コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「それにしても、よく堪えたよね? あの時さ?」
「うん?」
手元で煮干しを弄びながら唱える私に、彼女はきょとんとして応じた。
ところは、東白砂地区の住宅地でひっそりと商う模型店を兼ねた駄菓子屋の店先。
味があると言えば聞こえは良いが、どことなく垢抜けない店構えに、不釣り合いなオープンデッキが備えつけられている。
とは言え、決して“ちぐはぐ”な印象はなく。工法の純化よりも、むしろ視覚的なイメージを優先している所為か、非常にまとまりが良い。
良くも悪くも“人間”を知り尽くす彼らにとってみれば、衆目にどう映るか、どのような第一印象を与えるべきか。最善のインプレッションを整えることなど、造作もないだろう。
“いやコレ完全に趣味ですよ?”と、そんな指摘にけろりと応じた彼女の表情が、記憶に新しい。
門戸には“天野商店”の看板が掲げられていた。
「ほら、この子とさ? あったじゃん、昔。ゴタゴタが」
「あぁ、あったね。 そういえば」
「丸くなったよ“ほのっち”も。昔のこと聞く限りだと、ホントにさ」
「あ? え、誰に!? や……、元からそんなに尖ってないってば」
私たちの目下には、プラスチック製のタライが据えられており、形のよい岩や砂利、青々とした藻草を友に、かのザリガメが健在している。
ただし、サイズは手のひらに乗る程度で、一般的な“ザリガニ”や亀と然して変わらない。
背中の甲羅には、もみじのような手形が今もなおくっきりと残されていた。
「ザリガメ見てもいいですか?」と、折りよく近所の小学生が声をかけてきた。
彼女らに煮干しをあずけ、私たちは手近のベンチを利用する。
「そういう望月さんも、もう高校生なんだよねー……」
「ん……」
何となく憂いを帯びた物言いを小耳に挟みつつ、小学生の一団を眺める。
各々その場にしゃがみ込み、わいわいと賑やかにタライを覗き込んでいた。
今も昔も、子供たちの好奇心は変わらない。
「通ってみる?」
「へ?」
「学校。ほのっちも」
「いやいや」
何とはなしに口にしたが、言うほど易いものではない。
編入手続きなど、割合にどうとでもなるのだろうが、彼女には歴としたお役目がある。 二足のわらじを履くには、未だいささか窮屈な世の中だろう。
「看板娘ですよ、私は」
「あ、自分で言っちゃうんだ?」
「へへへ」
「そういえば今日、史さんは?」
「あぁ、買い出しに行ってる。アイスの」
「またぁ? 何ていうか、大変だね」
今年もじきに夏が来る。
沖縄は早くも梅雨入りを宣言したそうだし、湿っぽい空気がこの町に流れ込んでくるのも、もう間もなくの事だろう。
「今年の夏、どうします? キャンプは去年行ったし」
「ん、キャンプは毎年でも全然いいよ」
「マジですか? じゃあどこがいいかなぁ?」
この時期になると、私は決まって思い出す。
彼女と出逢った日のこと。 “こちら側”へ、進んで足を踏み入れた日のこと。
折りしも、ザリガメにご執心だった子供たちが、“穂葉姉ちゃんまた明日!”と挨拶をくれて、元気よく駆けていった。
「気をつけてね!」
その背を見送る彼女は朗らかで、のんびりとした日常をつくづくと想起させるものだった。
この町は、今も昔も変わらない。
そう思えることが何よりの幸せではないのだろうかと、私はふとそんな事を考えるのだった。