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「えーっと、俺そろそろ喋ってもいいか?」
突然の声。
驚き、声を上げた優奈とは対照的に、落ち着きながらも冷ややかな目を向けた雅人。
「何しに来たんだ」
「おっとー。顔、顔。こえーっすよ」
ドアにもたれ掛かるように、そしてこちらを観察するように。
ニヤニヤと腹の立つ笑顔で立っていたのは琥太郎だ。
「……二度言わせるな。何をしに来たかって聞いてるんだよ」
「いやぁ、酷くね? お迎えだっつーの。お仕事ね。もうそろそろ時間だけどお前連絡つかねぇからよ」
「ああ、もうそんな時間か」
「あー? この俺様がコキ使われてまでサボらしてやったのに何だそりゃ」
雅人が軽く舌打ちをしながら立ち上がると、琥太郎は愉快そうに耳元でからかうような声でささやく。
そして人差し指でくるくると見せつけるようにこの部屋の鍵をまわした。
「なぁなぁ、お前が起きなかった時用に預かってたけど。これ返した方がいいな?」
「は?」
「勝手に入ってこの子が着替えでもしてたら大変だろ」
ククッと笑いながら肩に寄り掛かる男を押し退けながら、雅人はギロリと睨みつけた。
「……お前どこから聞いてたんだ。声掛けろよ」
そして、怒りをふんだんに含ませた声でそう言ったなら、座っていたはずの優奈がすぐ背後まで走り寄ってきてしまう。
失敗した。と、思ったけれどもう遅い。
今の流れでこんな不機嫌さを滲ませて、ましてやこの会話を聞かせてしまった。どう解釈するかなど考えるまでもない。
「あの、ご、ごめんね、仕事って言ってたのに余計な話で時間……。あ、違うそもそも私が仕事辞めるの頼ったから」
「大丈夫だ。優奈のせいじゃないだろ。それに余計な話なんて何もしてないぞ」
優奈の柔らかい髪を堪能するようにして頭を撫でながら返すと、琥太郎は大袈裟な笑い声をゲラゲラと響かせる。
そして、雅人を挟んで立つ優奈の方へ近づき少し屈んでから目線を合わせ、笑顔を向け言った。
「優奈ちゃん、初めまして! 俺、坂下琥太郎。もうすぐ一緒に働けるな」
「おい、いきなり馴れ馴れしいだろ」
琥太郎に声をかけられビクッと肩を揺らした優奈。遠慮がちに息を吸い込み、吐き出してからゆっくりと頭を下げる。
少し緊張しているのだろうか。
「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。瀬戸優奈です。よろしくお願いします」
「え、いやいや〜。こいつが勝手にやってるんじゃん? やだよねぇ過保護」
さすが、仕事絡みでの女の扱いは任せておけば間違いがない琥太郎。優奈を安心させるように雅人を下げて笑い飛ばす。
(まあ、この場に出て来たんならこれくらい役に立て)
馴れ馴れしさが少々気に食わないが黙って二人の会話を見守ることにする。やがて、琥太郎の前でペコペコと何度も謝り続けていた優奈がその顔を上げて。
そしてそのまま視線を雅人へと動かし、見上げてきた。
「まーくん、引き止めてごめんなさい。私はこのままここで待たせてもらってたらいい?」
先ほどまでのテンションの高さは、わかりやすくシュンと萎んでしまって。心配そうに見上げてくる瞳が昔と変わらない。
雅人は優奈の、この目が昔から好きだ。
雅人の口から出てくる言葉を今か今かと待ち続ける時の、期待と不安。優奈が次の瞬間心に抱く感情を支配しているかのような感覚に何度酔いしれたことだろう。
(まあ、今の優奈はどうなのか……わからないけどな)
優奈が放った、数年ぶりの”まーくんが好き”。
受け止めて、抱き締めてやれたのはいつまでだったのか。
もう思い出せもしない。
(自分がヤバいやつなんだろなって自覚は、まあわりと最初からあったんだ)