美宇が部屋に荷物を置いて外に出ると、絵美たちはもういなかった。
きっと部屋に入ったのだろう。
美宇は実家から持ってきたお節と土産の『東京バナナン』を持って、工房へ向かった。
時刻は午後四時過ぎ。
お節は朔也の夕食に間に合いそうだ。
工房へ向かう途中、止んでいた雪がまた降り始めた。
大粒の雪を見ながら、今夜はかなり積もるだろうと思った。
朔也の工房に近づくと、ぼんやりと灯りが見えた。
(よかった……いるわ)
美宇は胸を撫でおろすと同時に、心臓が高鳴った。
ほんの4~5日会わなかっただけなのに、ずっと会えなかったように感じる。
それほど、会いたい気持ちが募っていた。
工房の入口に着いた美宇は、少し緊張しながらドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、心地良いジャズの音色が聞こえてきた。
電動ろくろの前で作業していた朔也は、美宇を見て驚いた表情を浮かべた。
「あれ? 七瀬さん?」
「ただいま」
美宇は、少しはにかみながら答えた。笑顔の裏で心臓は破裂しそうだった。
会いたかった人の驚いた顔を見て、胸がいっぱいになる。
「帰って来るのは4日だったよね?」
「はい。でも、帰りたくなって早めに戻ってきました」
少し震える声で美宇は答えた。
その言葉に、朔也はどんな反応を見せるだろう……美宇は期待を込めた瞳で彼を見つめた。
すると、朔也はろくろのスイッチを切り、ゆっくりと立ち上がった。
それから流しへ行き、手を洗い始める。
(あれ? 無反応……? 私が勝手に期待していただけなの?)
美宇はがっかりしながら、手に持っていた袋をテーブルの上に置いた。
そして、その恥ずかしさをごまかすように、朔也の背中に向かって言った。
「『東京バナナン』たくさん買ってきましたよ。あと、うちの母からお節も……」
そう言って顔を上げると、タオルで手を拭いた朔也が近づいてくるのが見えた。
次の瞬間、美宇は朔也の腕に包まれ、しっかりと抱きしめられた。
「あっ……」
戸惑う美宇に向かって、朔也は彼女の髪に鼻を押し付けながら言った。
「おかえり、美宇……」
(えっ? 今、名前で呼んでくれた?)
美宇はその事実に気づき、さらに心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
同時に、朔也の体から漂ってくる爽やかな香りを感じ、思わずうっとりしてしまう。
頬から伝わる朔也の胸は、想像以上に逞しかった。
背中をすっぽりと包み込む二の腕も力強い。
今、美宇は、このうえない安心感に包まれていた。
まるで、自分の帰る場所は、生まれたときからここだと決まっていたかのように、心から安らいでいる。
「ただいま……青野……さん」
「朔也だ」
「え?」
「二人きりのときは名前で呼んで」
「あ……はい……」
「すごく美宇に会いたかった……東京になんか帰らせるんじゃなかったって、すごく後悔したよ」
「え?」
「いや、そうもいかないか。ご両親だって君に会いたかっただろうしね」
「私が予定を切り上げて帰るって言ったら、両親も兄も驚いてました」
美宇が少し上ずった声で言うと、朔也は一度腕の力を緩め、上半身を少し離した。
そして、彼女の瞳をまっすぐ見つめながらこう問いかける。
「どうして早く帰りたくなったの?」
ストレートな質問に、美宇は一瞬戸惑った。
「そ、それは、その……」
「ん?」
「つまり……」
「僕に会いたかったから?」
伝えたかったことを朔也が代弁してくれたので、美宇は頬を染めながらコクンと頷いた。
すると、朔也は嬉しそうに微笑み、美宇の頬を両手でそっと挟んだ。
それから、ゆっくりと唇を重ねた。
「んっ……」
何か言おうとした美宇の口は塞がれ、二人は熱い口づけを交わした。
室内には暖炉の薪がはぜる音とともに、激しいキスの音が響いている。
あまりにも熱烈な朔也のキスを受け、美宇は息ができなくなってしまう。
長いキスが続いた後、ようやく朔也は唇を離した。
そして、体の力が抜けてふらついている美宇の体を、軽々と抱き上げる。
「二階へ行こう」
そう言って、朔也は階段を上り始めた。
自分が抱えられて階段を上がっていることに気づいた美宇は、慌てて言った。
「自分で歩けますから下ろしてください。もし手を痛めたりでもしたら……」
「大丈夫だよ。力仕事には慣れてる」
朔也はそう言いながら、美宇の唇にもう一度キスをした。
その瞬間、美宇はこの後起こることを想像し、頬を赤らめる。
しかし、不安はなかった。
たとえ一度限りだったとしても、朔也なら悔いはない……美宇はそう決心していた。
階段を上がりドアを開けると、そこは広いリビングだった。
薄暗くなり始めた窓の外には、オホーツク海が広がっている。
暖房が入ったままの部屋は、ほんのりと暖かかった。
リビングの窓辺にはソファがあり、キッチン側には一枚板の立派なテーブルが置いてある。
白い漆喰壁の一部には造りつけの棚があり、朔也の作品や美術書、CDなどが無造作に並べられていた。
朔也はそのリビングを通り過ぎ、奥にあるドアが開いたままの部屋へ美宇を連れて行った。
そこは朔也の寝室だった。
部屋の窓辺には大きなダブルベッドがあり、ベッドサイドのナイトテーブルには読みかけの本が何冊も無造作に積み上げられていた。
朔也はベッドに美宇を優しく横たえると、すぐに自分も横になり、彼女の唇を奪う。
「んんっ……」
そのあまりにも心地よいキスに、美宇の脳は痺れ、何も考えられなくなった。
熱く長い口づけを続けた朔也は、一旦唇を離すと、美宇の耳元で囁く。
「美宇を抱いてもいい?」
彼女の意思を尊重するように、朔也は最後のチャンスをくれた。
その問いに、美宇は迷うことなく「うん」と頷いた。
コメント
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朔也様 自分の元に戻って来た美宇ちゃんを見て気持ちが溢れてますね🩷美宇ちゃんもやっと両方の思いが通じ合って最高の新年幕開けですね 外は雪❄️❄️❄️思いっきり二人で愛し合ってね🩷
とうとうお互い名前呼び✨そして熱いキッス😘💏 朔也さんがお姫様抱っこして2階に運ぶ力仕事‼️凄いです🫢💗 それ以上の優しく繊細な力仕事も期待してます😻

ほぉ〜自然な流れがとても素敵です。さすがマリコさん。