮へ行くことになった。 皇宮に行く馬車の中、兄が膝の上に私を乗せて毛並みを整えている。
「おかしいんだが、俺はお前がビルゲッタだという気がしているんだ」
「にゃ! にゃん! にゃーん! (正解! 流石、ケネト! 自慢の兄!)」
「そんなはずないな。ただ、妹がいなくなったのを認めたくないだけなのかもしれない。妹は昨晩明らかに思い詰めていた。なんで、あの時引き留めて話を聞いてやらなかったんだ⋯⋯」
ケネトが目頭をおさえている。
手で隠しているが、影から覗く琥珀色の瞳には涙が溢れていた。
「にゃ、にゃん (私はここだよ)」
私は背伸びをしながら、ケネトの目元を舐める。
「慰めてくれるのか? お前はビルゲッタに似て優しいな」
ケネトが再び私の毛並みを整えるように撫でた。反射的に私は喉をゴロゴロと鳴らして喜びを表現した。
キルステンの誕生祭が、開会を伝えるトランペットの高らかな音と共に開かれる。 荘厳なオーケーストラの演奏が始まった。
クリスタルのシャンデリアの輝きよりも眩しいキルステンが、パートナーの私が不在の為に一人で入場していた。 勲章の連なる白い軍服を着たキルステンは相変わらず見惚れる程に美しい。
私はケネトのマントに隠されるように誕生祭に参加をした。彼がただの猫である私をキルステンの誕生祭に連れてくるという事は、本当に私がビルゲッタである可能性を考えていそうだ。 彼は誰より私がキルステンに夢中であることを知っている。
既に髪が白髪に変わったが、キルステンそっくりのアメジストの瞳をしたエマヌエル皇帝が開会の挨拶をした。
「今日は次期皇帝であるキルステン皇太子の誕生祭だ。ルスラム帝国の未来を導く輝かしい皇太子の特別な日を皆で祝おうではないか!」
巻き起こる拍手と共に、貴族たちのヒソヒソ話が聞こえる。
「ビルゲッタ様はどうしたの? キルステン皇太子殿下のお誕生日だというのに、体調でも崩されたのかしら?」
「まあ、二人は不仲だという噂もあるしな⋯⋯」
「結婚してから、一度も寝室を共にしていないとか⋯⋯」
「お世継ぎの事を考えると、殿下には他の妻を娶って頂いた方が良いかもしれないな」
「ビルゲッタ様はお傷がある方だから、キルステン皇太子殿下もその気になれないのかもしれないわね」
周囲の貴族たちが私の不在を訝しんでいる。 ケネトがマントの中にいる私を心配そうに見た。彼の琥珀色の瞳に映る私は猫。全く違う姿なのに私に妹を見てくれる彼が愛おしい。
私は無言で彼の腰に顔を擦り付ける。
そして、私は自分とキルステンが不仲だという噂が広がっている事に少なからずショックを受けていた。確かに側から見れば、私ばかりが彼を慕っていて袖にされているように見えそうだ。それは実情を実に正確に捉えている。
「今日は、聖女の力に目覚めたというアルベール王国のポネイ村から聖女アルマを招いている」
エマヌエル皇帝の紹介と共に眩いばかりの金髪を靡かせたアルマが現れる。 いかにも物語のヒロインというような輝きに、周りが彼女の身分を忘れ息を飲んだのが分 かった。
私はマントの隙間からキルステンの表情を覗き見た。 彼は皇族として感情を見せない訓練を行っていることもあり、相変わらずの無表情。でも、きっと今初めて芽生える感情に戸惑っている事だろう。 私の胸にチクリと棘が刺さる。
「それでは、キルステン皇太子の二十歳の誕生日を祝い乾杯をしよう!」
エマヌエル皇帝の音頭に従い、待ち構えていたウェイターがシャンパングラスを貴族たちに配る。 私はその時にキルステンに配られたシャンパンに違和感を感じた。
(なんだろう、何か沈殿物のようなものが見える。粉?)
原作にはここでキルステンが毒を盛られるという記述はない。キルステンの誕生祭は物語の始まりと、彼とヒロインの恋の始まりを告げるプロローグでし かない。しかし、彼がシャンパングラスに口をつけようとした瞬間、私はマントの隙間から飛びて出してシャンパングラスにジャンプしていた。
「にゃ、にゃ、にゃーん!(キルステン、それ、飲んじゃダメ!)」
「わっ!」
キルステンの低い声を聞くのは昨日ぶりなのに懐かしく感じる。
(声変わりする前の声も非常に可愛かったけれど、今の低い声も凄くイイ)
彼は私が突撃した衝撃でシャンパングラスを落とす。グラスは音を立てて床に割れた。ガラスの破片が床に飛び散り、辺りは騒然となった。
「なんだ、この猫はつまみ出せ!」
近衛騎士団長の低く咎めるような声がして、首根っこを一人の騎士に捕まれた。
(フェリクス?)
赤髪にルビー色の瞳をした私の幼馴染フェリクス・ダルトワ卿だ。 私は身を捩り彼の手首に噛み付いた。
フェリクスは驚いて私を振り落とす。
床に落とされた私は先ほど、キルステンが割ったグラスから盛れたシャンパンをペロリと舐めた。
(何これ、頭がボーッとする。体が熱い⋯⋯)
体が火照り、誰かにこの熱を鎮めて欲しいような不思議な感覚に陥りながら私は意識を手放した。