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第0話:あいこうかの申込書
冬の午後、町内の通りには粉雪がゆっくりと降っていた。
玄関のチャイムが鳴り、主婦の森下が出ると、
そこには町内会の担当者・田島が立っていた。
田島は五十代前半。丸い眼鏡の奥の目は穏やかで、
分厚いグレーのコートの上に赤い腕章をつけている。
手には茶封筒の束と、笑顔を貼りつけたような温かさがあった。
「森下さん、お変わりない? 今年も“サンタあいこうか”の季節です」
「あら、もうそんな時期? うちの子、まだ信じてるのよ」
田島は小さくうなずき、封筒を差し出した。
「参加費はプレゼント込みで一万五千円。申込書に“欲しいもの”を書いて、
この封筒に入れて今週中に町内会館までお願いします」
森下は受け取りながら、思わず笑った。
「去年は一万二千円だった気がするけど、値上げしたのね」
「ドローンのバッテリー代がちょっと上がりまして。空を飛ばすのも燃費がいるんです」
玄関先に風が入り、二人の足元に雪が積もり始める。
森下はポケットから子どもの希望リストを取り出した。
そこには拙い字で「しゃべるネコのおもちゃ」と書かれていた。
「今年も、夢を売る仕事ですね」
田島は冗談めかして笑い、帽子を直した。
「そうそう、夢とバッテリーとプレゼント代で、ちょうど一万五千円です」
森下は頬をほころばせ、少し遠い目をした。
「……昔はね、こういうの、近所の人が勝手にやってくれてたのよ」
「今はちゃんと組織ですから。サンタ技術部も、ママさんバイヤーも、プロですよ」
「立派になったわねぇ。じゃあ、お願いしようかな。今年も」
「はい、間違いなく届けます。子どもたちの笑顔、保証付きです」
封筒の中の一万五千円が、
またひとつ、町の“夢の仕組み”を動かす音を立てた。
その夜、町内会館の掲示板には貼り紙が一枚増えていた。
「サンタあいこうか 2025年度 参加家庭一覧(全42世帯)」
雪の中、電球の明かりに照らされて、
その紙はまるで約束の証のようにゆらめいていた。