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「あ~離したくねえ」
「ちょっと苦しくなってきたかも」
「いや、そこは『オレも離れたくない~』じゃ、ねぇのかよ」
「ミオミオ夢見すぎ」
そう軽口をたたきながら、空は俺の腕の中ですっぽりと収まっていた。
あの後、空は俺から離れようとはせず、俺もそれを拒まなかった。苦しいと言いながらも離れないところを見るとそこまで嫌ではないらしい。
「それで、ミオミオから謝ってくれるって言ったんじゃん?オレ結局、謝罪の言葉聞いてない気がするんだけど」
「あーあぁー」
「はい、誤魔化さない」
と、腕の中からじとりとした視線を送ってくる。
空の言う通り、俺から空へ伝えると約束したのだが、いざとなると中々言い出すことが出来ず、こんな時間になってしまったのだ。
俺は、大きくため息をつき、覚悟を決める。
空は俺の言葉を待っているようだったが、もう半分許しているとでも言うような顔をしていた。まあ、それでも謝ろうって決めたんだし曲げるのもあれかと思い俺は口を開く。
「悪かった……お前に八つ当たりしたこと、凄ぇ後悔してる。お前だって悲しいって分かっていたはずなのに、俺はムキになってたし、お前の行ったとおり自暴自棄になっていた。前を向かなきゃいけなかったのに、それを俺は否定しちまって……本当に悪かった」
「え~そこは、普通ごめんなさいじゃないの?」
「お前……」
「ううん、でもいいよ。その言葉ちゃんと聞きたかったし、言ってくれただけでも幾らか救われる」
空はそう言って、俺にすり寄ってきた。身長差がかなりあるため、俺の首元に空の頭が埋まる形となる。空は俺が話したことを噛みしめるように目を閉じていた。
空が満足するまで俺は待とうと、俺は黙ったまま頭を撫でてやる。暫くすると落ち着いたのか空は顔を上げ、俺を見上げた。
「オレもごめんね、ミオミオだって辛いって分かってた。オレの事思って泣かなかったんでしょ? オレが泣いてるって知ってたから」
「……うっ」
「オレより泣き虫なのによく我慢してたなあって思って、凄く感心しちゃった。でも、泣きたいときは泣いていいと思う。格好悪くないよ」
そう、空は俺に言う。
空の言うとおり確かに俺は空よりも泣き虫だ。負けず嫌いですぐにカッとなる。影でなく空と違って周りに人がいてもお構いなしだった。
そんな俺が、今回二人の死を受けて泣かなかったのは、少しでも成長したと言い聞かせたかったからだ。誰かに配慮できるそんな人間だと示したかったから。だが、泣いておけばよかったと思った。本当に今更だが。
「でも、ありがとう。澪。オレの事気にかけてくれて。オレ、澪がいてくれて本当によかったと思ってる」
「知ってる……だって俺達ずっと一緒だろ?」
そう言って、互いに笑みを浮かべた。
空はきっとこれから先も俺の傍に居てくれるだろう。俺がこの世にいる限り。
空の温もりを感じながら、俺はそんなことを思った。
ずっと隣にいて、これからもずっと一緒だろうと、そう思っている。でもブレーキがかかってしまうのは、彼奴らを見ているから。絶対は無いものだとは理解している。頭では。
「うん、この同居も終わることないし、オレ達はずっと親友だと思う」
「ああ、親友だな」
「……」
「…………」
そこまで言って、互いに笑顔が固まってしまった。
言いたいことは分かっている。そでも、言い出さないのは、互いの気持ちを理解し合って、両片思いから両思いだと分かってしまったから。それでも、そうじゃないと「親友」であると言い通そうとしている。
「……オレ、『そういう』意味で澪のこと好きだよ」
「俺も『そういう』意味でお前の事好きだぞ。空」
「……」
「…………」
沈黙が続く。
互いに好き合っている。だが、それを口にしないのは、それを認めてしまうと今の関係を崩してしまうかもしれないという恐怖があるから。
それに、男同士だし、世間体が悪いってのもあるのかも知れない。
でも一番はそうじゃない。
「オレ、凄く怖いんだ。ユキユキとハルハルを見ていたから。ハルハルがね、ユキユキに置いていかれたとき、オレは絶対こうなりたくないなって思ってしまったんだ。最低だと、友人として思ったけど、それぐらい怖かった。オレ達って警察だから何があるか分からないし、それも捌剣市で働いているし。だから、縁起でもないこと言うけど、オレか澪、どっちかがいなくなったとき、『そういう』関係だったら辛いんじゃないかって、思って」
「……俺も思った。お前の言いたいことも分かるし、俺だってそうだ。それでも、俺は」
「そういう」意味で好きだ。そう言えればよかったが、口にしなかった。危うく「恋愛感情」を持っている、そういう意味での「愛」だと言いかけそうになった。これは、言わないと、俺も空も決めている。
今の関係のままでいるためには、こっちは口に出しちゃいけない。
好きでも、それを押し殺せるほどの思いで。
神津と明智を見ていたから、見てしまったから、俺達はああなりたくないと思った。どちらかを置いて言ってしまうなんて事、残された側も逝っちまった側も永遠に悔やみ続け引きずり続けるだろうから。なら、「恋人」ではなく「親友」でいる方が、幾らか肩の荷は軽いんじゃないかと。そう思った。
まあ、とらえ方の違いなんだ。
「……ねえ、澪。もう次の瞬間ぐらいには、この話一生しないからさ……最後に、あの、えーっと」
「何だよ。改まって、言いたいことあるならはっきり言えよ」
いきなり動揺し始めた空に眉間に皺を寄せつつ問い詰めれば、空は耳を真っ赤にした。
ぷっくりと潤った唇を見て、俺は空の考えていることが分かった気がし、こっちまで恥ずかしくなってきた。
俺は無意識に、空の唇を撫でていた。彼は肩を上下させ俺の方を見る。
「空……」
「あっ、あ……矢っ張りいいや。大丈夫! うん。オレ達これからも『親友』だもんね」
と、俺の胸板を押して離れる空。
今になって怖じ気づいたか。俺も、まあ言われなきゃしなかっただろうし、どうせ次の瞬間には「親友」に戻るわけだから、しようが、しまいが変わらないだろう。もう二度と出来ないだろうから。
「あーえっと、お腹空いた! 何か食べよう!」
「そーだな。つまみとかでいいか?」
「えーカップラーメンにしよーよ」
「お前、カップラーメン嫌だとか言ってたじゃねぇか」
それは前、今は気分なの。と俺の背中を押して、キッチンへと向かわせる空。
そんな空を見ながら俺は小さくため息をつく。
これで良かったんだ。俺達が決めたことだと、そう言い聞かせる。この先もずっと一緒に居るために。
そう誓って、愛を友愛に変えたはずなのに、何を間違ったのか、数週間後空は飛行機の墜落事故にて、還らぬ人となった。