************
「ワイン風呂って知ってる?あれって自宅でもできるんだよ」
香代子が看護実習に入り、晴子が助っ人に入ってから10日ほどが過ぎていた。
夜、2人きりの弁護士事務所で、彼からそんなことを聞かれた。
「普通の風呂に100mlのワインを入れるだけでできるんだ。簡単だろう?」
「100ml?」
重たい六法全書を棚に戻しつつ、晴子は本棚に手をついた悠仁を振り返った。
「じゃあ、750のボトルでは130本くらいのワインが必要なんですね」
そう言った晴子に、悠仁は一瞬考えてから、
「それは100リットルだろ?俺が言ってるのは100ml。おバカさんだね、晴子は」
ふっと吹き出した。
もちろん、わざとだ。
悠仁の前ではいつもおバカさんでいたかった。
あからさまな誘いに気づけないような。
わからないまま食べられてしまうような。
だから、
「試してみる?」
上目遣いに目を光らせた悠仁の言葉の奥に潜む牙に、
「いいんですかぁ?」
気づかないふりをして着いていった。
「ワインにはポリフェノールの一種としてビタミンPというのが含まれていて……」
説明をしながら、後ろから抱えるように一緒に湯船に入った悠仁の指が、晴子の腕を上がってくる。
「含有成分のアルファハイドロキシ酸が、肩こりや冷え性によく効くんだ」
その指が鎖骨から肩に移動し、首に這わせた舌がチュッと浴室で響く音を立てる。
「タンニンが直接肌に触れることで、美肌効果も期待できるんだよ」
その両手が晴子の肩を滑り落ち、そのまま胸の膨らみを優しく覆う。
「……は……」
我慢していた声を漏らすと、それからの展開は早かった。
人差し指が的確に胸の突起を撫でる。
「……んッ」
たちまち硬くなったそこをスリスリと刺激すると、
「……はアッ……!」
晴子の口から今まで自分でも聞いたことのないような声が出た。
「……ぅんッ」
それを塞ぐように唇を奪われる。
まるで別の生き物のような舌に自分のそれを絡めて、喘げば喘ぐほど気化したワインが体の中に入ってきた。
白い肌も桜色の唇も、
尖った胸の突起も、茂みの奥にある敏感なそこも、
晴子の体を全部赤色に変えて。
************
「ふふ……」
漏れた笑いに、城咲が晴子の足の間から見上げた。
「なに?」
「……なんでもないわ。ちょっと息がくすぐったくて」
まさか、若い男に抱かれながら、想い人の若いときのセックスを思い出していたなんて言えるわけがない。
晴子は膝を立ててつま先を引き寄せながら、曖昧に誤魔化した。
「……へたくそだって思ってます?」
城咲が少し拗ねたような視線を向ける。
「幼稚なセックスだなって」
「まさか」
今度こそ晴子は声を上げて笑った。
「ちゃんと気持ちいいわ。その証拠に……ね?」
自分の下腹部を見てから、ねだるような視線で城咲を見つめる。
「……ああ」
城咲が意図を介したように頷く。
「こんなに濡れてますもんね」
そう言いながらまたそこに舌を付ける。
「……あ……」
吐息交じりの声が出る。
思えばそこを舌で愛撫されるのはいつぶりだろうか。
悠仁は最近は挿入が性急で、体の隅々まで愛してくれなくなった。
だからといって自分から愛撫をねだるのは悔しかったし、セックスの不満を口にするのはもっと嫌だった。
もうすぐなくなってしまう飴玉を恋しむように、舌先がチロチロと硬くなったそれを転がす。
溶け始めたアイスを掬うように唇がそれに吸い付く。
ゆるゆると、しかし確実にそのラインに向けて上がってくる。
目の前が真っ白に散るような、腰をがくがくと痙攣させるような、激しいそれではない。
ほんの少し蛇口を捻った水が、音もなくコップを満たすような、緩やかな絶頂。
「……あッ」
しかしそのラインを超えるギリギリとのところで、城咲は舌の動きを止めた。
「……んん」
思わず漏れた不満の声に城咲が微笑む。
「……まだ早いですよ」
城咲はそう言うと、若くなめらかな肌を滑らせつつ、晴子の上に覆い被さってきた。
◆◆◆◆
「……城咲さんっておいくつ?」
若くて体力も持続性もある城咲に愛されつくし、火照った身体を持て余しながら、晴子は柔らかい胸筋に頬を埋めたまま聞いた。
「今年28になります」
「え」
晴子は顔を上げ、城咲の顎先を見つめた。
ということはまだ27歳。輝馬と一つしか変わらない。
「……もっといっているように見えました?」
城咲が少し頭を起こし、その下に枕を滑りこませながら晴子を見つめた。
「よく老けて見えると言われるので」
「そんな」
晴子は城咲の乳首に息を吹きかけるようにふっと笑った。
「老けてるとかいう年齢じゃないでしょ」
「じゃあ、何歳くらいに見えましたか?」
城咲が少し拗ねたような顔で、片目を細める。
「……正直に言わなきゃダメ?」
「勿論」
「……そうね。30は過ぎてるかと」
「はぁ」
晴子はがっかりしたような城咲の表情を楽しみながら、若い肌に頬ずりをした。
「落ち着いて見えるってことよ」
「……落ち着いてなんかないですよ」
城咲は晴子の肩から頭に腕を回した。
「お前は一人っ子だから甘えん坊なんだと、よく父に叱られました」
その優しくて大きな手が頭を撫でるたび、とろみのある睡魔の波が打ち寄せてくる。
「……そう」
一人っ子だから、甘えん坊で。
いつかどこかで、そんな言葉を聞いたことがある気がした。
「まあ晴子さんに、ちゃんと男として見られていたならいいですけど」
「……当たり前じゃない」
背は高いし。
顔もハンサムだし。
肌もすべすべで、
スリムなのに筋肉もちゃんとついていて。
アレだって、
硬いし、
大きいし、
セックスも、
ものすごく、
よかった。
どこまで言葉で伝えられたかはわからなかった。
27歳の城咲と、26歳の輝馬。
もし輝馬に抱かれたらこんな感じなのかと、馬鹿らしいことを考えているうちに、
晴子は数週間ぶりの色疲れに酔いしれて、眠り込んでいた。
************
「いやあ、だめですね。一人っ子だから甘えん坊で」
「早くに母親を亡くしたのもあるかもしれないけど」
「本当に市川さんのところの……ちゃんにお世話になりっぱなしで」
「……ちゃんのお母さんだぞ。ちゃんと挨拶しなさい」
「ほら。りつき!」
************
「僕は少し時間をおいてから行きますので」
マンションの駐車場に着くと、城咲は人目を気にしながらも助手席のドアを開けてくれた。
「……大丈夫ですか」
動こうとしない晴子をのぞき込む。
「え……ええ」
晴子はそう言いながらやっとシートベルトを外し、足を地面について立ち上がると、アレンジメントを抱きしめながら、城咲の脇を通りすぎた。
どうしたのだろう。
身体がおかしい。
悠仁といくら肌を重ねてもこんなことになったことはなかったのに。
まるで骨の芯から酔っぱらってしまったかのように、足元がフラつき、思考がボヤけ、顔がニヤけてしまう。
「………!」
晴子はエントランスのミラーに映るあまりにだらしない顔に、慌てて頬を叩いた。
◆◆◆◆
部屋に戻り、美容院の予約時間に焦ってついそのままにしていた洗い物をした。
「…………」
気が付くと、洗ったばかりの鍋には、ビーフシチューができていて、
「…………」
食べ終えた皿が3枚、流しに舞い戻っていた。
「…………」
皿を洗っていたはずの自分の手は、今日の情事で軽くはれ上がったヴァギナを風呂で優しく洗っていて、
「…………」
ベッドの中で、城咲を思い出して指を挿入していた。
『晴子さん……』
目を瞑ると城咲の声が聞こえる。
「……んッ……くっ……!」
夫の寝息が静かに聞こえる部屋で、晴子は壁を挟んだ向こう側にいるであろう隣人を想いながら、何度も何度も達した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!