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陽向
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楓が泣き止んで少し落ち着くと一樹が聞いた。
「お兄さんとは最近会っているのか?」
「いえ……」
「行き来は?」
「ほとんどないです。兄はここへは来ないし私も行きませんし。兄は独身寮に入っているので…」
そこで一樹の眉がピクリと動いた。
「独身寮? それはどこにある?」
「木場の方です」
「木場?」
一樹は顎髭を触りながら何か考えているようだ。
「兄の独身寮がどうかしましたか?」
「いや……お兄さんは本当に独身寮に住んでいるのか?」
「はい。商社に入った時からずっとそこにいますが?」
楓の答えに一樹は首を傾げていた。
「実は君のお兄さんについても少し調べさせてもらったんだが、彼は今麻布のマンションに住んでるぞ」
楓は耳を疑う。
「麻布? まさか……何かの間違いでは?」
「いや、興信所に調査してもらったから多分間違いないと思う」
「…………」
「それも一人じゃない。お兄さんは麻布のマンションで女性と同棲しているみたいだね」
「!」
楓は驚いて何も言えなかった。
しかし今の一樹の言葉には少し思い当たる節もある。
これは以前楓の同僚の真知子から聞いた話だが、真知子の長男は就職と同時に会社の独身寮に入った。しかし独身寮には入居期限があり、入社後5年間と決まっていた。だから真知子は楓の兄が30過ぎてもまだ独身寮にいる事を知り驚いていた。
(私……お兄ちゃんに騙されてたの?)
小さい頃から兄の良は妹である楓の面倒をほとんど見なかった。二人は歳も離れているし、有名私立校へ通っていた良と楓とでは、付き合う仲間も行動範囲も全て違った。だから楓は兄と遊んだ記憶がほとんどない。
楓達兄弟は普通の兄弟とは違った。楓が兄である良に甘える事はなかったし、兄の良も妹とは関わろうとしなかった。二人はそうやって現在まで適度に距離を置いて生きてきた。
しかし距離はあれどまさか嘘をつかれているとは思わなかった。
「あ、あの……そのマンションの住所ってわかりますか?」
「会社に戻ったらわかるよ。教えようか?」
「お願いします」
「じゃあ連絡先を教えてもらってもいいかな?」
そこで二人は連絡先を交換した。
「お兄さんが医学部へ行きたいっていうのは本当なのかな? ここからはあくまで俺の想像なんだけど、医学部へ行きたいっていうのは実は嘘で、何らかの事情で急に金が必要になり君に用立ててもらう事にした……その可能性はない?」
「そんな事はありませんっ。確かに兄は昔から自由奔放で好き勝手にやるタイプでしたが、でもだからって嘘までついて私にあんな仕事をやらせるなんて……それは絶対にないと思います。本当に医学部を受験したかったんだと思います」
楓は少しムキになって言い返した。
「君がお兄さんを信じたい気持ちはわかるよ。でも優秀な人間だったらあまり金のかからない国立の医学部を受けるっていう手もあるし、超一流商社に10年も勤めていたお兄さんなら学費も自分で賄えるんじゃないかな? まあ君のお兄さんについては今調査中だから今後の報告を見ないとなんとも言えないけどね…」
「そんなの調査しなくたってわかります。兄はそんなに酷い人間じゃありませんっ!」
楓が兄を信じ必死に否定するのを見て、一樹はそれ以上何を言っても無駄だろうと思った。
一方、楓は心の中でこんな風に思っていた。
(そんなはずないわ……お兄ちゃんが嘘をつくなんて……)
そして楓の脳裏には幼い頃の両親の言葉が蘇ってくる。
『良は楓より8歳も年上なんだから妹の事はしっかり守らないと駄目だぞ』
『楓はお兄ちゃんの言う事をよく聞きなさい。そして困った事があったらお兄ちゃんを頼るんだぞ。お父さんとお母さんはいずれ先に死ぬんだ。だからもし俺達がいなくなっても兄弟手を取り合って仲良く生きて行くんだぞ』
楓の父は事故の日の数日前、二人の子供にこう言った。
今思えば虫の知らせだったのかもしれない。
あの時の父の言葉を思い出しながら楓は両手をギュッと握り締めた。
その時一樹が口を開いた。
「で、君に提供出来る代わりの仕事は二つある。一つはうちの会社がやっている成人向けアニメ動画の声優の仕事。これは声だけなので裸にならなくてもいい。そしてもう一つはうちの事務所の経理の仕事。どっちにする?」
突然両極端の職種を提示されたので正直楓は戸惑った。しかし悩む必要などなかった。
「経理の仕事でお願いします」
「ハハッ、そうくると思ったよ。君は簿記の資格もあるもんな」
「はい」
元々楓は高校を卒業したら、学校で学んだ知識を生かせる経理の仕事をしたいと思っていた。
しかし企業の経理課や税理士事務所の採用試験を受けてもことごとく不採用になってしまう。
高校での成績は常に上位で役に立つ資格も多数取得していたのに、施設育ちという経歴がネックとなり楓は経理関係の仕事には就けななかった。どうも金を扱う職場というのは従業員の身元チェックが厳しいらしい。
だから楓は仕方なく今のビジネスホテルへ就職した。
「じゃあそういう方向で話を進めるよ。ちなみにうちの会社はどういう団体か知ってるよな?」
「はぁ……なんとなくは……」
「うちの会社は指定暴力団藤堂組の傘下に入ってる。だから従業員はほぼ組員だ。それでも大丈夫か?」
改めて聞かれると少し戸惑う。
楓はAV動画に出演してしまった以上、もうまともな場所では働けないだろうと覚悟を決めていた。
しかし会社の従業員がほとんど組員だと聞くとかなり不安になる。
「あの……それはつまり刺青とかパンチパーマの方がいっぱいいるという事ですか?」
真剣な表情で聞く楓の顔を見た一樹は、思わずプハッと笑った。
(え? 笑った? この人こんな顔で笑うんだ……)
一樹の笑顔を見て楓は意外に思った。
「いや……ごめん……つい可笑しくて……。残念ながら映画に出て来るようなヤクザはいないよ。墨を入れていても服で隠れているしね。パッと見た感じではその辺の会社と変わらないから安心しろ」
それを聞いた楓はホッとして頷く。
「それと給料はAV女優の出演料と比べると少ないが、経理事務としてはかなり条件がいい方だと思う。もちろんボーナスもある。それと無料の社宅を提供するから引越しの準備をしておいてくれ」
「引越し?」
「そう」
「引越しはしなくても…ここからだって通えますから」
「いや、そうはいかないんだ。実は君は先日ホテルを出た後男につけられていたんだよ。気付いてないだろう?」
「えっ?」
楓は全然知らなかったので驚いていた。
「で、そ、その人は?」
「一応注意はしておいたがまた来ないとも限らない。だから用心の為に引っ越した方がいい」
「でもそこまでしていただかなくても…引越しなら自分で……」
「いや、その男はうちの動画を買った客だったんだよ。だからホテルで働いている君に気付いた。そうなるとうちにも責任があるし何か事件が起きてからでは遅いからね。だから社宅はこちらで用意するのでそこへ入ってもらう」
「…………すみません」
楓はかなり恐縮していた。
「じゃあとりあえず仕事は来月1日から。引越しはすぐに業者を手配するから日取りについては直接やり取りをして。社宅の住所は数日以内に連絡を入れるよ。以上、何か質問は?」
「あ、お仕事はフルタイムですよね?」
「そうだ。平日5日勤務、土日祝は休み。勤務時間は9時から17時まで。だから今のホテルの仕事は辞めてもらわないとだな」
「わかりました」
「まあ詳細はまた知らせるから。じゃあそういう事でよろしく」
「あ、ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「うん、よろしくな」
一樹は残っていたお茶を一気に飲み干すと、
「美味かったよ」
と言って玄関へ向かった。
楓は慌てて立ち上がり玄関で一樹を見送った。
一樹が出た後ドアを閉めて鍵をかけると、楓はその場にヘナヘナとへたり込んでしまった。
コメント
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ぐりぐりさんと同感で本当に医者になるための学費なのか疑問しかない。 仕事に行きながら医科大の勉強は無理では⁉️ そして兄良の執着と親を亡くしたことへの賠償みたいな形で楓ちゃんがこれまでお金を渡すのが当たり前にした良の責任は大きすぎ‼️一樹さんの話でやっとAVから足を洗えるのは本当に良かった😭
一樹さんのおかげでやっと楓ちゃが抱え込んでた苦しい本音を言えた。 そもそも楓ちゃんが身を売る必要なんて一切ないし両親の事故と兄の夢は別問題。医学を目指したいなら国立大学行って奨学金借りる道だってある。 楓ちゃん‥ほんとに良かったし安堵したね✨次は兄と叔父だね😎

兄の学費?!仮にそうだとしても普通の兄なら妹にAV女優させてまでするかな??自己中もいいとこ💢 一樹さん、きっちり調べてもしとんでもないことにギャラ使ってたらきっちり落とし前お願いします! ひとでなし、ろくでなし、ごくつぶし、妹を食いものにするような兄ならいらん💢