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※軽くさらっとおさらい。
遥がその家に来たのは、物心がつく前だった。愛人の子。──その言葉を、遥は早くから理解していた。
継母にとって、遥は“過去の汚点”だった。
笑うと、「媚びてるみたいで気持ち悪い」と顔を歪められた。
黙っていると、「陰気だ」と箸を投げられた。
毎日のように言われる。「お前のせいでうちはおかしくなった」と。
晃司は最初から暴力的だった。
殴る、蹴る、引きずる──その力が強くなるたびに、遥は“黙る”ことを覚えた。
あるとき、家の中で足の骨を折られた。だが病院には連れていかれなかった。
翌日、学校では「階段で転んだ」と言わされた。
玲央菜は見下していた。
遠くから、同情のような視線を投げてきたあと、
「私なら死ぬね、あんな扱いされてたら」と笑った。
制服のスカートで遥の前をわざと歩く──その小さな仕草にすら、侮蔑が混ざっていた。
颯馬は静かだったが、決して無害ではなかった。
夜、遥の布団に足音もなく入ってくる。
布団の中、背中に触れる冷たい手──
声を出せば怒鳴られる。黙っていれば続く。
どちらを選んでも、遥は“そこ”から抜け出せなかった。
沙耶香は、最も巧妙だった。
外では「遥くん」と呼び、家では「あの子」と呼ぶ。
一緒にいる時、ささやき声でこう言った。
「お兄ちゃんがああなるの、遥のせいなんだよ?」
「私が助けてあげようか?──でも、黙っててね。みんなにバラすから」
そう言って、遥の手を握る。
その温度は、罰にも似ていた。
遥は沙耶香の手を振り払わない。
それは拒否ではなく、諦めだった。
「誰かを拒否できる人間になりたかった」──そんなことすら、思えなかった。
幼稚園の頃から、“空気が読めない子”と見なされていた。
よくしゃべる子に近づいても、すぐ距離を取られる。
先生の指示をすぐにこなしても、「いい子ぶってる」と噂された。
小学校では既に「家でもおかしな子」という噂が出回っていた。
体操服の裾に切れ目が入っていた。
ロッカーに紙くずが詰められていた。
ノートが濡らされ、プリントには落書き。
「どうせ黙ってるでしょ?」──加害の前提は、“遥は何もしない”だった。
泣けば、「うっとうしい」
笑えば、「気持ち悪い」
何もしなければ、「無視してる」
存在そのものが、咎として扱われた。
蓮司は、それらすべてを嗅ぎ取っている。
そしてその歪みの中に、遥の「自分がすべての原因だ」という認識があることも。
その認識こそが、遥を支えている“最後の構造”だと知っている。
だから──蓮司はそこを壊す。
遥に、“おまえは被害者ではない。ずっと加害者だ”と信じさせる方向へ。