ムカついた。
いかにも、私は器用に恋愛してます、みたいな顔。
本当は、誰よりも素直じゃなくて、不器用なくせに。
本当は、誰よりも臆病なくせに。
「……素直じゃないのはどっちよ」
ムカついて、顔を上げ、千尋を真っ直ぐ見据えた。
「地球滅亡の瞬間、千尋が一緒に居たいのは誰?」
「え――」
「酔い潰れて名前を呼んじゃうくらい好きなくせに認めようとしないのは、千尋じゃない」
一瞬、驚いた表情をして、けれど、すぐに何でもないように笑った。
「聞き間違いじゃない?」
何でもないを通り越して、バカにしているようにさえ見える。
「っていうか、自分が素直になれないことに、私を巻き込まないでよ」
ホント、ムカつく!
「千尋が自分のことを棚に上げて偉そうに――」
「ストップ! もうやめて!!」
麻衣の制止、ハッとした。
「何をムキになって張り合ってんのよ! あきらと千尋は相手も事情も違うんだし、どっちが悪いとか偉いとかないよ」
いつもほわーっとしている麻衣だけれど、急にしっかり者になったりする。そういう時、誰も何も言えなくなる。
「大事なのは後悔しないことでしょ? 龍也の気持ちは報われて欲しいけど、あきらが無理しても幸せじゃないんだし、千尋もそうだよ。『いい男だな』って気持ちは立派な好意だよ。誰彼構わないみたいな言い方しないで!」
自分のことでもないのに、涙ぐんで力説する麻衣を見ていたら、胸が熱くなった。
こんな私のことで、こんなにムキになってくれるなんて、嬉しすぎる。
そう思ったら、素直に言葉が出た。
「ごめん」
「ごめん」
それは千尋も同じだったようで、言葉がハモる。
「後悔しないこと、か」と、陸さんが呟く。
「確かにな」
「だな」と、大和さん。
「じゃあ、地球滅亡の時に麻衣が一緒に居たいのは?」
「え?」
「龍也はあきら、あきらは保留で、千尋は恋人、麻衣は?」
急に矛先が自分に向いて、麻衣が考え込む。
「年下彼氏?」と、陸さんが聞く。
「正直に言っていい?」
「ん」
「私は、みんなといたい」
「彼氏は?」
「あ! もちろん彼のことも考えたよ? けど、んー、まだ付き合いも短いし、そこまでは……っていうか、真っ先に浮かんだのはみんなだったっていうか……」
「麻衣って、夢見がちかと思えば、実は誰よりも現実主義だよね」
だから、ダメ男に引っ掛かるのが不思議だった。
いや、ある意味当然か。
ダメ男に甘えられて、自分が支えてあげなきゃ、みたいな母性本能を刺激されるのかもしれない。
「鶴本くん、もっと頑張んなきゃ、だな」と、龍也。
「ま、俺もだけど」
不意に龍也に見つめられ、私はフイッと麻衣に視線を逃がした。
「陸は?」と、千尋が聞いた。
「大和とさなえは聞かなくてもわかってるし。陸は?」
「俺は――麻衣」
大口を開けてトマトとアボガドのブルスケッタを食べる麻衣に、みんなの視線が集まる。
「ん?」
「俺は、麻衣といる」
「ふへっ!?」
麻衣が両手で口を押えて、鼻から音を発した。
「みーんな相手がいるからな。麻衣が寂しくないように、俺が一緒に居てやるよ」
「はにっ、ふへはら――」
「何言ってんのか、わかんねー」
陸さんが大笑いする。
麻衣が頬を歪ませてブルスケッタを噛む。
「なに、上から目線で言ってんの! 私は寂しくなんか――」
「――俺は寂しいよ」と言って、陸さんはビールを飲み干し、手を伸ばして千尋の前にあるボタンを押した。
「だから、一緒に居よう」
全く、なんて忘年会だ。
暴露大会か、告白ゲームか、とにかく、盛り上がったような気まずくなったような、複雑な雰囲気。
とにかく、酒の量だけは、三次会まで行ったくらい飲んだ。
三時間後。
お開きと言う時に大和さんが言った。
「あ、ウ○ン忘れた」
全員、明日の二日酔いは確定だ。
本当に、こんなに飲んだのはいつ振りかと思うくらい、飲んだ。特に、千尋と陸さん。
みんなも、かなり飲んでいた。で、店を出ようとした時、千尋がフラつき、陸さんが支えた。
「俺、千尋ん家知らねーぞ?」
「私、送ってくよ」と、麻衣さん。
比呂さんと一緒に暮らしていることは、私しか知らない。
千尋も、バレたらいいのよ。
やけくそと言うか、仕返しのように思った。
「いや、麻衣じゃタクシーから降ろせないだろ。俺も――」
ヴーヴー、とスマホのバイブ音が聞こえた。
「あ、スマホ、千尋のじゃない?」
「だな。彼氏か? 言ったら迎えにくんじゃね?」
陸さんが、抱きかかえている千尋のバッグを探り当て、画面で着信の相手を確認し、誰にということなく差し出した。
「さすがに男が出るのはマズくないか?」
「あ、じゃあ、私が出るね」と、麻衣がスマホを受け取り、〈応答〉をタップした。
「おい、千尋! ここで寝んなよ。ったく、珍しーな、意識跳ぶほど飲むなんて」
陸さんが店の入り口の椅子に千尋を座らせる。
「えっと、初めまして。私、千尋の友達なんですけど、千尋、飲み過ぎちゃって電話に出られないんです。――はい。――お願いします。場所は――」
麻衣が店の場所を伝えると、十分ほどで着くと言われたらしい。
「比呂……」
千尋が彼の名前を呟き、私と龍也はフッと視線が絡んだ。
さっきまでは逸らせていたのに、なぜか今は逸らせない。
龍也が穏やかに微笑み、少し屈んで私の耳に唇を寄せた。
「もう、あきらのルールは通用しないぞ」
背筋が寒くなった。
罠に惹き寄せられた私を見つめる龍也は、降参するのを待っている。
一度降参してしまったら、もう、逃げられない――。
耳に、龍也の吐息を感じただけで、身体が疼く。
勇伸さんには、少しも感じなかったのに――。
逃げなければ。
そう思って、私は店を飛び出した。
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