テラーノベル
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夜の雨は、 夜明けとともに止んだ。
森の木々から、 雫が静かに落ちている。
エレナは目を覚ました。
昨夜、 二人は森の洞窟で休んでいた。
浅い眠りだった。
追撃隊の角笛が、 夢の中まで追いかけてきたからだ。
「……起きたか。」
ルシアンの声がした。
洞窟の入口。
朝日に背を向け、 外を見ている。
「おはよう。」
「おはよう。」
エレナは起き上がった。
その時。
「っ……。」
肩が痛む。
昨日、 転んだ時に擦りむいた傷だった。
ルシアンが振り返る。
「見せろ。」
「大丈夫。」
「見せろ。」
少しだけ強い口調。
エレナは苦笑して、 腕を差し出した。
傷は赤く腫れていた。
ルシアンは黙って見つめる。
その横顔は、 どこか苦しそうだった。
「……どうしたの?」
「いや。」
目を逸らす。
「血が。」
エレナは気づいた。
小さな傷。
けれど。
そこから、 人間の血の匂いがする。
ルシアンは一歩下がった。
「近づくな。」
「え?」
「……頼む。」
エレナは戸惑った。
ルシアンは拳を握る。
「昨日。」
小さく呟く。
「おまえを傷つけた奴を見た時。」
「うん。」
「本気で殺そうと思った。」
静かな声だった。
「今は。」
少し俯く。
「血を見てるだけで。」
苦しそうに息を吐く。
「少しだけ。」
「噛みたくなる。」
洞窟が静かになる。
エレナは黙った。
怖くない。
そう言えば嘘になる。
けれど。
ルシアンは、 自分から距離を取っている。
傷つけたくないから。
その気持ちは、 ちゃんと伝わっていた。
成瀬りん
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comi
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NGS_ヘビーなしっぽ
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「……ルシアン。」
「近づくな。」
「聞いて。」
「駄目だ。」
「聞いて。」
ルシアンは目を閉じた。
エレナは一歩近づく。
「私。」
小さく笑った。
「あなたが怖いんじゃない。」
ルシアンが目を開く。
「あなたが、一人で我慢する方が怖い。」
風が吹く。
洞窟の外で、 鳥が鳴いた。
ルシアンは苦笑した。
「変な奴。」
「よく言われる。」
「知ってる。」
少しだけ、 二人は笑った。
その空気が、 緊張をほどいていく。
ルシアンは傷を布で巻いた。
「これでいい。」
「ありがとう。」
「痛いか。」
「ちょっとだけ。」
「……悪い。」
「どうして?」
「おまえを。」
包帯を結びながら言う。
「こんな目に遭わせた。」
エレナは首を振った。
「違う。」
「違わない。」
「違うよ。」
彼女は笑った。
「私が選んだ。」
ルシアンは手を止めた。
「港を出たのも、あなたと逃げたのも、全部。」
優しく笑う。
「私が決めた。」
ルシアンは何も言えなかった。
その言葉が、 胸に刺さる。
エレナが聞く。
「ねえ。」
「なんだ。」
「後悔してる?」
ルシアンは即答した。
「してない。」
「本当に?」
「本当。」
少し考える。
「でも。」
「でも?」
苦笑する。
「おまえの日常を盗んだ。」
エレナは首を傾げた。
「盗んだ?」
「ああ。」
「家族も、友達も、故郷も。全部。」
風が吹く。
「俺が奪った。」
エレナは静かに聞いていた。
「だから。」
ルシアンは苦く笑った。
「……今なら、まだ返せる。」
エレナは目を瞬いた。
「返すって……?」
「近くに町がある。」
ルシアンは森の向こうを見た。
「おまえだけなら、そこまで送り届けられる。」
「ルシアン……?」
「追撃隊も、人間も。」
彼は静かに続けた。
「狙っているのは俺だ。」
「おまえだけなら、生きられる。」
エレナは首を横に振った。
「……駄目。」
ルシアンは困ったように笑う。
エレナは一歩近づいた。
「あなたは?」
ルシアンは答えない。
「あなたは、どうするの?」
長い沈黙。
やがて彼は小さく言った。
「……俺は、どこかへ逃げる。」
エレナは少し怒ったように眉を寄せた。
「嘘。」
「嘘じゃない。」
「嘘。」
エレナは一歩近づいた。
「一人でいなくなるつもり。」
ルシアンは黙る。
「そうでしょ?」
答えない。
それが答えだった。
エレナは少し怒った。
「ずるい。」
「え?」
「私の人生を盗んだって言うくせに。」
涙を堪える。
「自分だけ、いなくなるの?」
ルシアンは困った顔をした。
「……エレナ。」
「嫌。」
「聞け。」
「嫌。」
「危険なんだ。」
「嫌。」
エレナは彼の手を掴んだ。
「返さなくていい。」
ルシアンが目を見開く。
「私の日常も、未来も、運命も、全部。」
少し笑う。
「あなたが盗んだなら――」
その手を強く握る。
「あなたのも、私が盗む。」
風が止まった。
ルシアンは、 しばらく何も言えなかった。
やがて。
困ったように笑う。
「……それ、なんだかずるくないか?」
「お互い様。」
二人は笑った。
その時だった。
風に乗って、 音が聞こえた。
鈴。
違う。
金属。
鎖。
ルシアンの顔色が変わる。
「……まずい。」
「え?」
「追撃隊じゃない。」
森の向こう。
白い外套。
銀の鎧。
黒い馬。
数人の影。
「何、あれ。」
ルシアンが呟く。
「……狩人。」
「狩人?」
「ヴァンパイア専門の賞金稼ぎ。」
その中の一人が、 ゆっくり剣を抜いた。
「見つけた。」
静かな声。
「禁忌の逃亡者。」
ルシアンはエレナを庇う。
男は笑った。
「面白い。」
「ヴァンパイアが。」
「人間を守ってる。」
剣先が向く。
「なら。」
冷たく言った。
「その人間ごと狩ればいい。」
エレナの心臓が跳ねた。
ルシアンが、 静かに彼女へ言う。
「エレナ。」
「うん。」
「絶対に。」
その瞳は、 真っ直ぐだった。
「離れるな。」
エレナは頷く。
「うん。」
「絶対に。」
その手を握る。
「離れない。」
狩人たちが剣を構える。
朝日が、 銀の刃を照らした。
そして。
逃亡者となった二人の前に。
新たな追手が、 静かに牙を剥いた。
――
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