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「ひさしぶりだな」

ダイニングバーの片隅で一年ぶりに見る男の顔は、懐かしむというより面白がっているというような様子で、にやついていた。

「いやぁ、結婚おめでとう。いやぁ驚いたよ、おまえが結婚とはな」

俺が挨拶を返す前に矢継ぎ早に続けるその声は、愉快でたまらなそうに上擦っていた。

俺は不快感を露骨に滲ませた顔をしながら、どかりと男の前に座った。

「相変わらずのその軽い顔からは祝福の意が感じられないな。絶対面白がってるだろ」

「まさか!」

男は両腕を広げて大げさにかぶりを振った。

「親友の祝い事を面白がるヤツがどこにいる。もう自分のことのように嬉しくて笑みが抑えられないんだよ」

と、アメリカ仕込みのオーバーアクションを交えながら破顔する。

ますます人を食うようなその態度に苛立つ反面、なぜだか愉快になってくる。

俺とは対照的な性格と言っていいこの男との付き合いが不思議と続いている要因のひとつだろう。

こいつの名は柳瀬凌。

学部は違ったが同じ大学院卒業でなにかと縁があり、俺が日本の、凌がアメリカの大学の教授職に就いた今も、こうして交流が続いている。

ネクタイを寛げスーツをラフに着て、日本人離れした整った顔に気障に長めの前髪を垂らしたその風貌は、相変わらず研究者というよりかはチャラチャラしたファッションモデルのように見えた。

だがこれでも去年発表した論文は各国から賞賛を集めていて、プロフェッサーとしてのキャリアは順調らしい。

現在は仕事の関係でアメリカから一時帰国しているとのことで、帰国早々こいつの方から連絡があり、こうして再会した次第だった。

再会の乾杯を交わし、互いの近況を報告しあい、世間話などを取り留めもなく続けて少し酒が入ってくると、話題はやはり俺の結婚になった。

「しっかし、かわいい子だよなぁ。付き合っていることも教えてくれないどころか、籍を入れた後も紹介してくれないところを見ると、そうとう個性的な容姿をした子なのかと思っていたけれど」

「別にいちいち報告する義務はないだろ」

「だよなぁ」

おまえらしいねぇ、とでも言いたげにうなずいて凌はウィスキーをあおる。

結婚報告は葉書でしたが、こいつには面倒だったのでメールだけで済ませたのが裏目に出た。

「どんな子だ、画像を寄こせ」とうるさく返信してきたので無視していたが、しまいには「不倫の果ての略奪婚だから言うのが憚れるのか」と妙な妄想を膨らませ始めたので、仕方なく美良に了承を得て二人で撮った画像を送った。

「画像の美良ちゃん、かわいかったなぁ。初々しい若奥様って感じで。まったく、おまえがああいう子が好みだったとは。どおりで俺が紹介した女は気に入らないわけだ」

「……」

「どうなんだ、新婚生活は。さぞかしラブラブなんだろう?」

と小突いてくる肘から逃げると、俺は溜息をついた。

「この結婚はそんなものじゃない。おまえにだけは言っておくが、契約結婚というやつだ」

「は?」

俺は美良の事情をかいつまんで話し、この結婚が互いの利害のためだけのものだと説明した。

「……おまえ、見てくれに反してちょっとヤバい奴だとは思っていたが、実はそうとうヤバい奴だったんだな」

説明を聞いて早々、凌はおよそ大学教授とは思えない語彙力を発揮した。

「なんとでも言え。もちろん互いに了承の上でのことだ。美良を騙したりはしていない」

「そうじゃなきゃこのウィスキーをおまえにひっかけて絶交宣言していたところだよ」

と、さすがの凌も眉をひそめてウィスキーに何度も口を付けている。

短く溜息をつくと、俺はなじるように言った。

「おまえだって女はとっかえひっかえで、結婚なんて微塵も意識してないだろ。俺に呆れる資格はないはずだ」

「はは、それを言われると弱いな。だからまぁ責めることはしないさ。美良ちゃんだってすべて承知でおまえと結婚生活を送っているんだろうからな」

ウィスキーをあおり、アルコールが脳をふわりと麻痺させていくのを感じながら俺はぽつりと言った。

「……別に誰でもいいというわけじゃなかった。彼女だから、結婚したんだ」

「それってつまり、おまえにとって彼女は特別な女ってことだろ」

俺は無言の返答をし、独り言ちるように低い声で言った。

「彼女には『君を愛するつもりはない』と、しかと伝えている。だから好きにして欲しいし、妻として俺に尽くす必要もないとも言いきかせている」

「それって、『俺は誰よりも君を愛してしまっている』って言っちゃっているようにしか聞こえないんだけど」

「……」

「それで? 彼女はなんて言ったんだ」

「それでもいいと。でも自分は妻として俺に尽くしたい。俺の喜ぶ顔が見られればそれでいいと」

「わ」

凌はひとしきり口を付けていたグラスを置いた。

「おまえ、想像以上のいい子だぞ。美良ちゃん」

「……そうだな」

彼女の顔が脳裏に浮かぶ。

純粋で無邪気な笑顔。

慈しむような穏やかな微笑。

日々俺の心に焼き付いていく彼女は、いつも笑顔だった。

俺はたどたどしく弁明するように言った。

「彼女が望むことはなんでも自由にさせているし、金銭でも苦労はさせていない」

「それで? 美良ちゃんは本当に自由気ままに、湯水のごとくおまえの金を使いまくって楽しんでいるのか?」

「……いや」

渡したクレジットカードの明細額はいつもささやかなもので、スーパーやドラックストアで決済したものばかりだった。

つまり俺との生活のために費やすばかりで、自分のためだけに散財など、まったくしていなかった。

大学と家を往復し、勉強して、食事を作って、気まぐれな俺を健気に待つ――それが彼女の過ごす毎日だった。

「おまえ、本音ではどう思っているんだ。そんないい子が契約結婚なんて生活を続けられると思っているのか、一生、死ぬまで」

柄にもなく、凌の声には怒気がにじみ始めていた。

グラスの中の氷が、カランと音を立てる。

凌は静かな声で続けた。

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