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「咲のそういうとこ、すげー好き」

「ばか……」

サイドミラーを見なくても、咲が耳まで赤くなっているのがわかった。

目的の店の二ブロック隣の裏側にある駐車場に車を停め、歩いた。こんな風に、昼間にのんびりと咲と並んで歩くのは初めてだった。

「ここ?」

「そ」

N.Yで人気のパンケーキの店が、日本で一号店として四年前にオープンさせてから、行列が絶えない人気店。だと、総務の女子社員が話していたのを聞いた。

噂通り、まだ八時台だというのに、女性ばかり六人が並んでいた。

「並ぶの?」と、咲が聞いた。

「せっかく来たんだから並ぼう」

「私はいいけど……」

俺たちが並ぶとさらに四人が後ろに並んだ。

前に並ぶ学生らしい女の子三人がちらちらと俺を見ている気がして、居心地が悪かった。

パンケーキの店に男が並んでるからか?

俺は女の子たちと目が合わないように、顔を背けていた。

三人が店内に入りホッとしていると、咲がくすくすと笑っていることに気が付いた。

「なんだよ?」

「あの子たち、蒼をカッコいいって」

「は?」

「超イケメンで、彼女のために朝から一緒に並んでくれるなんて超優しいって」

「あ、そ」

急に恥ずかしくなって、俺は咲から目を逸らした。咲は俺の反応に、声を堪えて笑っている。

「お前、笑いすぎ」

「だって……。蒼ってイレギュラーなことに弱いよね」

「何だよ、それ」

「違う場所で女の子たちに見られてたら、きっと営業スマイルで答えるでしょ?」

図星だった。

「悪かったな」

「器用そうに見えて不器用なとこ、好きよ?」

咲が背伸びをして、俺の耳元で囁いた。

さっきの仕返しとでも言いたげに、余裕の笑みを浮かべる。


くそっ――、こんなとこで反則だろ。


照れ隠しに手で口を覆って咳払いしている俺を見て、咲がまた笑っていた。

それから十分ほどで席に案内され、俺と咲はスモークサーモンベネディクトとパンケーキ、フライドチキンサラダを注文し、シェアして食べた。

咲が幸せそうにパンケーキを頬張っている姿が、可愛かった。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く連れてきてやれば良かったと思った。

一時間ほどで店を出ると、周辺が賑わい始めていた。

「少しブラブラしようか」

俺と咲は手をつないで歩いた。

「そういえば、咲の着メロって何て曲?」

「ん?」

「聞覚えはあるけど、曲名が思い出せなくて気持ち悪いんだよな」

曲を聞いてすぐはさほど気にならなかったが、時間が経つにつれて、咲が好きな曲だと思うと知りたくなった。

「Cyndi Lauperの『Time After Time』」

「ああ!」

言われて思い出した。かなり古いが、名曲だ。

「ずいぶん古い曲が好きなんだな」

「うん……」

「他には?」

「他って?」

「好きな物」

「好きな物ねぇ……。あっ!」

咲が急に方向を変えた。

「ちょっと寄っていい?」

パッと手を離すと、咲は宝飾店のドアに手を伸ばした。俺は咲より先にドアを引いた。

「ありがとう」

咲が笑う。

こういう何気ないことに感謝されるのは、新鮮で嬉しい。

咲はショーケースを眺めて、歩く。

以前から感じていたが、咲は特別な教育を受けているようだ。歩く姿勢一つ見ても、ただ姿勢がいいだけではなく、美しい。食事をする姿もそうだ。

この店にしても、大手とはいえ一般の女子社員が気後れせずに入れるほど安価なものは置いていない。咲の性格からして、俺にねだるつもりとも考えられない。

極秘戦略課課長の役職があるとはいえ、六桁の値札のついたジュエリーを買えるほどの給料をもらっているようには思えなかった。

咲はぐるりと店内を見て回り、入り口で紳士用の腕時計を眺めていた俺のところに戻ってきた。

店員に声をかけられたが、咲は上手くかわしていた。

「いいのか?」

「うん」

店を出ると、通りにはさらに人が増えていた。

「欲しいものがあるのか?」と、俺は再び咲の手を握って歩き出した。

「樹梨がね、秋ごろに結婚式を挙げるんだって。真もそろそろ考えてるみたいだし、正装用のジュエリーを買い替えようかと思って」

「ん……?」と、俺は咲を見た。

「ん?」と、咲も俺を見る。

「真さんがなんだって?」

「真もそろそろ結婚するみたい」

「はっっっ?!」


真さんが結婚?!


「うん」

「あの人、恋人いるの?」

「うん。いるよ? もう五年くらい付き合ってるはず」

「マジで?」

真さんに恋人がいても不思議はない。

女子社員に人気だし、男から見ても格好良くて大人の色気がある。だけど、なぜだろう。『手のかかる妹がいるから』とか言って、恋人を作ったりしないと、勝手に思っていた。

「そんなに意外? そういえば侑に話した時も、そうと同じようなリアクションだったな」

侑も、俺と同じことを思ったに違いない。

「私が結婚するまで自分もしないとか言ってたけど、私が札幌から帰ったすぐ後に彼女にプロポーズしたみたい」

「そうなんだ……」


咲を俺に任せてもらえるってことか?


勝手に都合のいい解釈をして、勝手に嬉しくなった。

「彼女はまだ若いから急いでなかったんだろうけど、二人とも早く子供が欲しいみたいだからねぇ」

「若いって?」

「二十四だったかな?」


二十四? 真さんて俺より二つは上だよな? いや、三つか?


「ちょっと待て、五年付き合ってたら彼女が十九の時から?」

「そう」

「なんなの……。侑といい、真さんといい、年の差って流行ってんの?」

「真が羨ましい?」と、咲は俺の顔を覗き込んだ。

「またそんなこと言って……」

俺は咲の手を力いっぱい握りしめた。

咲と手をつないで、他愛のない話をしながら街を歩く。そんな、いつでも出来そうな、誰もがしてそうなことが、楽しかった。

俺と咲は六本木に移動して、買い物の前に映画を観た。咲が選んだのはド派手なアクションもので、車のブレーキ音やらビルが破壊される音やら飛行機の爆発音やらが、終わった後もしばらく頭の中で響き続けていた。

「あー、すっきりした!」

映画館を出ると、咲が言った。

「あーゆーのが好き?」

「結構好きかな。見終わった後すっきりしない?」

「なんかむしゃくしゃしてることでもあるのかよ?」

「ストレスのない人はいないでしょ?」と、咲が笑った。

映画館を出て敷地内の別のビルに入って遅い昼食をとる。

和食の創作料理の店で、咲は人気の日替わりヘルシー定食を、俺は唐揚げ定食を選んだ。

咲の作る唐揚げの方が上手いな。

お世辞抜きで、そう思った。

咲は食器や盛り付けがお洒落だと、楽しそうだった。咲が美味そうに食べる姿が可愛くて、ずっと眺めていたくなる。

女は秘密の香りで獣になる

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