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第3話:緑から赤へ訓練開始
放課後、体育館裏。冬の夕陽が、コンクリートの壁に長い影を落としている。
辺りにはほとんど人影がない。香波訓練には静かな場所が必要だ——特に、絶香者が全力を出すならなおさらだ。
庭井蓮は黒い抑制バンドを外し、片手で髪をかき上げた。
その瞬間、拓真の視界が一変する。
壁際や地面に漂っていた他人の香波が、一気にかき消える。まるで世界から色が抜け落ちたような、静かな無香域。
蓮の姿は、制服の上着を脱ぎ、黒いシャツと細身のズボンだけ。肩幅が広く、体つきは鍛えられている。鋭い琥珀色の目が、拓真をまっすぐ見据えていた。
「いいか。お前の香波は弱くても安定してる。それが強みにも弱みにもなる」
「弱みはわかるけど……強みって?」
「制御が効く。強香波者は感情で暴走しやすいが、お前は意識的に波を積み上げられる」
蓮はポケットから小さな金属片を取り出し、地面に置いた。
「これに触れながら、怒りでも不安でもない、強い決意を思い浮かべろ」
拓真は膝をつき、金属片に指先を触れた。
淡い緑の波が、じわじわと広がる。深呼吸をして、昨日の瞬間を思い出す——
守らなきゃ、立たなきゃ、その時の胸の熱。
緑の揺らぎが黄へ、そして橙色へと変わる。心拍が速くなるにつれて、色は赤に近づいていく。
「……もう少しだ、落ち着け!」蓮の声が飛ぶ。
一瞬、拓真の手元が赤く輝いた。
だが次の瞬間、心臓の鼓動が乱れ、色は緑に戻る。
「ちくしょう……」
額に汗が滲む。
蓮は微かに笑った。
「一瞬でも赤になった。それが今日の収穫だ。お前の波は、もう動き始めてる」
遠くで部活動の掛け声が響く中、拓真は赤への手応えを確かに感じていた。
——これなら、蓮の隣で戦える日が来るかもしれない