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第2話:絶香者の孤独
昼休みの中庭。冬の陽射しが、芝生に散った香波の光を淡く照らしている。
橙色の波が跳ねるのは、隅でバスケットボールをしている上級生たちのものだ。
その輪の外で、庭井蓮はベンチに腰掛け、缶コーヒーを片手にしていた。
蓮の背は高く、長い足を組み、制服のズボンの裾からは硬いブーツのつま先が覗く。肩までの黒髪を後ろでゆるく束ね、額からは一筋だけ前髪が落ちる。その下の目は鋭く、しかしどこか眠たげな琥珀色だ。首元の黒い抑制バンドが、彼が絶香者である証。
近づくだけで、周囲の香波が乱れる。拓真の視界では、近くの生徒たちの波が一瞬で霞み、色が消えた。
「また昼から外か?」
「教室は狭いし、俺がいると全員の香波が狂う」蓮は淡々と言う。
香波社会では、絶香者は“香波無効化”の切り札として価値がある一方、日常生活では嫌われやすい。匂いが強すぎる、波を乱す、集中できない——そんな理由で、絶香者は自ら距離を取ることが多い。蓮も例外ではなかった。
そのとき、二人の前を女子生徒が通りかかった。薄桃色の波がひらひらと漂う彼女は、手で口元を覆いながら小さくつぶやく。
「……臭っ」
拓真は一瞬、言葉を飲み込んだが、胸の奥で何かがざらついた。
「なあ蓮、気にしてないって言うけどさ……」
「気にしないようにしてるだけだ」
蓮はコーヒーを飲み干し、空き缶を軽く握り潰す。その掌からは、波も匂いも漏れていなかった。完全に抑制している——はずなのに、偏見は消えない。
拓真は視線を落とし、自分の両手を見つめた。淡い緑の波が、指先から小さく揺れている。昨日、一瞬だけ赤に変わったときの感覚が蘇る。
——もしあの力を制御できれば、蓮の隣で堂々と立てるかもしれない。
「蓮、俺……もっと波を強くしてみたい」
唐突な言葉に、蓮は片眉を上げる。
「お前が? 緑からか?」
「一瞬だけ赤になったろ。あれを続けられるようになれば、何か変えられる気がする」
蓮はしばらく拓真を見つめ、口角をわずかに上げた。
「……面白い。じゃあ放課後、俺が鍛えてやる」
冬の風が、二人の間をすり抜けていく。
その冷たさの中で、拓真の胸には確かな熱が芽生えていた。