テラーノベル
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第4話▶︎君に染まるアモローゾ
廊下に落ちる夕日の色が一段濃くなっていく。もう ほとんど人はいなくて、足音がやけに響いた。
一歩、また一歩、 近づくたびに心臓が落ち着かなくなる。 そして今、 生徒会室の前に立つ自分は、どんな顔をしているんだろう。
ノックをしようとして、手が止まり、代わりに鼓動ばかりがドンドンと高鳴る。
保健室がホームなら生徒会室は完全なアウェーだなと思う。
でも。
『先に待ってる』
あの声が、頭の奥で繰り返し響く。
覚悟をきめて、目を閉じて、ノックを二回。
「いるよ」
やっぱり、当然期待した通りに、間を置かずに返ってくる声。応える様にドアを開ける。
スライドしたドアの先、生徒会長がホワイトボードを丁寧に消している姿が目に飛び込んできた。カーテンが半分閉まっていて、夕日が細く差し込んでいる。
「おそ」
こっちをチラッとみて、そう笑った。
「来たけど」
ドアを閉める音がやけに大きく響く。
逃げ場がなくなるみたいに。
少しの沈黙。
「帰ったかと思った」
「帰る理由、ないし」
言ったあとで、自分で驚く。
こんな言い方、昨日までならできなかった。
「へえ」
その一言だけで、空気が少し変わる。
「じゃあ、来た理由は?」
試すみたいな声。
「そっちが…呼んだから」
一瞬の静寂。次の瞬間、ふっと小さく笑われる。
「イイじゃん」
俺から雑な返しを受けたのに、佐野勇斗はむしろ、少し嬉しそうに笑った。
一歩、また一歩。縮まる距離は目線がしっかりと合うまで、簡単に詰められた。
「続き、する?」
低く落ちる声。
「なん…なんの」
やっと喉から出た言葉は弱々しく、 わかりきった質問を繰り返しただけだった。
「さっきの」
さらに一歩、距離がつまる。
「止められちゃったやつ」
保健室より狭い生徒会室で二人きり、心臓の音さえ聞こえてしまいそうだった。
「嫌ならやめるけど」
そう言いながら、目は逸らさない。
「嫌では…ないよ」
気づいたら、そう答えていた。
その瞬間。 手首を掴まれる。今度は迷いなく。
力強く引かれて、体がぴったり近づく。
「ほんとに?」
確かめるみたいな声。
小さく頷けば、そのまま唇が触れ重なり、呼吸が混ざりあう。 角度を変えて、何度かされるがままに重ねあった後、息継ぎみたいに唇がすこし離れる
「逃げんなよ」
その声に、きつく閉じたまつ毛が少し震えた。
次の瞬間、驚くほど自然に、また唇が重なった。
「……っ」
息が漏れる。
首に添えられた指が、獲物を離さないライオンの様に強くなる。 その強さに自分が嘘みたいに深く溶けていく。
「顔、赤すぎ」
小さく笑われても
「そっちも」
言い返すのが精一杯。
「柔太郎」
名前を呼ばれる。 今度は、優しい声で。
「初めて?」
「…確認やめて」
「そっか」
満足そうに、少しだけ笑う。
そのまま、また少しだけ距離が縮まる。
「じゃあさ」
低く、近くで囁く声
「ちゃんと覚えとけよ」
指が、また絡む、大きな手、強い力
「これ、俺だから」
その言葉が、やけに重くて。でも嫌じゃない。
むしろ——
そのまま、呼吸がぶつかる。
「逃げんなよ」
ほとんど唇に触れる位置で、低く落ちる。
一瞬、焦らすみたいに唇の寸前で止まった、次の瞬間。迷いなく 、深く唇が重なり沈む。
息が絡まり、いつの間にか顔に手が添えられる
そのまま角度が変わり、さらに深くなる。
押し出される様に気持ちが教室に溶けて、自分がわからなくなる。 むしろ、少しだけ応えてしまう。
それを感じ取ったみたいに、相手の動きが変わる。 俺は応える様に彼の首に手を回した。
ゆっくり、確かめるみたいに。 でも、さっきよりずっと強引に 何度も重ねられるのは、触れるだけじゃ足りないからだってわかる。
息が混ざり、どちらのものかもわからないくらい、熱が近い。唇が合わさる、やけに官能的な音が響く。
「ん……っ」息が漏れる。
その瞬間、顔に添えられていた手が俺の腰を掴んで強く引き寄せた。思わず身体が反応する。 唇が離れて、わずかに開いた呼吸の隙間に見つめ合えば、 息を整える間もなく、もう一度深く重なりあう。唇の間から 俺の口内をなぞるようにかすめる、なまあたたかい感覚が走る。
「っ!」
体が跳ねる。息が乱れる。
さらに追いかけるみたいに、俺の舌にも触れる。
さっき触れかけた場所を、もう一度確かめるみたいに。やわらかいはずなのに、どこか支配するみたいなキスだった。逃げ場を与えないように、じわじわと口内を責められる。
「ほら、ちゃんと息して」
離れた唇から、低くかすれた生徒会長の声。
呼吸が荒いまま、おでこがぶつかり合う。
目眩がしそうなほど、身体が熱い。
一瞬の沈黙。
そのまま、また唇が近づきかけたその時
「だめ…」
自分の震える手で相手を制止する声が、もう余裕を失っていることに自分で驚く。 目の前のその人は、口を押さえたまま目を閉じて少し、笑う。
「ん…なんかハズいな」
そして、お互い顔を見合わせて笑った。
好きだと思った。どうしようもなく。笑ってしまうほど。もしかしたら、最初に会った時、から。
舜太に話したら「俺、恋愛マスターやねん」って、したり顔で言うのかな。あーあ。
それから。
しばらく2人、ただ、そこにいた。
いつのまにか絡んでいた手は、ほどく理由も見つからなくて。そのまま、ただ、指先の温度を確かめるように握り合っていた。言葉はなくても、離れないことだけは、はっきりしている。
夕日が、完全に落ちかけている。
部屋はもう薄暗いのに、佐野勇斗の輪郭だけが鮮やかに見えた。ステージに立つアイドルみたいに、そこだけ光り輝いて。
「柔太郎、かえろっか」
差し出された手に、もう迷いはなかった。その温もりに自然に指先を重ねる。
「うん…あのさ」
「ん?」
「佐野さん…のこと、はやちゃんってどう?」
声は少しだけ、ためらいを含んでしまったけれど、その奥には確かな期待が滲んでいた。
「イイじゃん」
「でしょ?」
「何?ずっと考えてたの?かわいっ」
「うん。まって…俺キモいな」
自分のヤバさに耐えきれなくなり思わず頭を抱えてその場にしゃがむ。あーーもーーー。
横顔をそっと盗み見れば、そこにあるのは生徒会長ではなく、“はやちゃん”として笑う、やわらかな表情だった。
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せんたくのり