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教室の空気は、無音の暴力で満ちていた。
「……じゃあ、今日の“声出し”は、遥と日下部くんにお願いしまーす」
委員長の声音は柔らかかった。微笑んでさえいた。しかし、その言葉の裏に隠された意図を、生徒たちは皆、知っている。沈黙は承認であり、微笑は同調だった。
「テーマは、『自分のダメなところを三つずつ』。声が小さいとやり直しね?」
いつからだったか、この「声出しゲーム」が“罰”として定着したのは。 表面上は反省のワーク。だがそれは、遥の心をねちねちと剥がしていく刃物だった。
日下部が横目で遥を見た。 遥は、立っていた。椅子を引いた音が、教室にやけに大きく響く。 顔を伏せたまま、唇だけが小さく動いた。
「……全部、俺のせいで……」
「一つ目、声が小さーい。もう一回!」
笑い声。拍手。はやし立てる声。全員が観客になった。舞台に引きずり出された遥の、ただの「心の剥き身」だった。
遥の声が震える。
「……俺は、空気を悪くする。……いるだけで迷惑……。……何も、できない、くせに……」
彼が言葉を重ねるたび、誰かが笑い、誰かが机を叩いた。教師は目をそらしていた。
日下部は、睨みつけるように前を見つめたまま動かなかった。誰よりも拳を握りしめながら。
「じゃあ次は、日下部くんね。遥と“つるんでた”こと、後悔してる? どう思う?」
「“反省ショー”、始まりまーす!」
日下部の瞳が細くなる。立ち上がる。教室の空気が一瞬、ざらついた。
「……そんなもん……してねえよ、反省なんか……」
「えー? じゃあ、“遥に謝らせたいこと”は?」
「言えないなら、また保健室行きかな?」
笑いは続く。誰も止めようとしない。
日下部は、遥を見た。遥はうつむきながらも、唇を噛んで立っていた。泣いてなどいなかった。ただ、もう痛みを受け入れきって、声も涙も出てこない。
――次は、何を奪われるのだろう。
そして、それを見届けながら――蓮司は、ただ静かに笑っていた。