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桜城
308
#恋愛
ばたっちゅ
20,038
#ファンタジー
comi
4,702
FR6室の扉が低い駆動音とともに左右へ開かれた。
その瞬間。イーサム王とバルティスは、目の前に広がる光景に言葉を失った。
「……これは?」
そこには、青空が広がっていた。柔らかな陽光が降り注ぎ、色鮮やかな花々が風に揺れている。丁寧に手入れされた花壇には、季節の花々と薬草が植えられ、その間を縫うように石畳の小道が続いていた。
小さな噴水からは澄んだ水が流れ、庭園の中央には、見覚えのある王家の紋章が刻まれていた。
「ここは……セイラン城の中庭ではないか」
イーサム王が思わず声を漏らした。
バルティスも、近衛兵も信じられないという表情で周囲を見渡した。
「陛下……これは、いったい……。我々は地下30階にいるはずでは?」
イーサム王はゆっくりと空を仰いだ。
頭上には、まばゆい太陽が輝いている。
しかし、その光は自然のものではなかった。
「人工太陽でございます」
マルヴィンが静かに説明した。
「この区画では、地上の自然環境を再現しております。人工太陽によって昼夜の周期を制御し、植物の生育に必要な光量、気温、湿度も管理しております」
「なるほど……。これほどの環境を地下に再現できるとはな」
イーサム王は感心した様子で頷いた。
だが、その表情はすぐに険しくなった。
「しかし、マルヴィン。なぜ、王研の地下にセイラン城の中庭を再現する必要がある?」
「それは……」
マルヴィンが答えようとした、そのときだった。
「陛下。こちらへ」
リヴァンが穏やかな声で促した。
「この先に、陛下の大切な方がお待ちでございます」
イーサム王はリヴァンに視線を向けた。
「リヴァン。お前は、この施設について、どこまで知っているのだ?」
「もちろん、すべてを把握しております。陛下」
「そうか……」
イーサム王は短く答えた。
しかし、その視線はリヴァンの横顔から離れなかった。
一方、バルティスは胸中に疑念を募らせていた。
(リヴァンは、この施設のすべてを把握しているというのか……。ならば、なぜ陛下に報告しなかった?)
リヴァンの態度は、あまりにも平然としていた。むしろ、この光景を見せることを、以前から楽しみにしていたかのようだった。
随行する近衛兵たちも、驚きを隠せなかった。互いに顔を見合わせたあと、隊長の合図で表情を引き締め、周囲へ警戒の目を向け始めた。
その様子に気づいたバルティスは、国王の傍らへ静かに歩み寄った。
「陛下……」
声を潜めて呼びかける。
イーサム王は何も答えず、わずかに頷いた。
二人の視線が、一瞬だけ交わった。
「陛下。どうかなさいましたか?」
不意に、リヴァンが振り返った。
イーサム王は一瞬だけ沈黙したが、すぐに表情を整えた。
「いや、何でもない。先へ進もう」
「かしこまりました。陛下」
リヴァンは口を釣り上げたように微笑み、
一行は人工の霧が包み込む石畳の小道を進んだ。
花壇を抜けると、目の前に壮麗な建物が姿を現した。
白い石造りの壁。金色の装飾が施された柱。王家の紋章を掲げた巨大な扉。
それは、王宮セイラン城そのものだった。
「馬鹿な……」
イーサム王の足が止まった。
「中庭だけではないのか……」
バルティスが呆然と呟いた。
「陛下。これは、もはや研究施設というより……王宮そのものではありませんか」
イーサム王は答えなかった。
その視線は、巨大な扉へと注がれていた。
リヴァンが一歩前へ出た。
「陛下。どうぞ、お入りください」
扉がゆっくりと開かれた。その先に広がっていたのは王宮セイラン城の玉座の間だった。
柱の装飾、天蓋の刺繍、壁に描かれた王家の紋章。
調度品に至るまで、寸分違わず再現されていた。
「ここまで精巧に造ったというのか……」
イーサム王の声が震えた。
バルティスも室内を見渡し、言葉を失っていた。
しかし、そこには本物の玉座の間にはないものが存在していた。
玉座の両脇に設置された、二基の白いカプセル。
それぞれのカプセルからは幾本ものチューブが伸び、床下の装置へとつながっていた。
「……何だ、あれは?」
イーサム王が問いかけた。
だが、マルヴィンは答えなかった。
代わりに、リヴァンが静かに口を開いた。
「陛下。玉座のそばに、大切な方々がお待ちです」
「……大切な者たち? いったい誰のことだ?」
国王が眉をひそめた。
リヴァンは、ゆっくりと玉座の方へ視線を向けた。
その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
そのときだった――。
「……父上。お帰りなさい」
聞き間違えるはずのない、息子の声が響いた。
「お父様……。視察、お疲れ様……」
続いて、聞き慣れた娘の声とよく似た声が聞こえた。
イーサム王は、ゆっくりと声のする方へ顔を向けた。
その瞬間。身体が硬直した。
そこに立っていたのは――
イザリオとエルファーナだった。
だが、二人の表情には、感情の起伏がまるでなかった。
笑うことも、驚くこともない。
ただ、何かを待ち続けるかのように、静かに立っていた。
その姿は、国王の記憶にある二人と寸分違わない。
しかし、どこか違っていた。
声色も、顔立ちも、同じはずなのに、
目の前にいる二人からは、いつもの温もりが感じられなかった。
「イザリオ? エルファーナ……?」
イーサム王の唇が震えた。
目の前にいるのは、間違いなく我が子の姿をした二人だった。
だが、国王はその場から一歩も動けなかった。
「二人は今、西の島エルフィオンに視察に行っているはずだ。なぜ、ここにいる?」
そのとき、イーサム王は二人の傍らに立つ、一人の女性に気づいた。
王宮女官長のレイチェだった。
彼女はイーサム王と目が合うと、すぐに俯いた。
両手を固く握り、その先がかすかに震えていた。
「レイチェ! これは、いったいどういうことだ! 説明せよ!」
レイチェの上司にあたるバルティス侍従長が声を荒らげた。
レイチェは何も答えなかった。
ただ、握り合わせていた手をゆっくりとほどき、二人の肩にそっと添えた。
まるで、大切な我が子を守るかのように。
そのとき、リヴァンが静かに口を開いた。
「バルティス様。ここにいるのは、イザリオ王子とエルファーナ王女のレプリカでございます。
すなわち――クローンです」
「クローン……、だと?」
バルティスの表情が険しくなった。
王令によって厳しく禁じられている、人間の複製。
週刊誌レガリアが報じた疑惑が、今、目の前で現実となったのだ。
バルティスはイーサム王へ視線を向けた。
イーサム王は険しい表情のまま、わずかに頷いた。
その意を察したバルティスは無言で片手を上げ、近衛兵たちに合図を送った。
次の瞬間――
近衛兵たちが一斉にショックガンを抜き、その銃口をリヴァンとラマズドへ向けた。
「動くな!」
近衛隊長の鋭い声が、玉座の間に響き渡った。
だが、リヴァンは微動だにしなかった。
ただ、口元に薄い笑みを浮かべていた。
「リヴァン……お前は、自分が何をしたのか分かっているのか?」
イーサム王の低く大きな声が、玉座の間に響いた。
リヴァンは、わずかに口元を歪めた。
「……分かっているとも」
それまでの丁寧な口調は、すでに消え失せていた。
「お前たち王家のくだらない覇権争いを、私の手で終わらせる。そして、新たな秩序の世界を創り上げる。クローンはそのために必要な手段だ」
「何だと……?」
「国民は王を慕い、王を信じる。だが、その信頼が裏切られたとき、国民はどうなる?」
リヴァンは、ゆっくりと両腕を広げた。
「王を信じていた者ほど、深い絶望に突き落とされる。そして、その絶望こそが、赤黒い眼の糧となるのだ」
イーサム王の表情が強張った。
「リヴァン……お前は、国民を何だと思っている!」
「国民だけではない。いずれドラン帝王も滅ぼす。王国も帝国も、すべて私の手で終わらせるのだ」
リヴァンの赤黒い瞳が、妖しく輝いた。
「大戦で私が味わった苦しみと悲しみ……。今度は、お前たちに思い知らせてやる」
その声には、長年押し殺してきた憎悪が滲んでいた。
「それが、お前たちの宿命だ!!」
そのときだった。
リヴァンの脳裏に、あの粘りつくような声が響いた。
《……リヴァン。いいぞ。その調子だ……》
赤黒い眼の囁きだった。
《王家の恐怖も、苦痛も、絶望も……すべて我が養分となる。もっとだ……もっと苦しませろ……》
リヴァンの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「……陛下」
その声は、不気味なほど穏やかだった。
「ここが、あなたの墓場となる」
イーサム王は息を呑んだ。
「これから、あなたには苦しみながら、一生を閉じてもらう」
「陛下をお守りしろ!」
近衛隊長の怒号が響いた。
次の瞬間――
近衛兵たちが一斉にショックガンの引き金を引いた。
「バチバチバチッ――!! バチバチバチッ――!!」
青白い電撃が空気を裂き、リヴァンの身体へと一斉に襲いかかった。
激しい放電音とともに、衣服の一部が焦げ、白い煙が立ち上った。
しかし――リヴァンは、微動だにしなかった。
「何だと!?」
近衛隊長が目を見開いた。
リヴァンは焦げた衣服に視線を落とし、わずかに笑った。
「その程度か……」
「くそっ!」
隊長がショックガンを下ろし、腰の鞘から剣を引き抜いた。
そのときだった。
「――ヴゥゥン」
低い振動音が、玉座の間全体に響き渡った。
「何だ、この音は!?」
バルティスが周囲を見渡した。
次の瞬間、床から薄灰色の光が立ち上り、
半透明の結界膜となって、イーサム王一行の四方を囲み始めた。
「陛下! こちらへ!」
近衛隊長が、とっさに国王の手を取り、結界膜の隙間へ駆け出した。
しかし、その行く手を遮るように、結界膜が瞬く間に閉じた。
「くそっ! 何だ、この結界膜は!」
近衛隊長が剣を振り上げた。
「ギィンッ!!」
刃が結界膜に触れた瞬間、鋭い金属音が響き、剣は激しく弾き返された。
「なっ……!? 傷一つつかないだと!」
隊長が驚愕の声を上げた。
イーサム王は、結界膜の向こう側に立つリヴァンとラマズドを睨みつけた。
「リヴァン! お前を許さん!」
その言葉には、かつて王国の未来を託した首相への、深い失望と怒りが込められていた。
リヴァンは答えなかった。
ただ、赤黒く揺らめく瞳を細め、結界の内側に閉じ込められた国王たちを見つめていた。
近衛兵たちは結界膜を破ろうと、
何度も武器を結界膜に当て込んでいる音が響いてした。
ラマズドがリヴァンへ端末を仰々しく差し出した。
「これより、イーサム王の崩御式を執り行う。子息に看取られるがよい」
「リヴァン……何を言っている!?」
イーサム王が顔を強張らせた。
そのとき、結界膜の向こう側から、イザリオの声が響いた。
「さようなら、父上。これからは、リヴァンが私の父君となります」
その声には、悲しみも、ためらいもなかった。
まるで、あらかじめ教え込まれた言葉を読み上げるかのようだった。
しかし、イザリオの指先が、ほんのわずかに小刻みに震えていた。
「……イザリオ」
目の前にいるのは、我が子の姿をしたレプリカだ。
そう理解していても、イーサム王は信じられない思いでイザリオを見つめていた。
続いて、エルファーナが静かに口を開いた。
「おやすみなさい……お父様。もう、起こしませんから……。どうか、永遠にお眠りください」
その声は、どこまでも穏やかだった。
しかし、エルファーナの表情には、感情の起伏がまるでなかった。
だが、その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
やがて、一筋の涙が頬を伝った。
それでも、エルファーナは表情を変えなかった。
まるで、自分が泣いていることさえ理解できていないかのようだった。
その異変に気づいたレイチェは、息を呑んだ。
(エルファーナ様……?)
感情を抑制されているはずのレプリカの二人。それでも、イザリオの指先は震え、エルファーナの瞳からは涙がこぼれていた。
レイチェは、二人の肩をそっと抱き寄せた。
そして、結界膜の向こうで起ころうとしている惨劇を、
これ以上見せまいとするように、二人の顔を自分の胸元へ引き寄せた。
(……この子たちを、これ以上傷つけてはならないわ)
レイチェは、唇を固く結んだ。
(目の前にいるお二人も、本物のお二人も……。
どちらも、私が責任をもって守らなければならない命……)
そのときだった――。
リヴァンが、端末の赤く光る画面に指を触れた。
ピッ。
小さな電子音が響いた。
直後、結界膜の内側の床から、白い霧がじわじわと噴き上がり始めた。
「何だ、この霧は!?」
近衛兵隊長が叫んだ。
近衛兵たちは結界膜を破ろうと、必死に武器を叩きつけた。
しかし、霧は容赦なく足元から広がり、瞬く間に彼らの腰の高さまで立ち込めていった。
「陛下! 口と鼻をお覆いください!」
バルティスが叫んだ。だが、すでに遅かった。
近衛兵の一人が膝をつき、続いて別の兵士が床に崩れ落ちた。
「ガランッ!」 と、剣が石床に転がる音が響いた。
「陛下……」
バルティスがイーサム王へ手を伸ばした。
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
急速に力を失った身体が傾き、倒れ込んだ。
「バルティス!」
イーサム王が叫んだ。だが、国王自身の足元も大きくふらついた。
視界が揺らぎ、玉座の間の装飾がぼやけていった。
やがて玉座の間には、静寂だけが残った。
リヴァンは、しばらく、意識を失った国王たちを冷ややかに見下ろしていた。
その傍らで、ラマズドが静かに口を開いた。
「リヴァン閣下。一つ、進言してもよろしいでしょうか」
「……何だ?」
「ここまでなさった以上、この場で国王一行の息の根を止めてはいかがでしょうか」
リヴァンは、わずかに口元を吊り上げた。
「ラマズド。お前は、まだ分かっていないようだな」
「と、申しますと?」
「人間の恐怖、苦痛、そして絶望。それらは赤黒い眼にとって、この上ない養分となる」
リヴァンは、結界膜の内側に倒れたイーサム王たちを見下ろした。
「一瞬で命を奪っては、それも途絶えてしまう。国王達が目を覚まし、王家の崩壊を目の当たりにし、希望を失い、絶望の淵に沈む。その苦しみこそが、私をさらなる高みへと導くのだ」
「……なるほど。赤黒い眼の力を増幅させるため、ということですか」
「そうだ。そして、いずれ私は神に等しい存在となる」
リヴァンの赤黒い瞳が、妖しく輝いた。
その隣で、ラマズドが施設長マルヴィンへ視線を向けた。
「マルヴィン」
「はい……長官」
「この部屋の生命維持モードを解除せよ」
「…………」
マルヴィンは、手元のタブレット端末に視線を落とした。
しかし、その指先は動かなかった。
「どうした? 命令が聞こえなかったのか?」
ラマズドの声が低く響いた。
「……いえ。承知いたしました」
マルヴィンは一瞬、結界膜の内側に倒れた国王たちへ視線を向けた。
それと同時に、FR6室の換気装置から低いうなり音が響いた。
「ヴゥゥン……」
駆動音が徐々に弱まり、やがて完全に途絶えた。
玉座の間は、不気味な静寂に包まれた。
【隔離区画:環境制御モード移行】
【Ventilation System:換気停止】
【Life Support Mode:生命維持制御解除】
【Oxygen Supply:供給制御停止】
【Atmospheric Monitoring:室内環境監視継続】
表示灯が赤く点滅を始めた。
「FR6隔離区画の換気停止を確認。生命維持制御は解除され、酸素供給系統も停止状態へ移行しました。室内環境の監視は継続しております」
マルヴィンが淡々と報告した。
リヴァンは頷くと、マルヴィンに問いかけた。
「マルヴィン。通常の大気に含まれる酸素濃度は、約21%だったな?」
「はい、閣下。人間が生命を維持するためには、十分な酸素が必要です。我が国の安全管理基準では、酸素濃度が18%未満を酸素欠乏と呼びます」
「……なるほど。我々は普段吸っている空気のありがたささえ知らぬものだな」
「そのとおりでございます」
「よろしい」
リヴァンは満足そうに頷いた。
リヴァン一行は、FR6室から伸びる階段を上り、重厚な鉄の扉を抜けた。
最後尾のマルヴィンが扉を閉めると、ラマズドが静かに口を開いた。
「リヴァン閣下。これより、王家の墓建立の儀を執り行っては如何でしょうか?」
「よろしい。これは、現王政に終止符を打つための儀式だ」
リヴァンは満足そうに頷いた。
ラマズドは、マルヴィンへ視線を向けた。
「マルヴィン。端末を」
「……はい、長官」
マルヴィンは一瞬ためらったあと、タブレット端末をリヴァンへ差し出した。
画面には、赤い警告表示が浮かび上がっていた。
【FR6・最終隔離封鎖】
【封鎖対象:FR6室および接続通路】
【最終封鎖:実行待機】
リヴァンは、ためらうことなく実行ボタンに触れた。
ピッ。
直後――
ガシャンッ! ガシャンッ!
重厚な密閉機構が唸りを上げ、幾重もの鋼鉄製の隔壁が、階段と通路を次々と封鎖していった。
床を伝わる振動とともに、金属同士が噛み合う鈍い音が響き渡る。
やがて、最後の隔壁が閉じられた。
【FR6・最終隔離封鎖完了】
【外部アクセス:遮断】
壁面の表示灯が、赤く点灯した。
これでFR6室は、外界から完全に隔離された。
その存在さえ、ごく限られた一部の関係者しか知らない秘密区画。
今や、その内部へ通じるすべての経路が封じられたのだ。
リヴァンは閉ざされた鉄の扉へ振り返った。
「……イーサム王よ」
低い声が、静まり返った通路に響いた。
「ここが、お前たち王家の墓だ。墓まで用意してやったのだ。感謝するがよい」
リヴァンの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「さらばだ。イーサム王。絶望と共に静かに休み給え」
その声が、厚い鋼鉄の扉に虚しく反響した。
リヴァンは踵を返し、ラマズドへ視線を向けた。
「始めるぞ」
「はっ」
「レプリカ王子と王女を用いて、イーサム王家を内部から崩壊させる。そして、いずれは世界を一つに統べる新たな秩序を築く」
赤黒い瞳が、妖しく輝いた。
「その中心となる『王』を……我らの手で生み出すのだ」
ラマズドは、薄く口元を歪めた。
「ついに、この時が参りましたな」
そして、傍らに立つイザリオとエルファーナへ視線を向けた。
「『レプリカ計画』……いよいよ始動ですな」
二人は何も答えなかった。ただ、無表情のまま、ラマズドを見つめていた。
その傍らで、レイチェは二人の手をそっと握りしめた。
イザリオの指先が、かすかに動いた。
リヴァン一行は、地上へと続くエレベーターに乗り込んだ。そして、王立科学アカデミー研究所の地上階へ到着すると、一行は人払いされた裏口へと向かった。そこには、数台の政府専用車〈エルグライド〉が待機していた。
車列の先頭には、マラー首相補佐官が控えていた。
「閣下。お疲れ様でございました。お車の準備は整っております」
「ご苦労」
マラーは一礼すると、後方の車両へ視線を向けた。
「レイチェ女官長。王子殿下と王女殿下は、こちらの車両へご案内いたします」
「承知いたしました……」
レイチェは二人に付き添い、後続車両へと向かった。
イザリオとエルファーナは、何も言わずにその後をついていった。
レイチェは乗車する直前、リヴァンの方へ一瞬だけ視線を向けた。
しかし、何も言わず、二人と一緒に車内に乗り込んだ。
一方、リヴァンとラマズドは、マラーとともに先頭車両へ乗り込んだ。
ドアが静かに閉じられた。
やがて、数台のエルグライドがゆっくりと浮上し、滑るように研究所を後にした。
先頭車両の後部座席で、マラーが静かに口を開いた。
「閣下。先ほどロスクから報告を受けた件ですが、一つ確認させていただきたいことがございます」
「……本物のイザリオとエルファーナの件か?」
「はい。西の島エルフィオンを出発し、順調に王都へ向かっております」
リヴァンは窓の外へ視線を向けた。
「……そうか」
マラーは、わずかに眉をひそめた。
「しかし、閣下。このまま王都への帰還を認めてよろしいのでしょうか? レプリカの存在が露見する恐れがございます」
リヴァンは、ゆっくりと口元を吊り上げた。
「構わん」
「構わない、と申されますか?」
「むしろ、好都合だ。考えてもみろ。自分と同じ顔をした者が、己の名を名乗り、王位継承者として振る舞っている。その光景を目の当たりにしたとき、本物の王子と王女は何を思う?」
「……恐怖と混乱、でしょうか」
「それだけではない。怒り、憎しみ、そして絶望だ」
リヴァンの赤黒い瞳が、車窓に映り込んだ。
「民も同じだ。瓜二つの王子と王女が現れれば、どちらが本物なのかを巡って疑念が広がる。王家への信頼は根底から揺らぐだろう」
マラーが眉をひそめた。
「ですが、閣下。人間の複製は王令によって禁じられております。レプリカの存在が明るみに出れば、当然、政府にも追及の手が及ぶかと」
「分かっている……」
リヴァンは薄く笑った。
「そのためのジン博士だ」
「……ジン博士、ですか?」
「王立科学アカデミー研究所の権威であり、王家からも厚い信頼を寄せられている。彼が秘密裏にクローン研究を進めていたとすれば、国民はどう思う?」
マラーは、しばらく考え込んだ。
「……王家の関与を疑う者も現れるでしょう」
「そのとおりだ」
リヴァンは、ゆっくりと足を組んだ。
「週刊誌レガリアは、ラマズドの関与を疑っていた。だが、王令で禁じられたクローン研究を進めていたのは、王家から厚い信頼を寄せられていたジン博士だった――そういう筋書きで記者会見を開く」
リヴァンは、薄く笑った。
「しかも、複製されたのは王位継承者だ。王家が何も知らなかったと言い張ったところで、国民は容易には信じまい」
「……なるほど。ジン博士に責任を負わせ、その疑惑を王家へ波及させるわけですな」
「そうだ。王家が禁じたはずの技術で、王家自身が複製される。これほど滑稽な話もあるまい」
マラーは、わずかに首を傾げた。
「ですが、現在の科学技術長官はラマズド博士です。彼にも責任が及ぶのでは?」
「ジン博士が独断で秘密裏に進めた研究だったとすればよい。
ラマズドは、それを発見し、告発した功労者となる」
「……そういうことでしたか」
リヴァンは、窓の外に広がる王都を見つめた。
「国民は、信じていた王家に裏切られたと思うだろう。怒りは憎悪へ、憎悪は絶望へと変わっていく」
その赤黒い瞳が、妖しく輝いた。
「その混乱と絶望こそが、赤黒い眼の養分となるのだ」
マラーは静かに頷いた。
「では、本物の王子と王女の帰還を、阻止する必要はないということですね」
「……ああ。むしろ、何事もなかったように、王都へ招き入れろ」
リヴァンは、車窓に映る自分の顔を見つめた。
「だが、その前に……王都の民に、新たな王位継承者の姿を見せてやろう」
「……と、申しますと?」
「前夜祭だ。華やかな祝祭の中で、レプリカの王子と王女を民の前に立たせる」
リヴァンの赤黒い瞳が、妖しく輝いた。
「その姿を、本物の二人が目にしたら……どう思うだろうな?」
マラーは息を呑んだ。
「自分たちの存在が、すでに奪われていると……」
「そうだ。王都へ戻る前に、二人の居場所が失われていることを思い知らせてやる」
リヴァンは、薄く笑った。
「王家の崩壊は、そこから始まるのだ」
マラーは通信端末を開き、ゼム首相秘書官へ連絡を入れた。
「ゼム。閣下からのご指示だ。今夜の前夜祭は予定どおり盛大に開催する。報道各社にも事前通達を行い、セイラン城を望む湖岸で開催される花火大会を、全国へ生中継できるよう手配せよ」
『承知いたしました』
「特に、王子と王女のご臨席は、大々的に報じるように」
『かしこまりました。直ちに手配いたします』
通信が切れた。
マラーは端末を閉じ、リヴァンへ向き直った。
「閣下。ゼムに指示致しました」
「よろしい」
リヴァンは、車窓の向こうに広がる王都を見つめた。その赤黒い瞳が、妖しく輝いた。一方、王立科学アカデミー研究所の地下深くには人工太陽に照らされた、偽りのセイラン城があった。そこにイーサム王たちが閉じ込められ、今なお眠り続けていることを、王研の職員も、王国の民も、誰一人として知る由もなかった。
コメント
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うわ……第58話、めちゃくちゃ重かったですね。リヴァンの本性が完全に剥き出しになって、イーサム王たちが地下の偽セイラン城に閉じ込められる流れ、息が詰まるようでした。特に、イザリオとエルファーナのレプリカが、感情を抑制されていても指先が震えたり涙を流したりする細かい描写が胸に刺さりました。あの子たち、本当はまだ心が完全に壊れてないんだろうな……。レイチェが二人を守ろうと抱きしめる姿にも泣けました。まさか“前夜祭”で本物の王子たちの居場所を奪う計画まで……この先どうなるんだろう。本当に熱いです。