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兄と守孝《もりたか》の緊迫した様子に、紗奈《さな》は、内心ドキリとしていた。
兄、常春《つねはる》は、理詰めで相手を追い詰める気質がある。まして、色々あった後、常春なりに動揺もし、弱っているのは、明白。
やけになって、ぶつかり合いなどと、こじれなければよいが、と、紗奈が思っている矢先、
「なにやら、険悪な空気が流れておりませぬか?」
正平《まさひら》が、問うて来た。
「えっ?!な、何のお話でしょうか?」
オホホホと、袖で顔を隠し、いかにも、な、貴族の女人の仕草で、紗奈は、正平を煙りに巻こうとした。
ところが、正平は、紗奈の方など見向きもせず、前方の、植え込みを凝視している。
良く良く目を凝らし、正平が望む先を眺めてみると……。
なにやら、丸っこい頭が、ひょこひょこ動いているのが、わかる。その横で、白いものが、これまた、ちょこちょこ動いている。
「ん?!えっ?!」
そんなことは、あり得ない。けど、あやつのこと、また、なんで?!
「タマっ!!!人様の御屋敷で、何をしているのです!」
丸っこい頭が、ぴくんと、動き、こちらへ向いた。
「あーー!上野様こそ、なに、逢引してるんですか!しかも、人様の御屋敷ですよー!」
「ちょっ!何を言ってるの!この、犬!!」
「ほおー、子犬と、おっしゃらず、犬、とは。やっと認められたか。ははは」
「お前、頭の打ち所が、悪かったのですか?!」
「えーーー!そんな、言い方、ひどいよぉ!」
タマは、たちまち、しゅんとなった。
しかし、と、紗奈は、思う。なんで、タマがいるのか、そして、ますます、こじれるのは、目に見えている。
まいったなぁ……。
呟き以下の、吐息のような、愚痴りを紗奈は吐く。
兄は、守孝と話し込んでいる。このまま、そっとしておくべきで、当然、手は、借りれない。
そして──。
案の定。
「なんと!こ、これがっ!!」
正平が、食いついた。
「紗奈様!あやつが、タマ、なのですね!!」
はあ、まあ、そうです。
と、紗奈が頷いていると、タマが、ぴょんと、広縁へ、飛び上がって来た。
「ちょっと、お兄さん、あやつ、ってなんですか!!」
「あーーー!!!もっと、近くへ!いや!わたしの膝の上へどうだ!!」
まあ、そう言うなら行ってもいいよ、と、タマは、正平の膝に丸まった。
「おおお!!タマよ!触っても良いか!!」
そこまで言うなら、まあ、触ってもいいけど?
と、タマも、まんざらでもない様子で、正平の膝で、今度は体を伸ばした。
「おっ!!!伸びたぞ!」
そりゃあ、タマだって、ぐーと、体を伸ばしたい時も、ありますからねぇ。と、愚痴る犬へ、
「そうか、そうか、なるほどなあ」
と、正平は、感心しきっている。
「おお、そうじゃ、タマや、腹は減ってないか?こちらで、膳を用意して頂いたのだ、食べてみるか?」
正平が、タマへ、膳に乗った一品を与えようとした時、ニャーーー!と、猫がいきり立った。
タマの側で動いていた白いもの、だった。
「え?猫?」
紗奈が驚く脇で、またもや、正平が、食いついた。
「なんと!猫!つまり、あやつは、化けられる訳ですな!!」
「ちょっと、上野様、この人、やめといた方が良いと思うよ。ワケわかんないもん。でも、まっ、惚れてしまえば、止まんなくなっちゃうもんねー」
「なっ?!タマこそ、なに、訳のわからないことを、と、いうより、何、色気づいてんですかっ!」
あーー、それそれね、それ……。
と、なにやら、タマの、様子がおかしい。
「ど、どうした!タマ!しっかりしろ!やはり、腹が減って、フラフラなのだなっ!これを食べろ!」
正平が、膝の上で、伸びているタマに、必死で声をかけた。
すると、また、ニャーーー!と、猫が、鳴く。
「いったい、何が……」
「正平様、落ち着いてください。どうやら、猫は、タマにこの膳のものを与えてはならないと、言っているようですわ」
「は?」
正平は、理解に苦しむといった、表情を見せたが、相手は、紗奈。あからさまに、けげんな顔もできず、戸惑っている。
「タマ、猫は、なんと言っているの?」
「あー、やっぱり、この御屋敷は、やだなあー、へんな香りで、タマ、頭が、くらくらします。なんだか、わかんないけど、御屋敷中、おかしいそうで、食べ物も、口にしない方がいいって、一の姫猫様が、止めてるんですー」
言うと同時に、タマは、正平の膝の上で、寝息をたて始めた。