テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
駐車場に戻った怜と奏は、それぞれの楽器をケースに収納した後、車に乗り込み、豪の車の後についていく。
到着した場所は、以前、豪と奈美がまだ付き合う前に、二人で訪れたイタリアンレストランだという。
店内に入り、窓際の席に案内された四人。
外を見やると、遅い午後の陽光に包まれた湘南の海が目の前に広がり、キラキラとした輝きに深みが増している。
パスタやピザ、サラダの他にも、牛肉のトマト煮込み、ほうれん草とベーコンが入ったラザニア、アクアパッツァなどの一品料理も注文し、四人でシェアして食事を楽しんでいるところだ。
「海辺をのんびり歩いて景色を眺めるのも、いいモンだよな」
豪が外の景色を見ながらポツリと言うと、怜がすかさず、
「お前は奥さんとずっとイチャイチャしてただろ。こっちは目のやり場に困ってたんだからな?」
と、ツッコミを入れる。
「私は、葉山さんと奏が二人で楽器を吹いてるのを見て、何か感激しちゃった」
三人の会話に、奏は緩やかな笑みを見せて聞き役にまわる。
和気藹々とした雰囲気で食事を楽しみ、レストランを後にした四人は、渋滞に巻き込まれながらも本橋夫妻の自宅へと戻った。
***
「怜。この後、音羽さんを送るんだろ? 帰り気を付けてな」
「奏、葉山さん、今日は楽しかったです。またお出かけしましょうね」
本橋夫妻の自宅前に到着した時には、既に漆黒の闇が空を覆っていた。
豪と奈美が自宅駐車場の前に立ち、助手席に奏を乗せた白いセダンを見送る所だ。
「豪、奥さん、今日は誘ってくれてありがとうございました。奏さんは俺が責任を持って、ちゃんと送り届けるよ」
怜が運転席の窓を開け、親友夫妻に声を掛けると、二人は楽し気にニコニコしている。
奏も身体を少し前傾させて、運転席越しに挨拶を交わした。
「旦那さん、奈美、ありがとうございました。また誘って下さいね」
言いながら奏は、この夫婦の笑顔に怪しさしか感じない。
(もう……奈美も旦那さんも、私の胸の内を知ってるからって……)
白のセダンが滑らかに発進すると、サイドミラー越しに、いつまでも手を振っている親友夫妻が徐々に小さくなっていった。
「あの夫婦の仲の良さには参ったな……」
「私は呆れてますけどね」
奏が盛大にため息を吐き、乾いた笑いを見せる。
「でも、何だかんだで今日は楽しかったな。君のトランペットも聴けたし、即席アンサンブルもできたし」
少し間を開けて、怜が低い声音ではっきりとした口調で奏に言う。
「……君の笑顔も見られたし」
彼の言葉に、どことなく重みを感じた奏は、何と言葉を返していいのかわからない。
考え抜いた末、奏は楽器のお礼を述べる事しか思いつかなかった。
「私の楽器、あんなに綺麗にしてくれて、音も出しやすくしてくれて、本当にありがとうございました。ピカピカになって、すごく嬉しかったです」
奏がぎこちなく笑みを零すと、怜がステアリングを握りながら『どういたしまして』と答えた。
カーステには、二人の共通の好きな曲でもある、T–SQUAREの『WHEN I THINK OF YOU』が流れている。
「しかし、このハイパーサックスプレイヤーの音色は、いい意味でヤバいな。ゾクゾクする」
「そうですね」
この会話以降、車内に沈黙が支配する。
カーステから流れているあの曲は、ちょうどサビの部分が流れ、奏の胸の奥がキュンと切なく痛み、苦しくなってしまう。
怜を横目でチラッと見やる奏。彼は前を見据えたまま、無言で運転している。
しかし、その表情は、眉根を寄せて何かを迷っているようだった。
彼の白いセダンは、あっという間に国立を抜けて立川に入り、奏の自宅近くに到着した。