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#ハッピーエンド
Tubling
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なぜそのような賭けをすることになったのか――。
その話が出たのは、王太子妃殿下に付き従って、王太子殿下の執務室を訪れた昨夕のことだった。
扉の両側に立つ同僚の騎士たちと挨拶を交わし、妃殿下と妃殿下付きの侍女、モナーク様の後に続いて中に入る。途端に、私は眉をひそめた。王太子殿下の傍に控えていたカイゼルが、困惑顔をしていたのだ。
彼は私の目礼に気がついて、一瞬うろたえたような表情を見せた。しかし、すぐにいつも通りの生真面目な顔つきとなって、私に頷き返した後は、優雅な仕草で妃殿下に頭を垂れる。
「ごきげんようカイゼル」
妃殿下は彼に向かってにこやかに微笑んでから、長椅子にゆったりと腰かけて寛いでいた王太子殿下に話しかける。
「お仕事の休憩の頃合いかと思い、お茶をお持ちしましたの。それで、今日、菓子を焼いたのですけれど、もしよろしければ召し上がって頂けたらな、と……」
「えっ?ミルフィナが自分で焼いたのか?」
「はい。料理長にお願いをして、厨房を使わせてもらいました。レジーナにも手伝ってもらいましたけれど」
「いえ、お手伝いしたと言っても、私がやったのは生地を練るのと味見くらいでして、他はすべて妃殿下お一人でなさいました」
「なにぶん初めて作りましたので、リアム様のお口に合えばいいのですが……」
妃殿下はもじもじとして言いながら、モナーク様が引いてきたワゴンに目を向けた。
それを合図に、モナーク様は焼き菓子を乗せた皿を王太子殿下の前のローテーブルに置き、ティーカップに茶を注ぐ。
皿の上に目を落とした殿下が感激の声を上げる。
「へぇ!これ全部、ミルフィナが作ったのか!?色んな形があるじゃないか!ずいぶんと手間をかけて作ったんだな。ミルフィナ、すごいな!」
「いえ、あの、それは、上手に形を揃えられなくて……」
「んんっ、そ、そうか。いや、でもこれがまた、いかにも手作りという感じで温かみがあって、ものすごくいい。ミルフィナの私への想いが伝わってくるようだよ。ありがとう、ミルフィナ。頂くよ」
夫君の誉め言葉の連続に、妃殿下は嬉しそうに頬を紅潮させて、長椅子に腰を下ろした。
緊張の面持ちで自分を見守る妃殿下の隣で、王太子殿下は菓子を口に入れた。途端にぱあっと表情を輝かせる。
妃殿下の表情が安堵に緩んだ。
「うまい!初めて作ったとは思えないほどだ!ん?なんだよ、カイゼル。羨ましそうな顔で見ても、お前にはやらないぞ。これはミルフィナが私のために作ってくれたんだからな。欲しけりゃお前はレジーナに作ってもらえ」
私は苦笑しながら王太子殿下の言葉を聞いていた。カイゼルがそんなことを私に頼むとは思わないが、万が一頼まれても困る。何せ、菓子だの料理だのは、子どもの頃に母と一緒に作ったことがあるだけなのだ。
一方のカイゼルは、真面目な顔で答える。
「別に羨ましがってはおりませんし、欲しいとも思っておりません」
王太子殿下は呆れ顔でカイゼルを見てから、妃殿下と意味ありげな視線を交わした。しょうもないなとでも言いたげに軽く肩をすくませた後、私に笑いかける。
「レジーナ、色々とご苦労様だったね。ありがとう。ところで、君に話しておきたいことがあったんだよ」
「私に、ですか?」
何か重要な使命でも与えられるのかと、私はかしこまりつつ殿下の言葉を待った。しかし、と疑念が浮かぶ。職務に関することならば、近衛隊長からか、もしくは筆頭護衛騎士であるカイゼルから伝達されるはずだ。
訝しんでいる私に、殿下はのんびりとした口調でこう告げた。
「明日の剣術大会なんだが、今回は特別に、大会の締め括りに、カイゼルとレジーナとで模擬試合をしてもらうことにしたからな。よろしく」
「えっ!」
予期していなかった言葉に驚き、私は瞬きを繰り返した。
王族王宮警護を担当する私たち近衛隊の騎士は、剣術大会には参加しない。そんな私たちの勤務体系は、すでに数日先まで決まっていた。そしてこの先の何日かは、私もカイゼルも、それぞれ王太子殿下と王太子妃殿下の日中警護を担当することになっている。
私の疑問を察して、殿下は続ける。
「この件はすでに近衛隊長に話してある。明日の私たちの護衛には、別の者がつくことになっているから、心配はいらないぞ」
「はぁ……」
殿下の手回しの良さに呆れつつ、私はカイゼルの顔を盗み見た。
その顔に諦めの色が浮かんでいるということは、彼はすでにこの話を聞いていたようだ。つまりこの話は決定事項だ。
「承知しました」
一礼して顔を上げた先に、妃殿下のきらきら輝く目があった。
「レジーナが実際に剣を振るう姿が見られるというわけね!何年か前、助けてもらった時はそんな余裕はなかったから、とても楽しみだわ!ですが、リアム様」
妃殿下は小首を傾げた。
「模擬試合ということは、勝ち負けは関係なしということでしょうか。単に二人に剣を交えさせて終わりということになるのですか?」
「そうだなぁ。単なる演武のような形で終わるのは、やっぱりつまらないよな」
王太子殿下は考え込む顔をして、しばらく私とカイゼルを交互に眺めていたが、名案を思い付いたとでも言うように、にやりと笑う。
「ここはやっぱり、二人の真剣勝負を見たいところだな。そうだ!いいことを思いついたぞ!勝った方は負けた方に、『自分の願いを一つ聞いてもらう』というのはどうだ?もちろん拒否権はなしだ。賭ければいっそうやる気が増すというものじゃないか?」
殿下は自分の思いつきに満足そうな顔をしている。顎を撫でながら、私に悪戯めいた笑みを向ける。
「例えばだ。レジーナが勝てば、筆頭護衛騎士であるカイゼルを、好きなようにこき使ってもいいわけだ。なんたって拒否権なしだからな」
「それは素晴らしいですね!」
その提案は私の心を相当くすぐった。
俄然やる気に満ちた顔をする私を愉快そうな目で見てから、王太子殿下はカイゼルに向き直った。
「カイゼル、お前だってそうだ。なんでもいい。お前がどんなことを頼んでも、レジーナは拒否できないということだからな」
殿下の口調がカイゼルへの念押しのように聞こえたのは、私の気のせいか。
カイゼルは戸惑っている。
「私の方は、レジーナに頼みたいことなど特にないのですが……」
「ほんとか?」
「本当です」
「ふぅん?」
殿下は意味深な相槌を打ち、にやりと笑う。
「まぁ、いい。何にせよ、カイゼル。もしも勝ったらレジーナに何を頼むか、考えておけ」
「……はい」
返答するカイゼルの声音には、困ったような響きがにじんでいた。
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