テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
教室の空気は、もはや「日常」という仮面さえかぶるのをやめたようだった。昼休み、机がずらされ、教壇の前にぽつんと一つだけ椅子が置かれた。まるで舞台装置のように。そこに座らされるのは、いつも同じだ。遥。そして、その隣には、巻き込まれるように、黙ってついてくる日下部の姿もある。
「今日の“反省ショー”です」
誰が言い出したのかも、もうわからない。ただ、クラスの数名が司会のように進行し、まわりは笑う準備をしている。いや、そうすることでしか、自分が標的でないことを確認できない。安心という名の加担。
「昨日の件、説明しろよ」
蓮司は後ろの席から、いつものように静かに促す。声を張り上げたりはしない。ただ、穏やかな声音で。
「みんな、知りたがってるんだよ」
遥は俯いたまま、手を握りしめる。痛みがあるのは、手ではない。声にすることで、もっと別のものが削られていくのを彼は知っている。
「昨日、お前……AとBを無視したらしいな。理由、ある?」
無視? いや、声をかけられてすらいない。ただ教室で静かにしていた。けれど、それすらも罪にされる。
「すみません……」
「じゃ、今日の声出し。さっきの“すみません”、聞こえなかったって」
司会役の女生徒が、手を耳に当てて首をかしげる。周囲から笑いが起きる。
「もっかいやろ。聞こえるように。『申し訳ありませんでした』って、はっきり」
遥は肩を震わせる。日下部がそっと隣から目線を投げたが、何も言わない。彼は知っているのだ。ここで言えば、さらに遥に罰が降りる。
「……申し訳ありませんでした」
その声は、確かに通った。でも、何かが抜けていた。
「やる気ないみたいだな?」
別の男子が立ち上がり、椅子のすぐ脇まで来て、机を蹴った。遥は体をこわばらせたが、じっと座り続けた。
「反省、してるんだよね?」
「はい……してます」
「じゃ、日下部のことも、謝っとけよ。お前のせいで、巻き込まれてるんだからさ?」
遥の唇がわなわなと震えた。
「ごめんなさい……日下部、ごめんなさい」
誰も笑っていなかった。けれど、それは慈悲からではない。ただ、さらに次を待っている沈黙。
「じゃあ――罰ゲーム、いくか」
女生徒が明るい声で言う。
「声出しゲーム、パート2。次の単語、ちゃんと言えたらクリア。間違えたら、ちょっとだけ、罰」
「“俺は最低の加害者です”」
「“誰からも必要とされてません”」
「“日下部の人生を壊しました”」
遥は、言うたびに、自分の体のどこかが剥がれていくのを感じていた。
でも、それでも――日下部は、横にいた。
拳を握って、歯を食いしばって。何度も立ち上がりかけて、けれど遥の目を見るたびに、じっと堪える。彼がここで声を上げれば、遥はもっと壊される。
遥の声は、最後にはもう、言葉になっていなかった。
教師は……その場には、いなかった。けれどあとで保健室に呼ばれ、決まり文句のような対応が待っているだろう。
「最近、しんどいことある?」
「友達関係、難しいよね」
「でも、君にも原因があるかもしれないから、考えてみようね」
“平等”と“中立”を掲げる教師の対応は、地獄に蓋をしただけだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!