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──ナーラの街。 そこは、古き都の風が吹き抜ける場所。
その街の入り口に、一人の女が降り立った。
全身を黒衣で包み、左目には白き封印 (ただの包帯)。
その佇まいは、まさに闇を統べる者──
あるいは、ただの中二病患者。
聖女ツバキは、バサァッ!とマントを翻し、
鼻をひくつかせた。
「……ククク。感じるぞ、ローザよ」
「はっ! 何を感じられましたか、聖女様!」
侍女のローザが、素早くメモ帳とペンを構える。
ツバキは街の彼方を睨みつけ、厳かに告げた。
「風に乗って漂う……
この香ばしき“混沌 (カオス)”の匂い……。
焦がれたソースの波動が、
我が嗅覚神経 (ノーズ・ゲート)を叩いている……!」
カリカリカリッ!!
ローザのペンが火を吹く勢いで走る。
『聖典追記:聖女様、ナーラにて“混沌の波動”を感知。大気の汚れすらも見通す神の鼻』
「……(ただのソースの匂いなんだけどな)」
ツバキは内心でツッコミつつ、さらにポーズを決める。
右腕で顔を覆い、指の隙間から鋭い視線を送る。
「探し物は近い……。
“小麦の牢獄”に幽閉されし、“黄金の蛇 (ヌードル)”……。
炭水化物と炭水化物の禁断の融合……」
ゴクリ、とツバキの喉が鳴る。
「我は求めん……その究極の背徳を……!」
「おおお……!」
ローザが感極まって震える。
「小麦の牢獄に、黄金の蛇……!
それはつまり、既存の体制 (パン)に封じ込められた、
革新的な思想(焼きそば)を解放せよとの啓示ですね!?」
「……Whatever (ワットエバー)」
「出ました! 古代神聖語『ワットエバー(神の御心のままに)』!!」
ツバキは、ただ焼きそばパンが食べたいだけだった。
なんなら紅生姜も乗せてほしいと思っていた。
だが、今の彼女は聖女。
焼きそばパンを買いに行くだけでも、
世界を救うような顔をしなければならない。
「行くぞ、ローザ。
“導きのパン屋”は、この先だ……!」
ツバキは颯爽と歩き出した。
その先に、運命の再会が待っているとも知らずに。
ふと、風に乗るソースの香りに、懐かしい友の言葉が蘇る。
『いい?焼きそばパンは概念よ。
理由?パンに紅生姜が乗ってる時点で、もう理屈じゃないでしょ?
……つまり、そういうこと』
意味不明なのに、妙に説得力のあるあの笑顔。
「……フッ。サクラ……今頃、地獄の底でも焼きそばパンを食べてるかな?」
ツバキは空を見上げ、ニヤリと笑った。
*
──その頃、ナーラの街の一角にある「パパパパパン屋」では。
店先には、暴力的なまでに食欲をそそるソースの香りと、
絶対に関わりたくない不審な空気が同時に漂っていた。
「……ふぅ」
一人の少女が、店の前に立っていた。
黒髪のショートカット。エプロン姿。
そして──右手には、漆黒の鈍器 (テレビのリモコン)。
左手には、三角形の鋭利な刃 (黒いハンガー)。
足元には、俊敏性を極めた戦靴 (うさぎの刺繍入りスリッパ)。
勇者カエデである。
「……周辺警戒、クリア」
カエデは誰もいない空間に向かって、
キレのあるハンドサインを送った。
そして、並べられた「焼きそばパン」に顔を近づけ、
小声で囁く。
「今日発売のシリーズ新作……『焼きそばパン★The 塩』
アンナさんと私で徹夜で開発した、奇跡の炭水化物×炭水化物……
大丈夫だよ、焼きそばパンちゃん……。
私が守るからね……。怖くないよ……いい子だね……」
カエデは慈愛に満ちた目でパンを眺めた。
周囲は恐怖に満ちた目でカエデを眺めた。
そして──ポケットの石 (ウィルソン)に話しかけた。
「……来るよ、ウィルソン!
風向きが変わった!! (※ただのそよ風です)」
『ああ……今日もキレキレだな、
カエデ。だが周りの視線が痛いぜ』(※脳内音声)
カエデはサッと身を翻し、
ショーケースの前を匍匐(ほふく)前進する。
「私が……守らなきゃ。アンナさんの魂を!
行列の整理と、転売ヤーの排除……
それが今日の私のクエスト!」
カエデの瞳に、決意の炎が宿る。
しかし、通りがかる街の人々の目には、
まったく別の光景が映っていた。
物陰から、数十人の視線が突き刺さっている。
ひそひそ……ひそひそ……。
「おい……どうするよ……」
「くそッ!たまらねぇ匂いだ……
あの『焼きそばパン』の新作だろ……?」
「腹が減って死にそうだ……
食いたい、今すぐかぶりつきたい……」
冒険者たちが涎を垂らしながら葛藤している。
「だ、誰か買いに行けよ……!」
「無理だろ! 見ろよあの店員!
さっきから虚空に向かってハンドサイン出してるぞ!?」
「パンに話しかけてるし……石とも会話してるし……
絶対ヤバい奴だって……!」
食欲 vs 恐怖 (ドン引き)。
街の人々は、パン屋の前でギリギリの精神戦を強いられていた。
しかしカエデには、彼らが「お腹を空かせているが、遠慮しているお客様」に見えていた。
「(みんな、恥ずかしがり屋さんなのかな?)」
カエデはニッコリと微笑み(周囲には『作り笑いが張り付いた不審者』に見えた)、
左手のハンガーを高く掲げた。
「いらっしゃいませー!!
今なら焼きたてですよー!!
美味しいですよー!!」
ピュンッ!!
気合を入れてハンガーを振る。
無駄に洗練された手首のスナップが、鋭い風切り音を生む。
「「「ひっ……! (ビクゥッ)」」」
客たちが一斉に身をすくめる。
でも匂いに釣られて帰れない。
地獄の我慢大会。
「あれ? まだ来ない?」
カエデは首をかしげ、今度は右手のリモコンを客に向けた。 なんとなく「地デジ」のボタンを押してみる。
ピピッ。
「うわぁぁ!? なんか黒い板を向けてきたぞ!?」
「何アレ……魔道具!? 魂抜かれるやつ!?」
「でもパン食いたい!! 畜生!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、食欲が足を止める。
逃げたい。でも、胃が命令を聞かない。
「ええっ!?なんで!?アンナさーん!?
お客さんがモジモジしてますー!
私の笑顔が足りないんでしょうかー!?」
カエデが店内に向かって悲鳴を上げる。
店の中から、アンナの豪快な笑い声が響いた。
「あはは! カエデ!
あんたの動きが不審すぎて、
みんな近づけないんだよ!面白いねぇ!」
「そっかぁ……私、面白いのかぁ……(照)」
「まぁ営業妨害とも言うねぇ!あはは!」
カエデは頬を染めて、ウィルソンを投げた。
シュッ!!
風を切り裂く鋭い音が響いた。
やがて──
──カーン!!
街外れの見張り台の鐘にヒット。
遠くで見ていた冒険者たちの顔面が蒼白になった。
「……おい……狙ったのか……今の……」
「……パンを買いに行ったら……
俺たちにも石が飛んでくるのか……?」
「でも……匂いがぁ……!!」
「……しかも店員、笑ってる。」
謎の奇行に拍車がかかり、ドン引き具合が加速した。
それでもパンへの執着で踏みとどまるナーラの民。
称賛に値する。
カエデは、ふと手を止めた。
胸の奥に、やたらとうるさい声が響く。
『いい?焼きそばパンは概念よ。
理由?パンに紅生姜が乗ってる時点で、もう理屈じゃないでしょ?
……つまり、そういうこと』
……カエデは、笑った。
「ほんとさ……サクラ、うるさいんだよ……」
──その時。
カエデの「ど天然センサー」が、何かを感知した。
ピクリ。
風に乗って、懐かしい匂いがした気がした。
ソースの匂いではない。パンの匂いでもない。
これは──
「……え?この、無駄にカッコつけた空気……
すごく……知ってる気がする……」
カエデは、街の入り口の方角を向いた。
そこには、黒いマントを翻し、包帯を巻き、
「ククク……」と笑いながら歩いてくる
不審な二人組の姿があった。
「……あれ?」
カエデが目をぱちくりさせる。
「あの中二病の人……ポーズの角度が、ツバキに似てる……?」
運命の (カオスな)再会まで、あと数秒。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラ語録】──
『いい?焼きそばパンは概念よ。
理由?パンに紅生姜が乗ってる時点で、もう理屈じゃないでしょ?
……つまり、そういうこと』
解説:
小麦と小麦の衝突事故。
本来なら許されない炭水化物の重ね技を、
たったひとつの「紅生姜」がまとめ上げる奇跡。
理屈でメシは食うな。本能でかぶりつけ。
サクラは、二人の紅生姜だった。