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この前の二冠のウマ娘。
あの子は人間の子。
人間の母親から突然変異で生まれた、白毛のウマ娘。
愛を知る故もなかった。
お父さんの顔は潰れて見えない。
お母さんはその子の耳をちぎった。
愛をくれたお兄さんは止まってくれない。
お兄さんの幼馴染は首をしめて離してくれない。
このこは ただ もだえ くるしむ だけ
「……!ぁ…」
変な夢を見た。
突発的に首を触った。僕の他に誰もいない部屋を見渡す。
耳は…
「………はぁ…」
今日もいつもと変わらない。いつもの日常。
時間は…4時半か。早く起きちゃったし、朝練でもしよう。
そう思い、歯ブラシと歯磨き粉とコップを持って部屋を出…………
「…なにこれ」
ドアノブを握ったところで下を見た。
ドアの隙間に紙が挟まってる。
しゃがんでその紙をとった。
「……今週の天皇賞秋、コールちゃんが出るので一緒に見に行きませんか………ルネから……?」
意外だった。
だって昨日僕が寝たのは夜の1時くらいだったのに、その時には少なくともなかった。
ただでさえ夜更かししたのに、いつも20時までに寝るルネが起きてて置いてったってこと…?
「………コール」
それより、コールの秋天か。
別にいいけど、前のダービーの時から数ヶ月話してない。
『────コールのばか!!』
………酷い言い方、しちゃったもんな……。
「まぁ、後で考えれば」
その手紙を利き手の左手で机に置き、部屋を出た。
…あ。
「歯ブラシ忘れた」
「…はっ……はぁっ…」
息を切らし、水筒を置いたベンチに向かった。
やっぱり朝は昼と違ってウマ娘が少ない。というかいない。僕しかいない。
「独りだけ……か」
独り言を吐いた。
ベンチに寄りかかり、汗を拭き飲み物を飲んだ。
「…暑いなぁ」
秋と言えどまだ夏の暑さは残っている。
夏合宿は…5年連続ぼっちを避けられただけマシ。
ダービーの後から話しかけられる事も多くなってきた。チヤホヤされることも多くなったし。
朝練……朝のトレーニングは久しぶりだっけ。最近は良く寝れなくてアマゾンさんに起こされてたし。同室とかいないし。
こんな感じの清々しい気持ちも久しぶり…。
「───あーっ!!ユリノちゃーん!!」
「わっ…!?」
聞き慣れた声。僕の名前を呼んでる。
この声は……。
「ルネ……」
僕の同期でコールの同室のルネサンスゼロ。
「手紙読んでくれたー?」
笑顔で朝っぱらから叫んでる…元気いいなぁ。
ろくに寝てないはずなのに。僕とは違うな。
「…うん」
「なぁにー?聞こえないからそっち行くねぇー!」
そう叫び、ルネはこっちに駆け寄ってくる。
こんな朝なのに、もう制服姿だ。
「……ふぅっ…ユリノちゃん、朝練?」
あっという間に走ってきて、僕に聞いた。
それに対し、僕は頷いた。
「……じゃあ、手紙は?」
ルネは相変わらず笑顔で聞いた。
「…うん」
僕は表情を変えるのに慣れない顔で、小さく言った。
「返事は?」
「……まだ、決まってない」
そうやって言うと、ルネは残念そうな顔をした。
「………実はさ、コールちゃんね、すっごく後悔してるの」
「そうなの……?」
「なんであの時ダービーに出なかったんだろう、って。なんであの時ユリノを泣かせちゃったんだろう…って。私はその時、何があったか知らないけど」
ルネはベンチに座りながら言った。
……コール、そんなこと……。
「だから、コールちゃんが出る天皇賞秋。一緒に見に行ったら、コールちゃん元気出して、いい走りしてくれるんじゃないかなーって!」
「…行く…!」
「あ………本当に!?」
……特に何も考えないで言っちゃった。
でもルネも喜んでくれてるし、なにより…
「じゃあ約束!メール交換する?ウマスタとかやってる?DMで連絡した方が楽かな?」
コールが、勝ってくれるんなら。
そして迎え終わった天皇賞秋。
結果は12番コールドブラデッドのレコード勝ち。
2着にはエドヒガン。毎日王冠の再現となった。
『掲示板にはレコードの文字!!時計は1:56:1!なんと日本レコード!!クラシックウマ娘がシニア混合の舞台でまさかのレコード!』
コールは息を切らさず空を見上げている。
そして宙を殴った。
『コールドブラデッド右手をあげた!まさに月神!コールドブラデッドォ!!』
「コール…!」
月色の髪が汗で濡れながら陽を弾く。
漆黒の瞳は涙で潤っている。
「コールちゃあああん!!!」
ルネの大きな声にコールは目を擦り振り返った。
ルネは手を大きく振っている。
「ルネ…?」
こっちを振り返ると小走りで寄ってくるコール。
「ユリノ…!」
鼻を赤くして、僕を見つめるコール。
近くまで来ると僕を抱きしめた。
「コールちゃ──」
「ユリノ……ユリノぉ………」
コールは大粒の涙を流した。
その涙は顎から滴り、僕の前髪を少し濡らした。
「ごめん、アタシ…ダービー、出れなくって─」
そうやってもう過ぎたことを謝るコール。
そんなこと、もう気にしてないのに。
「……ううん」
コールの胸から少し離れる。
「コール」
僕は僕の胸に手を当て言った。
「……今度は僕の番」
コールは耳をピクリと動かした。
まだ、ちっとも笑えないけど。
「かっこいいとこ、見せなきゃ」
「……!」
いつか一緒に笑えるように。
「菊花賞、絶対僕が勝って、無敗の三冠達成してみせる。これは兄さんの為でもあるし、コールの為でもある」
コールは涙を拭い、鼻をすすった。
「期待してて、コール」
2・3年くらい前のこと。
みんなとコミュニケーションとかとるの苦手な僕でも、昔は同室のウマ娘がいました。今はいないけれど。
名前は、なんだったでしょうか。
ああ、思い出せません。
でも、面倒見のいい方でした。
それで、すごく綺麗な方でした。
しかも、すごく強かったり。
あの人の名前は…。
「昔さ、僕の同室だった人誰だっけ」
「あぁ〜……誰だっけ」
兄さんとのトレーニングが再開した菊花賞4日前。
……兄さんも分からないみたい。
「ユリノの昔の同室とか把握してな───」
びっくりして振り返った。
大きな声で、僕の名前を呼んだ。
「うるさっ…」
そうだ、一人称が「わい」で熊本弁の人…いや、ウマ娘。
名前……
「リコステンスさん…だっけ」
「そうばい、わいと言うたら知らん人も居らんくらい人気んウマ娘、リコステンス様ばい!!」
やっと思い出した。僕の元同室。
GⅠ3勝。3年前に春秋グランプリ制覇。
今はもう21歳酒豪の、レジェンドウマ娘。
「ちょっと待って、今そっち行くったい!」
「………あんな人だったっけ」
「…さぁ……?」
昔はもっと清楚みたいな、綺麗なイメージあったけど…。
いつの間にドンと体どうしが当たった。
あぁ、昔みたいな優しい石鹸のいい匂い……
「……酒くさっ」
な訳もなく。
ただ酒の匂いが強烈すぎるだけの、4つ上の先輩。
(気絶しそう…)
「おっきくなったなぁ〜!」
そう言ってステンスさんは僕の頭をわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でる。
ステンスさんは僕ともう一人、僕から1つ上の先輩しか知り合いがいないから。
あと……
「……俺のこと……忘れてない…?」
「…え、えーっと…」
兄さんの方を見て少し考えるステンスさん。
「あっ、トレーナー!!!」
「せいかーい」
懐かしーと言って兄さんに近づく。
二人は元々トレーナーとウマ娘の関係。いわば師弟関係。
「背ぇ縮みよったね」
「うるさい」
ステンスさんが勝ったGⅠは、朝日杯FS、宝塚記念、有馬記念。
でも朝日杯から宝塚記念までは2年半の間がある。
朝日杯のあと弥生賞からクラシックシーズンが始まったものの弥生賞では進路妨害の被害を受け3着。皐月賞では8着に敗れ、ダービーでは桜花賞ウマ娘の5着に終わった。
続く秋の神戸新聞杯では勝利するも、菊花賞では5着に敗れる。
香港に遠征予定だったが体調を崩し白紙に。
シニア1年目、マイル路線に切り替えるが14、10着と大敗。夏の小倉記念では神戸新聞杯ぶりの勝利を飾ったもののその後目立った勝利はなかった。この年に僕はトレセン学園に転入し、ステンスさんと同じ部屋になった。
当時のトレーナーはステンスさんを見捨てトレーニングに来なくなった。
そして事実上トレーナーのチームから脱退したことになっていた。
行き場を失ったステンスさんは仕方なく、まだトレーナーとしてデビューして1年目の兄さんの担当ウマ娘になった。
シニア2年目、初戦のAJCCでは8着、中山記念では2着と段々と調子を戻していき、産経大阪杯では約半年ぶりの勝利を収め、金鯱賞を挟み、天皇賞・春は惜しくも3着。
そして春の大目標、宝塚記念にて2年半ぶりのGⅠ勝利を収めた。
その後のオールカマー、天皇賞秋は2着、6着と敗れるも有馬記念で史上6人目の春秋グランプリ制覇を達成。
「今はユリノんこと担当しとっと?」
「うん」
その後は引退して、トレセン学園も卒業して、僕は無事ぼっちになって1人部屋だけど。
「あ、ユリノ、一緒に走ろ」
「えっ」
いきなり言われ、少し動揺する。
「昔わいと走って、ユリノボロ負けやったばってん、二冠取った今はどきゃんなるか試してみたい」
「……」
3年前、まだ僕がデビュー前にステンスさんと走ったことがある。
結果は8バ身差で負けたけど。
「…いいですよ」
「お、いいねぇ〜」
じゃ、さっそく走ろとレーストラックに行く。
「その格好で走るんですか…」
「うん。だってユリノさ」
そう言った瞬間、少し鳥肌がたった。
「なーんにも変わっとらんってわいは思う」
そう言われる。冷たい視線。
そうだ。優しくて、清楚だったけど。
後輩にはめっぽう厳しいんだ。
でも……
「…舐めないでください」
「!」
「ステンス」
兄さんは真剣な顔で言う。
そして少し笑った。
「何?トレーナー」
「ユリノは君より強い」
その言葉に背が押させる。
自信が漲る。
「ほー…」
ステンス先輩は厳しくても、上手くいったら褒めてくれる。
そんな先輩が兄さんと同じくらい大好きだった。
「僕は二冠ウマ娘です」
見てて兄さん、ステンス先輩。
8バ身離して圧勝するから。
「よーい、スタート!」
兄さんの声で僕達はスタートを切る。
僕は特に出遅れなかった。けど…。
(ステンス先輩、出遅れてる)
でもそんな事も関係なく、ステンス先輩は前へ行く。
これがステンス先輩の走り方。
出遅れてもバ群を割って、もしくは外を回ってハナに立つ。
(昔は、このまま引き離されて負けたっけ)
ステンス先輩とは今2バ身ほど離れてる。
おそらくこのまま引き離すつもりだろう。
「…………」
でも、3年前とは天地の差があるだろう。
3年前は、レースの駆け引きさえも知らなかった。
ステンス先輩は…
(フォームは…全くブレてない)
昔と変わらない。
だけど変わらない分、こっちが有利だ。
(全く…変わってない)
全く変わらない。この関係も、存在も。
────さぁ、3コーナーだ。
「…今」
地面を抉り、大きな音を立てる。
僕の存在感は、今は存分に示した方がいいだろう。
「──駆け引き覚えよったか。でも!」
ステンス先輩も、加速する。
変わらない、加速方法。
「──“変わらない”ですね」
さぁ僕の横には、
「ステンス先輩」
「は───」
あなた只1人です。ステンス先輩。
「なん……」
そのステンス先輩の声を後に加速する。
酒の匂いを後にして。
ただゴールに向かう。
何かにヒビが入る。
僕は、ステンス先輩を8バ身離してゴールした。
「ふぅ……っ」
ひとつ息を吐いて後ろを見た。
ステンス先輩は疲れ切っている。
「………引退して3年経つとはいえ、グランプリウマ娘に8バ身差…」
そんな兄さんの独り言を聞き、ステンス先輩の方に向かう。
辺りは人とウマ娘が大勢いる。
「あれって……リコステンスさんだよね…?」
「そうそう、この前テレビにも出てた…」
「ユリノ先輩が勝ったの?あのリコステンスさんに…?」
ざわめいた。みんな僕を見てる。
「……先輩」
でも僕は先輩を見てる。
滴る汗もなく。
「変わったな……降参だけぇ」
そう言って旗を振るジェスチャーをするステンス先輩。
芝に座りこんで、黒い上着で汗を拭くステンス先輩。
「……せんぱ──」
「─ユリノ」
僕は、汗じゃない水がこぼれた。
「ぬしゃ強か」
ステンス先輩は僕の頬に手を当て、水を親指で拭った。
次々目から出てくる水を拭うステンス先輩。
「………笑わんくせによう泣くんばい」
あぁ僕は泣いた。
泣いている。
花は枯れぬ。
死は逃れられぬ。
怪我は避けられぬ。
才能に疎まれ。
欲は無く。
才能に恵まれ。
欲を持つ。
第72回 菊花賞 GⅠ
15:40発走 芝3000m(右 外) 曇 良
5回京都6日目 クラシックオープン(国際)
1枠1番
ノーツヤサ
1枠2番
シアトルナナ
2枠3番
オーラスグレート
2枠4番
ジャパンスタジオ
3枠5番
アランフルウォー
3枠6番
タケシブチョウ
4枠7番
ゴートル
4枠8番
ペンリサユナーサ
5枠9番
ノノンキク
5枠10番
ロックシールド
6枠11番
マダムパニック
6枠12番
チートコード
7枠13番
ルネサンスゼロ
7枠14番
ユリノテイオー
7枠15番
ガンビール
8枠16番
ノノンジョーダン
8枠17番
フルーツフォトン
8枠18番
スイレンカ
どうもこんにちは
作者の えびふらい/低浮上 です。
本当はこの話で菊花賞まで書く予定だったのですが、さすがに文字数が多すぎるので次回書くことになりました。
でも話したいことがいっぱいあるのでここで書いておきます。
・リコステンス先輩
リコステンスさんの説明文(?)のところ、ある馬のWikipedia丸パクリです。でもそのある馬と違うところがまぁまぁあるんです。
それがリコステンスさんとある馬の引退時期です。
リコステンスさんは有馬記念を勝ったあとにそのまま引退していますが、ある馬さんはその後2年ぐらい走って、札幌競馬場で引退式をやっています。
勘のいい人なら多分この馬がどの馬か気づいていると思います。そうですドリームジャーニーです。
・リコステンス先輩はなんで熊本弁なの?
熊本弁が可愛いからです。
でもリコステンスさんはエセ熊本弁だと思います。
・リコステンス先輩の身長
ユリノより10cm高くて148cmです。
・リコステンス先輩がテレビに出演
カメラに酒をぶっかけました。
・菊花賞の枠番
実際の枠番を見て、名前をちょっといじりました。たとえば、6枠11番のマダムパニックはサダムパテック、タケシブチョウはシゲルリジチョウです。
適当に似てる言葉繋げただけです。
・ドアの下の手紙
あれはルネちゃんが置いていったわけじゃないです。
ルネちゃんが後輩に頼んでやりました。
・ユリノの年齢
ステンスさんの年齢、21から4引いて17です。つまり高二。
・1つ上の先輩
史実でブエナビスタにあたる娘です。
語りたいことは以上です。
最近はよくテラーを開けるようになりました。
次回、頑張って来週には出そうと思ってます。
フォロワーさん350人達成ありがとうございます😭
それでは、さよなら。
コメント
2件
いよいよ菊花賞か!次も楽しみにしてるよ!!