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佳華先輩の言葉の意味が理解出来なかったオレは、マヌケ面で間の抜けた返事を返した。
「いやだから、ウチの選手としてリングに上がらないか? と言っている」
女子プロレス団体から選手としてって……
「いやいやいやいやっ! なに考えてるんですかっ!? そんなのムリに決まっているでしょう!」
「そうかぁ……? お前の見た目なら女子でも通用するだろう?」
いやだから、そうゆう問題じゃなくて……
「それにな、あたしが大学の時に――いや、そのあともOGとして、ずっとお前の事は見て来たけど……お前の才能をこのまま埋もれさせるには、あまりに勿体無い。ある意味、日本プロレス界にとっての損失だ」
「えっ? ま、まぁ、そう言って貰えるのは嬉しいですけど……」
確かにプロのリングには上がりたいとは思う。でも、それとこれとは話が別だ。簡単に言えば、女装をして女子プロのリングに上がれって事だろ? いくらなんでもムチャ過ぎる。
「どうだ? その気があるなら、会社としても全面的にバックアップするぞ」
「いえ、気持ちは嬉しいですけど――」
「ちょっと待ったぁぁぁぁーっ!!」
突然オフィスの扉が乱暴に開かれ、オレの言葉を遮るように『ちょっと待ったコール』が響く。
その、突然の来訪者にア然とするオレ。
しかし、佳華先輩は全く気にする風もなく――
「おおっ、これはチャンプ。いらっしゃい、久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです、佳華さん。でもチャンプは止めてくださいよ。タイトルは返上して、今はフリーなんですから」
そう、このノックをするという習慣のない失礼な来訪者は、かつて三本のベルトを統一させた元三冠者。栗原かぐやその人であった。
「か、かぐや……お前、なんでここに?」
「なんでって、今日が契約交渉の返事をする約束の日でしょうが?」
ショート丈のタンクトップにデニムのシャツとミニスカートというラフな格好のかぐやは、オレの問いへ訝しげな顔で答えた。
「まあぁ、電話でもよかったんだけど。佳華さんには以前お世話になったし、直接返事をするのが礼儀だと思ってね」
お世話にねぇ……
確かにコイツがデビューしたての頃は、よくウチの大学のプロレス部へスパーリングに来ていたっけ。
あまりにも頻繁に来るものだから、団体に友達がいないんじゃないかと心配したもんだ。
「なるほど。それじゃあ早速その返事とやらを聞かせてもらえるかな?」
「はい――」
かぐやはムダに広い部屋の中央まで進み出て、佳華先輩に向かいユックリと口を開いた。
「お誘いは大変光栄ですが、今回はお断りをしに来ましたし、さっきまではそのつもりでした――」
「さっきまで……ねぇ。で、今は?」
「はい。条件次第では、入団の契約をしてもいいと思ってます」
佳華先輩相手に堂々と言い切るかぐや。
てか、条件だと? なんか嫌な予感がするな……
「条件ねぇ……知っての通りウチはビンボーだ。それが分かった上での条件なら聞くよ」
「はい、わたしからの条件は――」
かぐやはここで一旦話を区切り、チラッとオレの方を見る。そしてすぐに正面の佳華先輩を見据え――
「わたしを優人の――佐野優人のデビュー戦の相手に指名して下さい!」
「なっ……!?」
かぐやの出してきた条件とやらに言葉を失うオレ。しかし、そんなオレとは対象的に、佳華先輩は楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふむっ、条件とやらはそれだけでいいのか?」
「あと、出来れば優人の一日奴隷券も下さい」
「よし、そちらは十枚綴りで用意しよう」
「やったー!」
「『やったー!』じゃねーよっ!! 人を置き去りにして、勝手に盛り上がるなっ!! てゆうか、いつから立ち聞きしてたっ!?」
オレは勢いよく立ち上がり、二人の間に割って入る。
しかし、そんな剣幕のオレにも、全く臆することのない二人。
「良かったな佐野。いきなりデビュー戦の相手が決まったぞ」
「全然よくねぇーですよ!」
「あによっ! 仮にも元三冠チャンプのわたしが相手じゃ不満だてぇのっ!?」
「不満とかそれ以前の問題だ! だいたいお前、アメリカ行きの話はどうしたっ!?」
「ハアァ? アンタバカァ?」
呆れ顔でオレを指差し、ふんぞり返るかぐや。お前は、とこぞのチルドレンか?
「いい? わたしがアメリカに行こうと思ったのは、日本にわたしのライバルと呼べるような相手がいないと思ったからよ。でもね、日本にわたしと互角に戦える人間がデビューするっていうなら、わざわざアメリカまで行く必要ないじゃない」
ふんぞり返ったまま、偉そうに話すかぐや。そこまで買ってくれるのは嬉しいが、実際問題として不可能だ。
「いいか? よく聞け、かぐや――気持ちは嬉しいが、オレは女子プロでデビューするつもりはない。したがって、お前とデビュー戦をすることは出来ない」
「じゃあ優人は、わたしがアメリカに行った方がいいっていうの?」
怒っているような――それでいて少し哀しそうな目でオレを睨むかぐや。
正直言えば、少しは寂しいと言う気持ちはある。けれど……
「それはオレが決める事じゃないだろ? でも、かぐやがそう決めたのなら応援はす――」
「ちょっと待ったぁぁーっ!!」
再び突然オフィスの扉が乱暴に開かれ、オレの言葉を遮るように『ちょっと待ったコール』が響く。その突然の来訪者に再びア然とするオレ。しかし、佳華先輩とかぐやは、全く気にする風もなく――
「おお、これはバイソン絵梨奈。いらっしゃい。久しぶりだねぇ」
そう、やはりノックをするという習慣のない、どこか既視感を感じさせる登場の失礼な来訪者はバイソン絵梨奈こと荒木絵梨奈。
短髪でラフな金髪に、二メートル近い身長と筋肉質でガッシリとした体型の典型的なパワーファイター。確か歳はオレやかぐやの一つに上で、かぐやと同じく入団の契約交渉をしていた選手だ。
「ウスッ、久しぶりッス佳華さん。今度また呑みに連れてって下さい」
フレンドリーに挨拶をする荒木さん。何気に佳華先輩は顔が広いな。
「それからアタイも、奴隷券てぇの欲しいッス」
「あんたもかっ!? てゆうか、あんたもいつから立ち聞きしてたっ!?」
ドスンッドスンッって音が聞こえてきそうなほどの豪快な歩き方で部屋へ入って来る荒木さんへ、ツッコミを入れるオレ。
しかし、そんなオレのツッコミは華麗にスルーされ――
「なんだい? 絵梨奈も欲しいのかい? ウチに入団するっていうなら、かぐやと同じ十枚綴りを用意するよ」
「ッシャオラーッ!」
「だから『シャオラ』じゃなくて! つーか、話を聞けっ!」
「ああぁん……?」
再度のツッコミにようやくコチラに振り向く荒木さん。頭一つ高い位置からオレを見下ろし、訝しげな顔を見せる。