「……ん」
下腹部に生温かさを感じる。目の前は真っ暗で何も見えない。
(……あぁ、記憶の中に落ちているうちに寝落ちしてしまっていたのか)
すぐにそう気が付けたが、生温かさと一緒に心地いいぬるっとした感触が体を包み、俺は慌てて目蓋を開いた。そして目にした光景を前にして、我が目を疑う。
「んなっ!——あっ♡」
ぬるりとした感触せいで我慢出来ず、大きな声をあげてしまった。
こちらが起きた事に気が付いたのか、ちゅぽんっとわざと音を鳴らし、焔が口からとんでもないモノを引き抜いた。……俺の、陰茎だ。主の意思とは無関係に大きく、硬くなったモノが唾液と先走りとでべっとりと濡れて窓から差し込む日差しのせいで光って見える。恥ずかしい以外の事が考えられず、俺は俯き、目元を手で覆った。
「アンタって鬼は……」
呆れ声で呟くが、当人は全く気にする様子なく、人のモノの根本を握ってくる。
「強情だなぁ。好感度が邪魔でもしているのか?八十を超えれば性交渉だって出来るんだろう?」
「よく知っていますね。——って、二周目だもんな、当然か」
「お前が教えてくれたんだぞ?」
上目遣いでこちらを見て、濡れそぼるモノに頬擦りをしてくる。燃えるような色をした瞳を細め、赤い頬、雑な息遣いでもう、完全に焔が興奮状態にある事を察した。
「……全部、何もかもお前が俺に教えたんだから、責任は取ってもらうぞ」
そう言って、高揚した顔をする焔が、ソファーに座っている俺の脚の上に跨ってきた。風呂場で見た裸体が着物姿の彼と重なり、どくんっと心臓が鼓動を早める。 紺色をした着物の重なりがはだけ、細く雪のように白い脚が露わになった。そそり立つ陰茎が着物を押し上げ、布地にシミができていて、この先への期待感だけで今にもすぐに達しそうに見えるはきっと気のせいではないだろう。
(まさか、中に何も穿いていないのか?)
この男は、ソフィアが出掛けたら、今日こそは俺と最後までヤル気満々だったのかと思うと、こちらまで興奮してくる。焔の下腹部から視線が逸らせぬままごくっと生唾を飲み込むと、彼は照れ臭そうに軽く笑った。
「今まではずっと、お前の方が俺を求めてばかりいたんだがな」
「じゃあ、どうして今回はこんなにもアンタの方が積極的なんだ?」
猫を被る余裕も持てない。陰茎の切っ先が焔の脚で擦れ、目の前がクラッと揺れ、俺は彼の腰を掴んだ。
(もうしっかり濡れているし、このまま押し込めるんじゃないのか?)
息が苦しく、呼吸をするのが辛い。思考能力がどんどん低下していくのがわかるが、それでも無理に理性へと手を伸ばしたくなる。
可愛い、愛おしい、触れていたい、ずっとずっとずっと——
そう思うのは確かだ。この感情が『恋愛シミュレーションゲーム』がゆえに存在する『システム』に強制された感情ではないと感覚的に確信している。なのに触れる事に躊躇し、理性にしがみつこうとしてしまう。
今度こそ、ちゃんと大事にしたい。
その考えが全ての邪魔をし、ねだるみたいに俺の亀頭に自らの濡れる蕾を擦り付けてくる焔の体を、下へと無理に落とす事が出来なかった。
「い、挿れない……のか?」
口の端から唾液を流し、期待と涙の溜まった瞳をこちらへ向ける。ここまで俺を襲っておきながら、自分から俺を受け入れる度胸はまだ無いみたいだ。
「……い、いいんだろうか。このまま……して、しまって」
「何か問題があるのか?……実は、城とかに、好きな奴でも、いるとか」
「それは無い!」
間髪入れずに断言すると、「よかった」と弱々しく囁いて俺の肩に手を置いた。その手が少し震えている。こんなにも大胆な事をしつつも恥ずかしいのか、実はちょっと怖いのか。やっぱり止めておこうと言うつもりで「焔……」と彼の名を口にした。
「……ん?何だ、“竜斗”」
嬉しそうな声で急に本名を呼ばれ、心臓を鷲掴みされたみたいな気持ちになった。と同時に、腰を掴んでいた手に力が入り、下へと無自覚のまま動かしてしまう。
「んあぁぁぁっ!」
小柄な焔の体が反れて後ろに倒れそうになった。慌てて手で支え、胸の中に引き戻したが、下へ視線をやると、顔に似合わず猛々しい彼の陰茎からドクドクと白濁とした精液が大量に吐き出されていて二人の着ている服を白く汚していた。
ひどく狭隘な蕾のナカが強くモノを締め付け、快楽を欲しているのがわかるが、今動けば気が飛んでしまうのではと思う程焔は朦朧としているように見える。「あ、ぁぁっ」と何度も呟き、時折肩を跳ねさせ、ぎゅっと俺の服の胸元にしがみついた。
「きゅ、急に……挿れるな。驚く、だろう、が」
か細い声でそう言って、こちらを見上げてくる。そんな顔を見た瞬間、本名を呼ばれた時のような衝撃が再び胸を貫き、次の瞬間には挿れたまま体勢を無理矢理変えさせ、ソファーの上に焔を押し倒していた。
「……リ、リアン?」
驚いた顔をする焔に向かい、「違う。俺は、“竜斗”……だろう?」と言って、激しくナカを揺さぶった。
「あ!んああっ——急に、うごぃっ。ダメだそんな——」
そんな言葉はもっとしてくれという意なのだと受け取り、肉壁を遠慮なしに抉る。前立腺をぐぐっと押し込んでしまうたびにあがる嬌声が可愛くって堪らず、何度も何度も攻めたてる。
「やめっ、んんっ」
「嘘はよくないぞ?素直に『気持ちいい』って、『もっと激しく』って言わないとダメじゃないか」
体が揺れるたびに着ている着物が崩れる。胸元がすっかり露わになると、桜色をした乳首がピンと立っていることに気が付いた。いじって欲しそうに見え、指先で摘んで引っ張る。嘘つきには罰が必要だからなと言わんばかりのタイミングだったせいか、焔がボロボロと涙を零した。
「む、無理言うなぁ」
泣き声が可愛くって、もっといじめたくなる。だがこのまま流されては初日の二の舞になって記憶がぶっ飛んでしまいそうな気がし、何とか寸前で踏み止まった。なのに、だ——
「な、まぇで。俺も、紅焔って、本名で、よば…… っ」
「——っ⁉︎」
一周目の事なんか覚えてないくせに、焔が『本名で呼べ』と言って名前を教えてくれたという事実が嬉し過ぎ、完全に理性の糸がブツンッと大きな音を立ててブチ切れてしまった。ほんの数十分の間に渇望してやまなかった願いが二つも叶ったのだという事が不思議と確信出来る。そうなったらもう行動に歯止めなんか利くはずがなく。大事にしたい、好きなんだから余計に。そう思う気持ちが完全に隅へ追いやられる。
「紅焔!」
勢い余って首筋に噛みつき、歯形が残るどころか、血が滲み出した。なのに噛むのを止められず、八重歯を突き立ててしまう。痛そうに焔が身をよじろうが、構わず続けた。
美味しい……。飲み込んだ彼の血が甘く感じる。腹の奥を満たし、体の機能が回復してもいく。
「コレだと、いくらでも抱けそうだな」
腰を軽く動かし、内壁をぐるっと撫でてやると、焔は「ひぐっ」と声をあげながらも俺の腰に細い脚を絡めてきた。
「ははっ。好きにしろ、竜斗。この先はもう、いくらだって……シテもいいんだぞ?」
コレは、夕方までにカタが付くんだろうか?
そんな疑問も、焔からの噛み付くような口付けのせいで、すっかり鳴りを潜めていった。
「——すっきりしたな、竜斗」
濡れた髪をガシガシとタオルで拭きながら、爽やかな顔で言われた。まるでスポーツでもしてきた後みたいな焔の態度とは相反し、俺の方は罪悪感に苛まれている。
「……大事にしたかったのに、二周目に突入してたった二日目でもうコレとか……ホント、勘弁してくれ」
項垂れながらブツブツ文句を言っていると、風呂上がりでまだ濡れたままの背中を焔がバシバシと叩いてきた。
「直前まで、風呂場でも散々襲ってきておいて、どの口が言ってんだか」
「不可抗力だ!挑発的な目で見られたうえに、濡れ肌で全裸だぞ?その上めちゃくちゃノリ気で咥えられりゃあ、スルのは当たり前だろうが!」
キレ気味に言ってしまい、慌てて口を閉じる。言い過ぎたか?と思ったが、焔の方は何だかとても楽しそうだ。
「前はお前の方が初日から襲ってきたんだぞ?しかも突然『精液を飲ませろ』なんて言われて、戸惑ったのなんのってな」
「……変態かよ」
「や、お前の事だからな?」
ドン引きしている俺に向かい、焔が即座にツッコミを入れる。素の口調で喋ろうが何も言われず、距離の近さに段々嬉しくなってきた。
(それにしても、話に聞く一周目の自分と、今の自分の考え方や行動に随分と差があるように感じるんだが、何でなんだろうか?)
俺が不思議に思っていると、焔が俺の首にかけたままにしてあったタオルをぐっと引っ張り、上半身を前のめりにさせられた。
顔を近づけ、「そんなふうにボケッとしてると、今回は俺からもっと積極的に襲うから覚悟しておけよ?」と耳元で囁かれる。吐息混じりのその声のせいで、また下っ腹が軽く疼いたが、流石にもう時間が無い。コレは何とか気を散らして堪えろと自分に言い聞かせる。
「こ、今回はって——」
「前回は、お前だけが俺を追っていたような感じが多少あったからな。だが『リアン』が『竜斗』ならば、もうこっちだって遠慮は無しだ」
ニッと笑う焔の顔は完全に捕食者のモノだ。その表情を見て俺は、やっと『焔を大事にしたい』という考えの裏に隠れた己の願望に気が付いた。
(あぁそうか……俺はこの鬼に欲してもらいたいんだ)
ずっと今までは、彼を求め、追いかけるばかりだった気がする。だから今回は、求められる立場になる為、『大事にする』という名目を掲げて、今までとは違う立場を堪能したいんだ。その為には、今までの記憶なんか無いままの方が都合がいいのか。まぁ、企画やシステムの関与のせいも勿論あるだろうが。
納得し、ニコッと微笑みを焔に向ける。
「楽しみにしていますよ、紅焔」
本名で呼んだ途端、焔の顔が真っ赤に染まる。『俺から襲うぞ』と宣言してはいたものの、やっぱりちょっと照れ臭そうだった。
『——只今戻りましたぁ……』
力無い声が出入口の方から聞こえてくる。
「ソフィアが戻ったな」
「みたいですね」
一足先に着替えを済ませた焔が脱衣場から出て、居間のようなスペースへ先に戻って行く。
俺もさっさとシャツを羽織って、髪を乾かす為にタオルを頭に被せて後を追った。すると、急に「げっ!」と変な声をあげて焔が一歩後ろに下がる。何かあったんだろうか?と思い、焔の背後に立ち……俺も次の瞬間には「——うわっ」と呟いていた。
「お久しぶりっす!元気にしていましたか?いやぁ主人さん達からしたら数日ぶりくらいかもっすけど、自分からしたらもう何十年ぶりかの再会なんでめっちゃ興奮しますわ!自分、今回は最初っから『魔毒士』でスタート出来ましたよ!元の世界で沢山ちゃんとリア充生活送ったおかげっすかねぇ。実はですね、子供時代からやり直して、今の自分、美術品の修復の仕事してるんです。『そしたらいつかはソフィアさんの本体にも巡り会える日が来るかな?』ってね。んでもやっぱそんな、いつ来るかもわからん『いつか』を待ってはいられなくって、こっちに戻って来ちゃいましたわ!いやぁ、偶然にも主人さんがこっちに再突入する場に、定期的に参拝しに行っている八代神社で居合わせたもんだから、ゲートが消えちゃう前に後を追ってドーンッと飛び込んで——」
「煩い!」
『煩いですよ⁉︎』
「黙れクソガキ」
ベラベラとくっちゃべる奴に向かい、似たような台詞を一同が叫ぶ。
しゅんっと項垂れている目の前の男が誰なのかわからんが、『今回も、きっと賑やかな旅になるのだろうな』と思うと、何故かちょっとだけ心が躍った。
宙に浮くソフィアに無理矢理抱きつきながら、「いやいや!こんな程度じゃめげないっすよぉ。また一緒に三人と一冊で旅をしましょうね!」と言う男を無視し、焔の手に指を絡める。握り返してくれた小さな手を強く掴み、また彼が、いつか俺を殺してくれる日に対して思いを馳せたのだった。
【エピローグ・完結】