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スブタイの作戦は、単純だった。
まず、敵に退却すると見せかける。
追ってきた教皇軍をサヨ河の向こう――モネ平原へ誘い込み、
そこで一気に包囲する。
正面にはバトウ。
側面からは、渡河を終えたスブタイの軍。
さらに南東からジバン
北西からボロルタイの別働隊が回り込み、
敵の退路を断つ。
全方位から包囲し、敵を殲滅する。
いつものやり方だった。
獲物を追い立てる。
逃げ道を一つだけ残す。
そこへ走らせる。
そして最後に、その道を塞ぐ。
草原の狩りと何も変わらない。
だが――。
今回は、三つの誤算があった。
一つ目。
バトウが、予定より早く川を渡ったこと。
本来ならばスブタイ軍の渡河を確認した後、
本隊がモネ平原へ展開する手筈だった。
だがバトウは待たなかった。
橋を奪取すると、そのまま軍を川向こうへ進めてしまった。
二つ目。
スブタイ自身の渡河地点だった。
誰にも知られていないはずだった。
夜のうちに工兵を送り、
密かに仮橋を架け、
教皇軍の側面へ回り込む。
そのはずだった。
だが――。
そこには、すでに敵がいた。
レイナ率いるスパルーニャ軍。
まるでスブタイがそこへ来ることを、
最初から知っていたかのように。
渡河途中を狙われたモンゴリア軍は、
川の中で矢を浴びせられた。
前へも進めない。
後ろへも戻れない。
スブタイは渡河を中止し、
別の地点を探さざるを得なくなった。
そして三つ目。
南東へ迂回し、
敵軍の背後を断つはずだったジバンの別働隊。
アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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その軍が――。
来ない。
伝令が駆け込んできた。
「ジバン様の軍、敵軍と交戦」
「敗走いたしました」
スブタイは、その報告を聞いても顔色を変えなかった。
「まさか」
その瞬間だけ。
スブタイの目が、わずかに細くなった。
また、あの女か。
渡河地点にいたはずのレイナが、
今度は南東へ回ったジバンまで潰した。
偶然ではない。
こちらの動きを読んでいる。
あるいは――。
最初から、自分と同じものを見ている。
スブタイはモネ平原へ視線を向けた。
そこではすでに、バトウ軍が川を背にして展開を始めている。
本来なら。
自分が側面へ出る。
ジバンが後方を塞ぐ。
その後で、バトウが正面から押す。
それで完成するはずだった。
だが今。
側面には、誰もいない。
後方にも、誰もいない。
ただバトウの本隊だけが、
広い平原に取り残されている。
これは――。
まずい。
その頃。
バトウもまた、苛立っていた。
川向こうに布陣したまま、
何度も東の方角を見ている。
スブタイの軍は現れない。
ジバンの軍も来ない。
副官がおそるおそる口を開いた。
「バトウ様」
「なんだ」
「もう少し、お待ちになられては」
バトウは答えなかった。
「スブタイ様が渡河されれば、敵の東側面を――」
「これ以上は待てぬ」
低い声だった。
副官が口を閉じる。
バトウは正面を見た。
モネ平原の向こう。
教皇軍が、こちらの動きを警戒しながら陣形を整えている。
「儂の軍のみで、敵を蹴散らしてみせよう」
「しかし――」
「グユク」
突然、その名を口にした。
副官が目を瞬かせる。
バトウは鼻で笑った。
「今後、あやつごときが兵を語ることのなきようにな」
征西軍へ出発する以前から続いていた確執。
宴席で浴びせられた言葉。
ジュチ家への侮辱。
そして、
自分よりもスブタイの采配を信頼する者たち。
そのすべてが、
バトウの胸の奥に澱のように残っていた。
「この儂が教えてやるのだ」
馬上で剣を抜く。
「戦とは、何かを」
剣先が前へ向いた。
「歩兵を出せ!」
太鼓が鳴った。
中央に並んでいた歩兵が、一斉に前進を始める。
盾を並べ、
槍を構え、
ゆっくりと教皇軍へ迫っていく。
「両翼騎兵!」
左右に控えていた騎兵たちが動き始めた。
「回り込め!」
数千の騎馬が、
中央の歩兵を残して左右へ大きく広がっていく。
教皇軍を両翼から包み込むためだった。
それを遠くから見ていたスブタイは、
しばらく何も言わなかった。
やがて。
小さく呟いた。
「……早い」
側近が振り返る。
「は?」
スブタイの顔から、
いつもの余裕が消えていた。
「バトウは、攻撃を始めた」
「では我らも急ぎ――」
「違う、包囲する軍を入れかえるのだ」
スブタイは即座に言った。
今、バトウがやろうとしているのは――。
ただの突出だった。
スブタイは初めて、
強く手綱を引いた。
「急げ」
声が鋭くなる。
「敵の騎馬が消えた」
「我らは今来た道を引き返し、森を抜け橋にいく」
側近たちが走り出す。
スブタイは、もう一度モネ平原を見た。
三つの誤算。
そのすべてが、
一つの場所へ収束しようとしていた。
――バトウの本隊へ。
「逃げる者は追うな。手向かう者は殺せ」
レイナは馬上から、冷静に命じた。
ジバンをはじめとする先頭集団は、すでに壊滅している。
指揮官を失った敵兵たちは散り散りとなり、南東へ逃げ始めていた。
追えば、まだ討てる。
だがレイナは追撃を許さなかった。
「ここまでじゃ」
馬首を巡らせる。
「隊列を整えよ。負傷者を――」
その刹那だった。
ひゅん、と風を裂く音がした。
次の瞬間。
一本の矢が、レイナの肩を貫いた。
「――っ!」
身体が大きく揺れる。
「陛下!」
副官が叫んだ。
周囲の騎兵たちが一斉にレイナのもとへ駆け寄る。
「うろたえるな」
レイナは歯を食いしばった。
肩から、血が流れ落ちている。
「この程度――」
無理に笑おうとした。
「かすり傷じゃ」
その直後。
視界が大きく傾いた。
「あ……」
手綱を握っていた指から、力が抜ける。
レイナの身体が馬上から崩れ落ちた。
「陛下!」
副官たちが慌てて受け止める。
意識が遠のいていく。
声が、ひどく遠く聞こえた。
だが。
まだ終わっていない。
レイナは薄れゆく意識の中で、必死に口を開いた。
「……聞け」
副官が顔を寄せる。
「はっ!」
「本隊とは……合流するな」
「え?」
「南へ行け……」
息を整える。
「ドガ砦へ……退く」
副官は一瞬、戸惑った。
教皇軍本隊へ戻るのではない。
別方向へ退けという命令だった。
「ジャンヌと……エレンには……」
レイナは目を閉じかける。
「夜を待て、と」
「夜を……」
「夜になれば……敵の騎兵も、追いにくい」
途切れ途切れの声だった。
「砦へ退いて……合流せよと……伝えよ」
「承知いたしました!」
副官が力強く答える。
レイナは、それを聞くとようやく力を抜いた。
空が見えた。
夕暮れの空。
ああ。
綺麗だ。
そんなことを思った。
「それにしても……」
副官が顔を寄せる。
「陛下?」
レイナは小さく呟いた。
「……ねむい」
そして。
静かに目を閉じた。
「陛下!」
返事はなかった。
副官はすぐに立ち上がった。
「撤退する!」
兵たちが振り返る。
「陛下の命令だ! 本隊へは戻らぬ!」
レイナを抱き上げる。
「南へ向かう! ドガ砦まで退くぞ!」
スパルーニャ騎兵は、すぐさま進路を南へ変えた。
同時に伝令が二騎、四騎と戦場へ駆け戻っていく。
ジャンヌとエレンへ、
レイナ最後の命令を届けるために。
こうして。
モネ平原の戦いから、
レイナの軍は一時、姿を消した。
コメント
1件
うわ、めっちゃ熱い回だった…!スブタイの緻密な包囲網が三つの誤算で崩れていくのが胃に来たわ。特にバトウの焦りが「グユク」発言で滲み出てて、過去の確執が戦局を歪めてるのが切ない。レイナの矢傷シーンはまさかの展開で、それでも冷静に「夜を待て」と指示した直後の「ねむい」がめっちゃ刺さった…強いキャラの一瞬の人間らしさに弱いんだよな。ドガ砦へ退く判断も含めて、次どう動くか気になりすぎる🔥