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「ほほおー、あやかし、といえども、やはり子犬。眠いときたか」
正平は、膝の上で伸びているタマに目を細めた。
すると、タマと一緒にいた白い猫が、縁に飛び上がって来た。
「おーおー!!紗奈様!猫まで!いやー、あやかし、を二匹も見れるとわっっ!!凄いことではありませぬか!!」
正平は、喜び、猫へも手招きしている。
その様子に、呆れた紗奈だったが、何か、見たことがある光景のような……と、心がざわつき、記憶をたどった。
「そうだわ!これ!唐下がりの香よ!!」
紗奈は、ふたたび、伸びているタマを見る。
徳子《なりこ》が、幻覚のようなものを見て、昔の自分に戻り、守恵子《もりえこ》が、意思とは裏腹に笑い続けた、あの時と、様子が良く似ていた。
そして、白い猫は、タマを心配そうに、伺っている。
「猫ちゃん!あなた、ここの猫なの?一の姫猫なのね?」
紗奈の、問いかけに、猫は、にゃーんと鳴いた。
「おお!紗奈様に返事をしましたぞ!」
「正平様!ちょっと、だまって!」
「猫ちゃん、そうなのね!良くわからないけど、唐下がりの香のせいなのね?」
一の姫猫は、ふたたび、にゃーんと鳴いた。
「ああ、どうしよう。というか、どういうこと?!」
猫に教わり、原因は、なんとなくわかった。しかし、どうして、この屋敷にまで。
あの時は、紗奈が、琵琶法師とぶつかり、恐らく、その香りが紗奈の衣へ移った、という理由付けがあった。が、では、この内大臣家にも、琵琶法師が、出入りしているのだろうか。いや、出入りしているだけで、香りというものは、染み付くものなのか?
「あー、わかんない!!」
悲鳴のような声を上げる紗奈に、正平が、蒼白な面持ちで、具合が悪いのかと問うた。
「そうだわ!正平様、なんで、平気なの?!あっ、広縁で、風があるから……かしら?香りが流れてしまった?」
悩みつつ、紗奈は、あっ!と、叫び、房《へや》にいる、守孝《もりたか》と、兄、常春《つねはる》を見た。
二人は、気難しげな顔をして、話し合っているが、守孝は、脇息《きょうそく》に、ぐったり倒れこむ様に、もたれかかり、体を支えているのがやっとに見えた。
兄、常春も、何時もより、眉間に寄るシワが何ぜか深い。
守孝は、酒を嗜んでいる。しかそ、あそこまで崩れるほど、飲んではいない。常春も、真剣な話しをしている、と、いっても、守孝は、あくまでも、他家の当主。ここまでの牛車《くるま》の中で、あれほど、頭をすり付けていたのに、意見することがあるといっても、あの、面持ちはないだろう。
「だめだ、やっぱり、そうだ!」
紗奈は立ち上がると、守孝達の所へ近寄った。
「あ、兄様!!」
「あー、紗奈か」
答える兄は、脂汗を滲ませている。
「兄様、お気分がすぐれないのですね!早く、縁にお移りください!守孝様も!早く!」
紗奈の予想外通り、二人は、何か、具合の悪さを堪えていた。
男《おのこ》ゆえに、という、妙な意地が働いてか、二人とも、我慢しているように伺えた。
守孝に至っては、何でもない、酒を飲み過ぎたかと、言い張っている始末。
「もう!唐下がりの香りですよ!何でもないことありません!さあ、早く風に当たって下さい!!」
正平様ーー!!
紗奈は、男手を呼んだ。
動こうとしない、二人を強引にでも、広縁へ移すためだ。
「あ、は、はい!」
ただ事ではない、紗奈の様子に、正平は、訳がわからない。だが、行かねばならぬと、さっと、立ち上がり、房へ、足を踏み入れた。
と、同時に、ゴンという音がして、痛いよー!!と、タマの悲鳴と、猫の鳴き声が続いた。
「やっ!すまぬ!あやかし達よ!至急の用が有るようで、失敬する!」
正平の膝の上で、うとうとしていた、タマは、いきなり立ち上がられ、広縁へ、転がり落ちたのだ。
その拍子に、頭を打ったと、ぐずぐず言っている側に、何故か、一の姫猫が、寄り添っている。
「あー、タマは、大丈夫だから、そんなに心配ないで」
タマの言葉に、一の姫猫は、頷いている。
「ありゃ?何か、仲がよろしいが、やはり、あやかし、通しだからか?」
正平が言った側から、タマは、何か、ゴニョゴニョ言い、一の姫猫は、恥ずかしそうに、うつむいてしまう。
「もおー!なにしてんですか!正平様!早くっ!!」
紗奈の焦れた叫びに、正平は、慌て、駆け寄った。