いつでも聞く場面はあったはずなのに、そんな会話を仁さんとした記憶は一切ない。
こういうときは熱が出ている時に食べやすいもの
喉越しが良いもの
体を温めるものがいい。
仁さんの顔を思い浮かべながら一つ一つ、頭の中でリストアップしていく。
相場はプリンだけど…って言っても、仁さんの好物だとは限らないし……
いや、でも仁さんは甘いもの苦手っぽいし、ここはヨーグルトにしよう。
あとは、マスクや冷却シート、ゼリー飲料。
それらをカゴに投入し
他にもなにか必要なの無いかな、と思い
ぼんやりと光る蛍光灯の下
色とりどりのパッケージが並ぶ棚をゆっくりと見渡していると
ふとカップヌードルが目についたのと同時に
そういえば仁さん昼は食べたのかな…
もうすぐ4時だけど…あの状態じゃご飯も作れないんじゃ?
いやまず仁さんは自炊しないだろ
なんて心の中で1人ボケツッコミをしたあとに
どうせまたカップ麺で済ませそうだよなぁ、と悟った俺は今の仁さんでも食べやすそうな
鶏肉と野菜のコンソメスープを作ることに決めた。
鶏もも肉の代わりに炭火焼サラダチキン(旨塩)と
千切りキャベツ、にんじん
すりおろし済みの生ニンニク
小袋のコンソメ顆粒
瓶状のパセリをカゴに入れ、レジに向かった。
セブンイレブンから飛び出すと
俺はすぐにタクシーを拾い、アパートへと向かった。
「はあっ…はあ……」
タクシーを降りてアパートの前に着くと
息を整えながら階段を駆け上がり、仁さんの部屋の前に立つ。
深呼吸してからインターホンを押した。
だが、中からは何も反応がない。
そして3回ほど鳴らすと
急に扉の奥から人が歩いてくるような物音がしたかと思えば、ガチャっと鍵の開く音がして
同時に「しつけぇな」と不機嫌そうに頭を掻いて
俺を見下ろし、グレーのジャージの上下を身につけた仁さんが姿を現した。
しかし、そのジャージの上はきちんと着られているわけではなく
肩から腕にかけてだらしなくずり落ち、白いタンクトップの肩紐が露わになっている。
まるで、部屋着のまま急いで飛び出してきたかのような
無造作でリラックスした着こなしだった。
仁さんは俺の顔を認識するなり、目を丸くして
「って、なんだ楓くんか…は?楓くん?色川と遊園地行ってるはずじゃ……」
と少し驚いた表情を見せた。
そして俺が手に持つコンビニの袋を見ると、さらにその目を大きく見開いた。
「あっ、す、すみません…!体調悪いのに、起こしちゃって」
「それはいいんだけど…なんでここに?」
「仁さん、凄く体調悪そうだったので心配で…」
俺はコンビニの袋を差し出しながら言った。
「色々コンビニで買ってきたので。これ、風邪の時に食べやすいものとか、冷えピタとか…」
仁さんの顔はいつもよりも青白く
目も充血している。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「…楓くんって本当にお人好しっていうか…心配性すぎ。大したことないって、これぐらい寝てればすぐ治るんだか」
ら、と言いかけたところで
急に仁さんがふらつき、俺の肩にもたれかかってきた。
その体は、想像以上に熱かった。
「仁さんっ!大丈夫ですか!?」
俺は慌てて支えたが、仁さんは弱々しく首を縦に振った。
「大丈夫だから、ほんとに…….っ」
そう言いながらも、仁さんが無理をしているのは誰が見てもわかるほどだ。
俺は仁さんの言葉に少し戸惑いながらも
とにかく彼をベッドに連れて行こうと彼の体を抱えた。
部屋に入り、仁さんをベッドまで運び横にさせた。
「仁さん……ちょっと失礼します」
俺は仁さんの額に手を当てた。
やはり相当熱い。
そして、熱で火照った彼の頬は赤く染まり、苦しそうに息をしている。
「楓くん…悪い」
仁さんが弱々しく呟く。
「謝らないでください。こういう時はお互いさまですよ」
そう言って、俺はコンビニの袋から冷却シートを取り出すとひんやりとした感触が指先に伝わってきた。
個包装を破り、中のシートをそっと広げる。
仁さんの額に手を当てると
そっと前髪をかき分け、冷却シートを滑らかな額に貼り付けた。
ペタリと肌に吸い付くような感触とともに
スーッとした清涼感が仁さんの額に広がっていることだろう。
ぴたりと密着するように、指の腹でシートの端を軽く押さえつけた。
仁さんの眉間の皺が、少しだけ和らいだように見えた。
「とりあえず、何か欲しいものとかありますか?」
俺の問いに仁さんは少しだけ躊躇した後
掠れた声で小さく呟いた。
「…腹、減った」
「やっぱり、そう言うと思って材料買ってきたので今から作りますから、キッチン借りますね」
「…あぁ」
俺は仁さんに毛布をかけ直すと、キッチンに向かった。
仁さんの部屋のキッチンに立つと、俺は買ってきたばかりの食材を並べた。
まずは野菜からだ。
千切りキャベツは既にカットされているので
そのままボウルに移し、軽く水で洗う。
シャキシャキとしたキャベツの葉が、水滴を弾いて輝く。
にんじんは皮を剥き、薄切りにしていちょう切りにした。
オレンジ色の鮮やかなにんじんが、まな板の上で規則正しく並ぶ。
「よし、これで野菜はOK!」
独り言を呟きながら、まな板の上の鮮やかなオレンジ色と緑色を眺める。
新鮮な野菜の香りが、微かに鼻腔をくすぐった。
次に鶏肉だ
鶏もも肉の代わりに買ってきた炭火焼サラダチキン(旨塩)のパックを開ける。
しっとりとした鶏肉の塊を、小さめの一口大に切り分ける。
既に火が通っているため、余分な脂肪を取り除く手間も省けて助かる。
「これなら、仁さんも食べやすいはず」
鍋をコンロにかけ、オリーブオイルを少量とチューブから出したすりおろしニンニクを入れたら中火にかける。
すぐに、ニンニクの香ばしい匂いがふわりと立ち上り、キッチンいっぱいに広がる。
「うわ、いい匂い。これだけで食欲そそられるな…」
香りが立ってきたところで
先ほど切ったサラダチキンを鍋に投入し、全体に軽く焼き色がつくまで炒める。
ジュウッと心地よい音がキッチンに響き渡り、食欲を刺激する。
鶏肉に焼き色がついたら、水を加える。
鍋の中で水が温まり、やがてフツフツと沸騰し始める。
表面に浮かんできた白いアクを、お玉で丁寧にすくい取る。
透明なスープにアクがなくなるのを確認してから
いちょう切りにしたにんじんと、千切りキャベツを鍋に入れた。
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